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三十三話 裏切り

 一階のロビーに戻り、再び向かい合って対峙する。


「どうだ、オレたちに力はある。覚悟もある。後はてめェらの助力と行動だけだ」


 自信満々に問いかける。


 覚悟を持った人間と、持たざる人間の違いは大きい。成し遂げる意志が宿っていた。


 が――


「儂は反対じゃ。戦争など、無謀極まりない」


 あれだけシグリッドを贔屓していた団長でさえ、受け入れなかった。


 想定外だったのか、シグリッドの眼光が鋭くなる。


「――いつからてめェは腰抜けになったんだ? 見殺しにするのが自警団の役割かよ」

「滅びの結末を理解してなお突き進むのもまた役割ではない。あれっぽっちの戦力で挑もうなど自害に等しき行いじゃ。何度も西側に足を運んだ儂にはわかる」

「やってみなきゃわからなェだろうが」

「アトランティスは世界を滅ぼした都市じゃよ。加えて、かの騎士団を相手取るのは無謀極まりない。敗北すれば奴らに大義名分を与えたことになり、この街の全てを略奪されるじゃろう」

「……《ミハイル騎士団》か」


 憎々しげに歯ぎしりをして呟く。


 噂には聞いたことがある。


遥か昔、アトランティスが聖都と呼ばれていたころに侵略してきた軍隊だ。彼らが原住民を殺しつくしたことで、今の蒸気都市アトランティスが作られた。都市を東西に分裂する《嘆きの壁》はその戦争の名残から作られたものだと言われている。


戦争で原住民の八割が死んだ。軍部だけでなく、民間人も容赦なく殲滅させられたらしい。生き残った者もイーストエンドに追いやられた。


「シグリッド、儂は、お主を信じておるんじゃ。手を取りあえば不可能はないと確信しておる。――それでも、戦争だけは話が別じゃよ」

「じゃあイーストエンドの人間はみんな運命を受け入れて死ねってのか! 人間以下の扱いで、おとなしくくたばっておけと? ゴミみてえな姿になって、子供も産めずに歴史を終わらせろってのかよ!」


 ……痛い。


 叫びが耳の奥を刺す。自身さえ切り刻むほどの鋭利な言葉が暴れまわっている。途方もない”憤怒”が命を削るような絶叫となって響いていた。至近距離の爆音のような、内臓をえぐる力がある。


「策はあるはずじゃ。目の前の奈落に飛び込むのはまだ早い」

「今しか……今しかねェだろ! 時期に《腐敗病》で戦えるヤツはいなくなる! 今が手遅れの一歩前なんだよ!」


どちらの言い分も間違っていないように思えるが、正しくもなかった。


正しさは既に腐り落ちていた。

 

けれど、そんな街で、俺たちは選択しなければならない。


「俺も戦争は反対だ。お前らへの助力は出来ない」

「アストラル……っ! てめェまで腑抜けたのか……っ!」

 恐ろしい形相で睨みつけてくる。失望と怒りの混ざり合った闇の表情だった。

「違う。負けるから、以前の問題だ」

「言い訳は聞かねェぞ」

「単純な話だ。切り裂きジャックを仕向けて俺を殺そうとした奴とは手を組めない」

「――」


 時が止まる。部屋の温度が絶対零度へ向けて急降下していった。


 肺の空気が凍り付いたかのごとく、誰も声を発さない。怒りでヒートアップしていた空間が凍えていく。


 だがおかしなことに、シグリッドの炎は鎮火されていなかった。”憤怒”の炎と殺人者の冷たさが共存している。二重人格を疑うほどの奇妙な雰囲気だった。


「証拠は?」

「それは犯人のセリフだろう」

「証拠もなしに疑うのかよ? 処刑人ってのは楽な仕事だなァ」


 ため息をつく。ここから先は、あまり糾弾したいと思える内容ではなかった。


「……機関技術だ。《ミストの少女》が持つ機関は明らかにイーストエンドのレベルを超えていた。それこそ、研究所の提供がなければ入手できないほどに」


 西側の図書館で調べたが、少女が使った謎のミストを作り出す技術はどこにも掲載されていなかった。最先端技術なのだ。そんなものがイーストエンドに存在しうるルートなどいくつもないだろう。


「証拠としては弱ェな」

「それともう一つ。昨夜、セラが俺を殺し損ねた」


 名前を出すと、シグリッドはちらりと視線を後方へ向けた。


 俺へ視線を向けないまま唇を吊り上げ、攻撃的に歯をむき出しにする。


「へぇ……よく生きてたな」

「所詮は子供だ。とはいえ、それで手を組みたいだなんて何の冗談だ?」

「指示したのはてめェ、アストラルの殺害だけ。ヨシタカは対象外だ」

「詭弁を……」


 信用などあったものではない。味方の裏切り警戒にリソースを割いては勝てるものも勝てなくなる。


「しっかしいつ気づいたんだ。自衛のタイミングなんていつでもあっただろう」

「疑いは初日から。確信は昨夜だ。熱烈なラブコールがあったんでな」


 昨日は長い夜だった。


 昨夜の会話を思い出す。その答え合わせが今から行われるのだ。


 どくん……どくん……。


 心臓が加速していく。身体が内部から張り裂けそうな痛みに襲われながら、運命の扉の中を覗き見た。


「――そこにいるんだろう、セラ。出てくるんだ」


 部屋の奥に向かって声を張る。今朝から自警団の本部で姿が見えなかった。半ばあてずっぽうだったが、数秒するとセラが奥から出てきた。


 その姿を見て息をのむ。


 全身から表情が抜け落ち、精巧な人形のようだった。


 感情の見えない足取りはメトロノームのごとく一定のテンポであり、両足の機関駆動音もあって人間の所作には見えない。いつものメイド服ではなく、軍服のようなズボンスタイルだった。腰には短刀が差されており、戦闘態勢だと見て取れる。


 実際に対峙すると、あやふやだった確率が事実へと格上げされたようで、心がさらに固く凍り付いていった。


 セラの乾燥した瞳が俺の姿を捉える。


 瞬間、俺は彼女を理解した。彼女の無機質さは仕事人特有のものである。俺と同類だ。


「……ごめんなさい」


 ぽつり、つぶやきが聞こえた。


 どうしても捨てきれない感情が漏れ出たような声だった。


 ――騙されてはいけない。


「別に怒ってはいない。怒る理由がない。セラはただ仕事をしただけだろう」

「でも……」

「今この場において、俺の感情には何の意味も持たない。謝罪の言葉はいらなから、セラの言葉で教えてくれ。セラは、切り裂きジャックか」


 目を合わせて問いかける。


 長い沈黙の後、セラは目を伏せたままゆっくりと頷いた。


「………………うん」


 それですべては了解された。


 言葉にするのは儀式のようなもので、裁判における自供だった。


 俺は処刑人。犯人の自供でいちいち心を乱し、仕事を怠るようなヘマはしない。


 シグリッドをにらみつける。


「なぜ、セラに殺人をさせた。なぜ、俺を殺そうとした」


 怒ってはいない。こういった時に冷静な判断を下せなければ、処刑人は務まらない。


 シグリッドはすべてを見透かしたように嗤った。


「そいつには殺しの才能があった」

「……合理的だな」


 力を持って生まれたものは、その役目を果たす義務がある。


 それは、処刑人の家系に生まれた俺も同じだ。残酷なほど簡単に理解できた。


「アストラルを殺したかったのは金だ。てめェの首には莫大な賞金がかかってるんでな」

「どういうことだ?」


 シグリッドは嘲るような笑みを浮かべた。


「てめェは政府の賞金首だってこった。光栄に思えよ」


 言葉を理解するのに数秒を要した。

 この都市では、ごくたまに犯罪者に対して賞金がかかる。西側で流通している新聞には顔写真が載っていた。


俺は政府に目をつけられるようなことはしていないはずだが……。


「人違いだろう。最新の新聞にも載っていなかったぞ」

「研究員が個人的に金を出してんだ。なんか恨みでも買ったのか?」


 思い当たる節はある。故郷を滅ぼした白衣の男だ。


 俺のことなど眼中にないと思っていたが、意外に警戒しているのか……?


 見えない誰かの刃が首元に突き付けられている。首筋に冷たいものが触れた気がしてぞっとした。研究員の下卑た笑みが心臓に這い寄ってくるようだ。


 真実はわからない――だがこうして俺を殺しに来ている以上、受け入れるしかなかった。


「つまりあれか。金のための仕事か」


 思いをぐっと飲みこむ。


セラを仕向けたのは。セラを殺人鬼に仕立て上げたのは。セラに嘘をつかせたのは。

 

想像よりよほど理解できる理由だった。

 

イーストエンドではありふれた動機だった。

 

地下の武器庫を見ればわかるように、金は力そのものだ。武力があればこの都市に革命すら起こせる。

 

恨みもなく、因縁もなく。ただ力を得るためという、合理的な理由だ。

 

胸を締め付けていたものがすとんと落下していく。何も難しく考える必要はなかったのだ。

 

目の前にいるのは、ありふれた殺人鬼――


「ならば、俺もまた合理に基づいて仕事を果たすとしよう」


 背負っていた斧の柄を握る。漆黒の武器を天に掲げ、脳を正義の道具へと変質させていく。


 余計な感情は捨てろ。雑念は刃を鈍らせる。


 機械のように淡々と。理性によって仕事を果たせ。


 冷静な理知による思考こそが、人類に与えられた大きな武器なのだから。


 セラの見開かれた目が、黒の斧に向けられる。悲しみを帯びた表情が次第に黒く塗りつぶされていくようだ。


 けれど関係ない。


 俺は――処刑人アストラル。


「結局、戦争をする気はねェと?」


 俺はちらりと団長に視線を向ける。


 もし決裂した場合は対決も辞さない。その覚悟を持って罠を踏み抜いたのだ。ここに来る前に二人で決めたことだった。目を合わせて意志を確かめる。


「俺は処刑人。罪人の処刑が唯一の仕事だ」


 最後の確認は終了した。


 これより先は惨劇の舞台。生死の可能性が混濁する臨界地点。


 つまり――賽は投げられた。


「てめェらが手を貸さねえなら、首を売り飛ばして戦争資金になってもらうぞ?」

「やれるものならば」


 シグリッドは左腕を掲げる。上着がはらりと床に落ち――鋼鉄の左腕が露出した。


 接合部である肩からプシュー、と蒸気が唸りをあげる。背負っている蒸気タンクと彼自身の生体エネルギーを燃料にして蒸気機関が作動した。


 ――来るか!


 一度だけ、シグリッドの戦いを見たことがある。不器用な彼は策を弄する方ではない。ただ圧倒的な火力をもって、敵を制圧するのだ。


 ガコン! と機関駆動音が響く。


 それは、始まりを告げる合図だった。蒸気兵器の最高傑作の一つと称えられる義手――《猛ル花弁》がその姿を現す。


「てめェらの首が手土産だ」


 左腕から鋼鉄の花弁が開く。手首を中心に五方向に楕円形の鋼鉄が展開され――高速で回転した。


「――全員、戦闘態勢!」


 団長が絶叫する。事前に決めていた合図だった。原始的だが、建物の外で待機する部隊であっても早く確実に伝わる。


 花弁が加速していく。炸裂の前の静けさが肌を強く刺してくる。


砲口は手のひら。肩に埋め込まれている圧力メーターが一瞬で振り切れ――


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