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三十一話 旧友からの電話

 西側から帰宅したアストラルとヨシタカは、情報共有をしてからそれぞれの部屋に戻った。


 今回の遠征で得た情報。そして、技術班の解析により得た新事実もあった。


 それらを組み合わせると、切り裂きジャック事件の推理も進んでくる。二人の話し合いである程度容疑者を絞れる段階にまで来ていた。


 ヨシタカは自室の椅子に腰をかけて息をつく。色々なことがありすぎて疲労が心に蓄積していた。


 中でも帰り道で見た女の最期は堪えた。彼女は安らかに逝けたのだろうか。


 ヨシタカは麻薬反対派だが、もちろん使う場面によっては有効とも考えている。末期患者の緩和には必要だろう。だが、あの女があそこまでボロボロだったのは少なからずモルヒネの副作用が関係している。何が正解かわからなかった。


 思いを馳せるように窓の外に視線を飛ばす。誰かの死を見ると次は自分だと考えてしまう。最近は空白の時間があると故郷を想い出すことが多かった。


 極東の島国で生まれたヨシタカは、生まれながらの騎士階級だった。作物を育てずとも日々の生活は潤い、幼少期は時間のほとんどを鍛錬と勉学に費やしていた。


 故郷は豪雪地帯だったこともあり、雪を見るのが好きだった。領主の一家にとって豪雪は悩みの種だったが、幼いヨシタカには美しいという印象の方が強い。空から舞い落ちる白は神仏からの贈り物のように思えた。


 しかし回顧はそこで終わる。そこから先は雪で育たない作物で飢饉に陥った百姓による反乱と革命の物語。国を追われたヨシタカが、海を越えてアトランティスまでやってくるまでは思い出したくない苦難が多すぎた。


 両親の死は仕方がないと思っている。百姓らは生き残るためにああするしかなかった。彼等にも家族がいる。大切なもののために命をかけて戦うことは、簡単に道徳で非難できるものではない。


 けれどやはり寂しくて。この世界は寒すぎて。


 過去を思い出すことでしか、孤独を紛らわせることはできなかった。


「もう一度、雪を見たいのう……」


 叶わぬ願いであるとはわかっていた。海底都市には雪どころか雨も降らない。くたばりかけの妄言である。


 雪に触れられたなら、世界の冷たさも少しは愛せるのではないかと思うのだ。


 冷たさは嫌いだった。硬直した両親の感触を思い出してしまうから。


 思い返せば、いつどこでも温もりを求めていたように思う。


 ――プルルルルルルル。


 通信機が鳴った。深夜に連絡してくるなど何事かと思い受話器を取ると、意外な声が聞こえてきた。


『オレだ』


 簡素な声だった。音質は悪くくぐもって聞こえるが、声の主はすぐに分かった。


 顔をしかめる。まどろんでいた脳が覚醒した。


「シグリッド……珍しいの」


 二人が袂を分けてから初めての通信だった。機械越しの声は久しぶりだからか、ゾッとするほど無機質である。


 戸惑いで会話が止まる。


 嫌な予感がした。経験によって培われた第六感が警鐘を鳴らしている。


『用件だけを言う。明日の昼に《ホワイトシグリッド》本部へ来い』

「なぜじゃ?」

『切り裂きジャックを捕らえた』

「…………冗談じゃろう?」

『つまんねェジョークでわざわざ連絡するかよ』

「……」


 ――嘘じゃろうな。


 根拠はないが確信していた。嫌な予感が胸を貫いている。


 シグリッドらしくなかった。


「何が狙いじゃ。見えている罠にかかる者はおらぬ」

『さあなァ。オレだってこいつが本物かは知らねえ。取り調べをするから来いと言っているんだ。信じるかどうかはテメェ次第だ』


 ……信じる、か。


 驚きと自嘲が混ざり合った笑みが浮かぶ。


『明日の正午だ。本部にてお前たちを待つ』

「待て、シグリ――」


 返事をする間もなくプツンと切断された。


 カチ……カチ……。


 声のしない部屋に時計の音が響く。


 次第に混乱が困惑へと落ち着いて行き、思考力が戻ってきた。


 行くべきではない。


 自問自答をするまでもなく、既に答えは出ていた。ここで罠にかかる者はイーストエンドで生き残れない。


 それはわかっている。


 当然、わかっているのだが……。


「罠……か」


 むしろ好機だとも言える。


 もし罠でなければ、シグリッドを信用した実績ができる。その状況ならば手を取り合う話し合いができるかもしれない。


 罠であれば相手から攻撃してくる。大義名分が生まれ奴らを潰すチャンスだ。


 どちらにせよ、イーストエンドが一丸となるのに近づくだろう。


 ……もちろん、リスクは大きい。


 罠に飛び込んでなお簡単に勝てるほど戦闘は甘くない。ヨシタカの思惑はあまりに楽観的だった。


 しかし……ここで手を打たなければ、イーストエンドは破滅に進むだけだ。


《腐敗病》を食い止める術はない。尊厳ごと奪い取られ、街の全てが腐り落ちていく。ヨシタカはそれを自分の身体をもって実感していた。


 陰鬱な現実を打ち破る何かが必要なのだ。


 リスクをとらなければ何も得られない。何かを捨てなければ勝利はない。


 たとえそれが、かつての仲間を殲滅する作戦だったとしても。


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