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二十七話 絢爛の街

 ――コンコン。


 夕食後、自室で書類を片付けていると、扉が控えめな音でノックされた。座ったまま返事をすると、意外な声が返ってきた。


「せ、セラです……いま、いいですか……」


 緊張しているのか上ずっていた。一人で来たのだろうか。

 不思議に思いつつ扉を開けると、白いワンピース型のパジャマを着たセラが強張った顔で立っていた。童話のプリンセスのような装飾が施された服であり、オーバーサイズなのかスカートが足元をすっぽりと隠している。


「どうした。何かあったのか」

「い、いえ。その。お話をしたいです」


 怯えるように言う。


 ……なるほどね。


 要件を察して部屋に招き入れる。怖がらせないように、髑髏が隠れているのは確認した。ベッドに座らせる。殺風景な部屋に白のお姫様が迷い込んだようで、アンバランスな光景だった。


 セラは切り出しにくいのかうつむいたまま唸っていたが、やがて囁くような声で語りだす。


「その……気づきましたか」

「負ぶったときにな。悪い」


 軽く頭を下げる。仕方ないとはいえ、レディの秘密に触れるのは良くないだろう。


「ちなみに、他のやつは知ってるのか?」

「ソーニャさんは多分。いっしょに寝たので」


 同じベッドに入ったということだろうか。随分と仲良くなったらしい。


「じゃあ他のみんなには言わない。秘密は守る」

「そうじゃなくて……え、えっと…………」


 頭を抱えて黙り込む。考えが上手く言葉にならないのか、必死に何かを考えていた。


 が、結局諦めたのか、不意にスカートをたくし上げて足をさらした。


 部屋に緊張感が走る。


両足は、鋼鉄製だった。


《ミストの少女》が装着していたのと似たものだ。太ももより下が全て置換されており、カエルのような歪な形をしている。


 醜いとは言わないが、人目にさらしたくない形ではある。広がりのあるスカートでなければこれは隠せない。


「こわくない……ですか?」


 探るように訊いてくる。怯えで震える小さな身体が一層小さく見えた。


「当たり前だ。どんな秘密があろうと、俺がセラを怖がるはずがない」

「気持ち悪い……ですか?」

「んなわけないだろ。かわいいお姫様にそんなこと思うものか」


 セラは俺の瞳をじっと見つめる。機嫌をうかがうような態度だった。

 どこまで悪戯をしても怒られないか探る子供のようだ。


「痛くしない……ですか?」


 不穏な質問だった。意図がよくわからないが、素直に答えるしかない。


「もちろん。するわけがない」

「本当ですか? 本当の本当の本当に?」

「ああ。する理由がない」


 何度も念を押して訊いてくる。その度に、同情心が生まれていた。

 幼いのに両足が鋼鉄である理由などいくらでも想像がつく。よく見ると肉体を手術したのではなく、後天的に機関を接続している。胎児性の《腐敗病》が原因だろう。母親の胎盤を通して腐敗物質が入り込めば、不完全な肉体で生まれてくる。機関技術で歩行ができているだけ幸運なのだ。


 しかし、機関義足の後付けは肉体を改造するよりも遥かに高くつく。メンテナンスの際も凄まじい激痛があるらしい。セラがどれほどの苦痛を味わって今日までを生きたのか、考えたくはなかった。


 けれど、所詮は安っぽい同情である。

 抱いた感情のチープさに、心の中で自嘲した。


「…………」


 セラはうつむいたまま口を閉じる。肩に力が入り、背筋は伸びたままだった。


 話したいことはたくさんあるだろう。そのために、勇気を出してこの部屋に来たのだ。


 だが――


「話したくないなら、話さなくていい」

「そ……ですか?」


 セラは申し訳なさそうに首をかしげる。


「思いを言葉にするのは難しい。安易に言葉にすると、それこそ安っぽい感情の型にはめてしまう。別に、どんな事情があっても嫌いになったりしない」


 俺は口下手だからこそ、言葉にする難しさはわかっているつもりだ。

 上手く伝えられなかったからか、セラは戸惑ったように首をかしげる。適切な言葉選びは難しい。


「え~っと、つまりだな」


 言葉で伝えられないなら、他の方法に頼るしかない。

 垂れるセラの頭をそっと撫でた。柔らかな金髪の感触が伝わってくる。


「心配すんなよ、色々と」


 セラは驚いたように目を見開き、俺の顔をじっと見る。

しばらく見つめあっていると、セラは微笑を浮かべた。


「うん…………」


 子供らしさを取り戻したような声音だった。

 しかしまだ元気がない。何か元気づけられないかと思考を巡らせ――一つ妙案が浮かんだ。


「セラ、明日って暇か?」

「……? そですけど」

「ちょっと遠出をしてみないか?」





 セラを連れて西側に行くのはリスクが高まる。反対されるかと思ったが、団長は「アストラルが他人と交流しようとするだけで価値があるのじゃよ」と快諾してくれた。


 陰鬱な事件が続く毎日だ。少しでも気晴らしになればと思う。


 しかし、検問所の突破難易度が跳ね上がった。本当はソーニャも行きたそうにしていたが、修行の宿題を渡して留守番してもらうことになった。


迷彩スーツを着る。元々身体に張り付くほどのサイズなのに、セラを負ぶったまま着用したのではちきれそうだ。


「本当に機能性だけは完璧なんだがな……」


 それでも抜群の耐久性を発揮して破れることはなく、検問所を突破できた。ため息をつきつつ、明るい市街地では目立つので急いで最寄りのトイレに駆け込み着替えた。


「儂の知り合いが作ったのだから当然じゃよ。機関革命以降、服飾は玄人しか生き残れぬ世界になったのじゃから」


 トイレの扉の前で待機している団長が誇らしげに言う。機関革命は人類の技術を飛躍的に向上させていた。このトイレ一つを見ても、機関による制御で排泄物が水に流される仕組みになっている。悪臭を放つイーストエンドとは違い清潔に保たれていた。


 着替えが終わり、セラを連れて外に出る。


 久しぶりに見る西側は全くの別世界だった。


「わっ! すごいです! 白いですよ!」


 セラは目を輝かせて声をあげた。遠くに見える王城を指さし、憧れるように見つめている。


「…………」


 俺は絶句した。


 まず空気が違う。澄んだ酸素に肺が歓喜しているようだった。漂ってくるのは腐敗臭ではなく、生きた人間の匂い。この街は正しく生きていた。


 建物は赤や茶色のレンガ造りが多く、歴史を感じさせながらも色鮮やかに立ち並んでいる。もちろん倒壊しているものなどない。壁にはアートが描かれているものもあった。道の舗装も完璧でありゴミ一つ落ちていない。行き来する蒸気自動車は多少やかましいが、それは街が生きているからこその騒音である。


 道端に倒れる人はいない。乞食などもってのほかだ。歩く者は皆立派な身なりでせわしなく足を動かしている。


 何故――心の中で問いかけずにはいられなかった。


「く、車がたくさん……っ!」


 ごくりとセラが息をのむ。西側に来るのは初めてなのだろうか。


「驚いたじゃろう。西側はここ数年でえらく変わった。人が暮らすには理想の場所となりつつある。政府の都市計画が急速に進んでおるのじゃ」

「はは……」


 思わず笑いが出る。


 この美しい街を虚飾だと蔑むのは簡単だが、どうしてもできなかった。澄んだ空気があり、人々が健康に生きている。


 想像していた西側はもっと暗かった。蒸気都市アトランティスがいかに世界最高の技術を持った都市とはいえ、ここ五十年の人類は袋小路。イーストエンドの惨状を踏まえれば決していい場所とは言えないだろうと。


 それがなんだ。この楽園は何なんだ。


 なぜこの努力を一かけらでもイーストエンドへと向けてくれなかった。


 これほどの金があるならばイーストエンドの復興などすぐにできるのではないか。


 やるせない気持ちが這い出てくる。それとも、そのような他力本願は許されないのだろうか。


 たった一つの壁を隔てただけで、天国と地獄に分かれてしまう。《嘆きの壁》が作られた意図を勘ぐってしまった。


「処刑人さんどしました?」


 茫然としていると、セラが下から見上げてくる。


 腐り落ちた俺の心に、セラのような無邪気さは残っていない。絢爛の都市を見て抱くのは嫉妬や不平不満だった。


団長に肩を叩かれる。気持ちを察したような表情をしていた。


「少し案内しようか」


 手招きされて歩き出し、雑踏の中に入り込んでいく。


 警官に見つかったら終わりだ。周囲の人間が敵のように思え疑心暗鬼で街を歩いていたが、意外にも俺に注目する人は少なかった。


 歩いて行くと少し開けた場所に出た。円形に広がる公園のような場所である。行きかう人々でにぎわっていた。


「ここが中央広場。定番の待ち合わせ場所じゃな。正面に見える巨大なのが王城じゃ」


 指をさす方を見ると、はるか向こうに城がそびえ立っていた。さすがに遠いからか輪郭はぼやけているが、クラシックな装飾が施された外観は神聖さがある。


「シンデレラはいますか?」期待の眼差しを団長に向けている。

「う~ん、行ってみないとわからぬのう」


 団長は苦笑しつつ誤魔化した。確かに白のシルエットは似ているが、元ネタの舞台は別の国にある。


 誤魔化すようにこほんと咳払いをする。


「城のふもとに裁判所と諸々の役所がある。儂は今からあそこへ行ってくるのじゃ」

「遠いな。車は乗り捨ててきただろう」

「汽車がある。ここから道なりに進めばすぐに駅じゃ。と言っても、貴族街は警備が厳重じゃからお主らはここで留守番じゃがな」

「便利な街だな」


 百年後の未来に来たような気分だ。清浄なる絢爛の街は、だからこそ俺には毒だった。


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