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二十四話 昼下がり

 ソーニャを戦わせたくなかった。狂気の空間にいるのは俺だけでいいと思っていた。


 だが――


『一人くらい、あなたと同じ舞台に立つ人がいてもいいじゃないですか』


 俺の傍へと踏み込んできた。誰かさんと同じように、おせっかいを焼いてきた。

 それだけで、俺の判断は狂った。ソーニャが関わると合理的な判断ができない。


「随分とご機嫌じゃな。何かいいことでも?」


 帰宅して一通りの報告を終えると、団長は怪しげな笑みを浮かべて言った。


 セラとソーニャは受け入れ準備を進めているので団長室には二人きり。意表を突かれた俺がしばらく黙り込んだので、僅かな静けさが部屋に舞い降りた。


「……そう見えるのか?」

「すっきりした顔をしておる。いつもは機械のような無表情じゃからのう」

「交渉が上手くいったからな。切り裂きジャックを止める大きな一歩だ」

「ほ~う」


 意味ありげに呟く。俺の顔にじっと視線を向けたままニヤリと笑った。

 見透かされたようでどきりとする。


「なんだよ含みのある顔をして。交渉は勝利だろう」

「うむ。交換条件がやや不気味じゃが、概ねこちらの要求は通せておる。セラの受け入れもリスクではあるが、人質の側面もあると考えれば悪くない。――しかし、それとこれとは別じゃろう」


 確信しているかのような物言いだった。

 探偵に追い詰められている時の犯人のような気分である。


「ちなみにこの後の予定はどうなっておる?」

「飯を食って寝るだけだ。……ああ、その前に特訓メニューは考えるが」

「特訓?」首をかしげる。

「ソーニャに頼まれたんだ。あいつを戦えるように鍛えなきゃいかん」

「ほうほうほうほう……それは」


 何度もうなずく。犯人がボロを出した時の探偵のごとく”してやったり”な笑みを浮かべた。


「気合が入っておるな。少し前はソーニャを戦わせたくないと言っておったのに」

「今でもそれは変わらない。……だが、まあ」


 頭をぽりぽりとかく。妙に気恥ずかしくて、素直な言葉は出てこなかった。

 感情に流されたとは言いにくい。


「あいつの戦闘は下手じゃない。使えるものを出し惜しみできるほど自警団に余裕はないからな」

「そういうことにしておくかのう」


 子を見守る父のように団長は微笑んだ。


 一


 稽古をつけてやる、なんて言葉は一週間もしないうちに覆された。

 そもそもソーニャの槍術は達人の域に達している。路地裏で見た戦女神のごとき舞は今でも脳裏に焼き付いていた。


 問題は、技術があまりにも美しすぎたこと。視覚的な美しさは相手に読まれやすくなる諸刃の剣だ。


 また《蒸気銃》が戦場のスタンダードになっている現状では近接武器の立ち回りが難しい。他にも不意打ち、だまし討ちを警戒しなければ一方的に殺される。索敵や地理を活かした立ち回りなど学ぶことは多かった。


 問題点は山積みである。が、適応さえすれば早かった。


「――ハッ!」


 昼下がりの模擬戦。

 斧を模した木製の棒でソーニャへと斬りかかる。心苦しいが痛みを伴わない特訓は効率が悪い。実戦さながらの強度で横腹を狙う。


 ――カァン!


 しかしソーニャは片手で木の槍を振るいこれを弾く。構えから最短距離で繰り出される無駄のない防御だった。軽く振ったように見えたが、思いのほか手ごたえが強く弾かれる。


 子供体型が片手で振るう速度かよ……。


 槍はソーニャの身長ほどある。大きいだけ攻撃は重くなるのは必然だが、見た目とのギャップが大きかった。


「やァ――‼」


 動揺してバランスを崩した俺に向かって勢いよく踏み込んでくる。捌くのに精いっぱいだった。


 イーストエンドで一番大切なのは死なないことである。徹底的にリスクを回避して勝利できるならそれでいい。敗北しても命乞いで助かるのならそれも技術だ。


 俺は防御に手いっぱいで一度も攻撃姿勢に転じられないまま制限時間の笛が鳴った。


「しゅ~りょ~です!」


 審判役のセラの合図とともに二人とも攻撃を止めて武器を下ろす。張りつめていた緊張感が幼い声でぐっと弛緩した。


 真剣勝負さながらの集中力を持っていかれたからか、数分の対面で二人とも雨にうたれたような汗をかいていた。


「合格だな。近接の一対一はもう大丈夫だろう」

「ほんとですか!」


 ぱっと笑顔の花を咲かせ、小さくガッツポーズをした。

 今回の模擬戦の目標は死なないこと。ソーニャの猛攻は”攻撃は最大の防御”を体現しただけだ。十分に実践レベルと言えるだろう。


 元々の技術があったとはいえ、一週間で俺を封じ込めるのは末恐ろしい。真面目に話を聞いてくれるので飲み込みが異様に速い。教えがいのある生徒だった。


 少し前までは考えられないほどの素直さである。


「間合いの取り方とリスク管理は完璧だ。もちろん足りない技術は山ほどあるが、ソーニャにはこれまで培った基礎がある。その型を下手に崩さない方がいいので近接戦闘訓練はここでおしまいだ」


 今の模擬戦で使用したのは戦闘の基本スキルのみ。高度な連撃やフェイントは何一つ教えていなかったが、それでも必要十分の強さがあった。


「じゃあ私も戦っていいですか!」

「気が早いぞ。犯罪者が近接武器しか持っていないわけがないだろ」

「ぶ~」


 不満そうに唇を尖らせる。早く一人前だと認められたい子供のようでおかしかった。

 生死を分けるのは技術以上に知識の有無である。流行の武器、戦法、有効な撤退経路など様々だ。


「まだまだ覚えることはたくさんあるぞ。少なくとも索敵が出来なきゃ話にならないだろ?」

「う……確かに」


 誘拐犯の襲撃を思い出したのだろう。


「次は索敵演習……と行きたいところだが、少し休憩を挟もう。セラ、頼めるか」

「了解です!」


 セラに声をかけると、メイド服のフリルを揺らしてバタバタと奥へ駆け出していく。


 しばらくするとカップ三つをトレイに乗せて持ってくる。こぼすまいと緊張しているのかカップがカタカタ揺れていた。お礼を言って受け取り、三人並んでベンチに座り一息つく。いつもは味気ない安物の紅茶だが、最近は美味く感じるようになってきた。


 味わっていると、隣に座るセラがじっと視線を向けてくる。期待のこもった目だった。


「美味いよ」

「――‼ メイドですから!」


 ふふん、と胸を張る。ソーニャも「美味しいよ」と頭をなでるとさらに満面の笑みを浮かべた。一週間で二人は随分と仲良くなったらしい。今日は休日だが、ソーニャのメイドをすると言って朝からずっと特訓の様子を見ていた。


 ひゅう、と風が吹く。本格的な冬に突入し、冷たい風が汗を吹き飛ばしていった。冷える前に上着を羽織る。


「しっかし……セラは暇じゃないのか? 休日だし遊んでてもいいんだぞ」


 甘えの許されない街とはいえ幼い子だ。相手をできないのは申し訳ないが、まだ遊びたい盛りだろうに。


 セラは「う~ん」と頭をひねり、


「ここがいいです!」


 と、曖昧に返答した。


「寒いなら部屋にいてもいいんだぞ。手伝ってほしい時は呼ぶし」

「まぢかで見ます」首を振って言う。

「セラがいいならいいが……」


 幼い子とは不思議なものだ。何がそんなに楽しいのか。

 首をかしげていると、ソーニャが申し訳なさそうに肩を縮めた。


「……その、ありがとうございます、アストラルさん。せっかくの休みなのに。こんな寒い日に」


 セラとの会話で今の状況を再確認したのだろうか。俯いたまま目を合わせてこなかった。


「別にいい。ソーニャが戦力になってくれれば十分なリターンだ」


 貴重な休日を割くのは複雑だが、仕事の効率化のためには必要な投資だ。合理的な判断である。


 まあ、確かに、楽しくないと言えば嘘になるのだが……。


 素直に言うのは気恥ずかしい。


だが誤魔化した言い訳も突き放したような言い方になってしまったからか、微妙な空気が流れる。ソーニャの罪悪感に染まった瞳が揺らめいていた。


「ああ、いや、その……だな」


 耐えられなくなって必死に言葉を考える。

 結局思いつかず、そのまま言うしかなかった。最低限の抵抗として顔を逸らす。


「偶には特訓もいいというか……ソーニャとの特訓は悪い時間じゃないぞ」

「そ、そですか……」


 照れたようにソーニャも顔を逸らす。別の意味で無言の時間でできてしまった。


 セラだけが終始ニコニコしていた。


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