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二十三話 依頼受領

 それは戦闘ではなく蹂躙でした。


 向かってくる敵は左右からそれぞれ二人ずつ。アストラルさんはまず左側に目隠しのマントを展開し、右へ突撃して行きました。マントの耐久力は心もとないですが、貫通すれば同士討ちなので封じたも同然です。


《蒸気銃》を相手に正面から距離を詰めるのを見て声が出そうになりました。蜂の巣になる未来を予測して目を閉じましたが、発砲音の代わりに聞こえてきたのは溺れるような断末魔でした。


 アストラルさんはまずナイフの投擲で一人の喉元を貫きました。その後すかさず距離を詰め、呆気にとられて判断が鈍ったもう一人の首を斧の一振りで落としたのです。


 断頭は即死ですが、喉を貫かれたくらいでは死ねません。かといって行動もできないので喉元からあふれ出る自分の血で溺れ、死にかけの獣のような声を出して地面をのたうち回っていました。粘性の高い赤黒い液体が地面を汚していきます。


 アストラルさんは死にゆく様子に目もくれず、一度路地に戻って身を隠しました。マントが地面に落ちると流石の敵も警戒しているのか、曲がり角を挟んで膠着状態になります。両者顔を出せず張りつめる空気。《蒸気銃》のコッキング音がやけにはっきりと聞こえてきました。


 が、結局発砲されませんでした。アストラルさんは斧を水平に構え、路地の石壁ごと敵を切り裂いたのです。銃撃戦の定石に則って背を壁に付けていた敵は二人とも地に伏しました。動けなくなった後、ゆっくりと首を落として戦いの幕は下りました。


「……これで終わりですか?」


 あまりにも呆気なく路地に静けさが戻りました。最初から戦いなどなかったかのような静けさが耳の奥で響き続ける断末魔を塗りつぶしていきます。


座り込んだ地面の冷たさが、私の無能ぶりを責めたてているようでした。


 また……何もできませんでした。


 私がセラちゃんを預かるとワガママを言ったのに。アストラルさんが人殺しにどれだけ苦悩しているかを知っているのに。敵に狙われていることにすら気付けず、守られてばかりでした。彼がいなければ今ごろ生きていないか、それより悲惨な目に合っているかの二択でしょう。


 路地の向こうを視線をやると、死体から流れ出した血が広がっていくのが見えました。人が死んだのです。アストラルさんが殺したのです。


 起きた悲劇を悲しみこそすれ、アストラルさんを責める気持ちは湧いてきませんでした。


 懺悔室で聴いた絞り出すような声が忘れられないのです。人殺しを繰り返して辛くないはずがないのに、その地獄を想像することすらできなかった過去の自分を思い出して恥ずかしくなりました。


仕事を終えたアストラルさんが日常の散歩のような足取りで戻ってきます。


 ――喉を潰されたように、言葉を出せなくなりました。


 返り血の化粧で彩られた彼の顔は、無機質な冷たさで満ちていました。赤く染まった斧を十字に振るって血を払い落としています。マントの外れた黒の隊服に大きな黒シミができていました。ツンと鉄の匂いが鼻を刺してきます。


 腕に抱いたセラちゃんは硬直し、僅かな震えが伝わってきます。子供が見るには衝撃的な光景でした。


 遠い……。


 アストラルさんの姿はフィクションの住人のように思えました。斧から滴り落ちる血に現実感が伴わず、私たちの間にスクリーンが隔てているようです。


彼はその向こう側で、たった一人戦い続けていました。


 斬った首の数は彼の仕事の証であり、同時に罪そのものです。彼一人にこれだけ背負わせて自分は傍観しているなど、役立たずにもほどがあります。彼の両肩に加わる死者の重みはどれほど積みあがったのでしょう。


「……どうした。追手が来る可能性もある。急いで帰るぞ」


 淡々とした声は凍てつくほどの無機質さで。

 けれど、差し出された手に温もりを感じてしまいました。


 手を貸してもらって立ち上がります。セラちゃんを抱きかかえて帰ろうとしましたが、持ち上げられないほど重くてよろけました。どういうことなのでしょう。


「セラ、行くぞ」


 声をかけても凍結されたように動きません。感情を処理しきれずにフリーズした機械のような印象を受けました。


 仕方がないのでアストラルさんはよっこいせとセラちゃんを負ぶって歩き出します。セラちゃんも嫌がるそぶりはなく、されるがままに運ばれていました。表情は怯えたまま固まっています。


「……なるほどな」


 不意にアストラルさんは合点がいったような呟きを漏らしました。

 言葉の意図は不可解でしたが、彼の背中が深堀を拒絶しているようで訊けませんでした。二人の後ろを黙ってついて行きます。


「なあセラ。俺は怖いか?」


 迷うように「ん~」と声を漏らし、叱られる寸前の子供のように恐る恐る言いました。


「首ちょんぱ、しますか?」

「しない。セラが痛い思いをすることは絶対にしない」

「じゃあ……さんかくです」



 小さなアンサーは街に優しく溶けていきました。

 恥ずかしくなったのかセラちゃんは背中に顔をうずめ、こもった声で言います。


「ありがとうございます……処刑人さん」

「ああ」


街灯に照らされて二人の影が地面に描かれていきます。猫背でおんぶをする男と、体重を預ける小さな少女。血だまりを進む一つの影に、幼いころの父と私の姿が重なり、なんだか懐かしい気持ちになりました。


 無言のままで帰路を辿ります。二人の足音だけが響く静けさが辺りを包んでいました。ゆったりとしたテンポの歩みは夕刻の街灯に照らされておぼろげな輪郭を作り出しています。


「アストラルさん」


 私は駆け寄って二人の隣に並びます。街灯で作られる影が、一つから寄り添うような二つに増えました。


 不思議そうに「どうした」と問われますが、近づいた理由はありません。


 必死に言い訳を考えていると、口が勝手に動きました。


「私に戦い方を教えてくれませんか」

「……藪から棒だな」


 アストラルさんが苦笑します。自分でも変なタイミングだとは思いました。


 ですが……言葉にするとそれが自分のやるべきことなのだと実感したのです。


 守る、守られるの関係では一生アストラルさんに追い付けません。対等になれないままなのは、私の中の様々な感情が許しませんでした。


「ソーニャが戦う必要はないだろう。危ないことはするな。それに、どうせ俺のやり方は認めないんだろ?」

「もちろん。人殺しなんて認めるわけにはいきません。――ですが」


 理性で理由を考える前に、胸に抱く感情が先に口からあふれ出しました。



「一人くらい、あなたと同じ舞台に立つ人がいてもいいじゃないですか」



 ピタリ、アストラルさんは足を止めました。私が数歩先に出ます。立ち止まって振り向くと、丸くした目で私をじっと見つめていました。


「……………………」


 目が合います。

 長い沈黙でした。セラちゃんもピクリとも動かないので、世界に二人しかいないと錯覚するほどの静寂です。きっとそれも間違いではないのでしょう。私の目には彼の姿だけが、彼の瞳には私の姿だけが映っていたのですから。


 アストラルさんの黒い瞳を覆っていた曇天が、ゆっくり晴れていくようでした。

 ため息をつき、やれやれといった風に笑います。


「わかった。来週から稽古をつけてやる」

「はい! よろしくお願いします!」


 私は数歩だけ戻り、彼の横に並びます。二つの影が混ざり合っていきます。


 ――あの頑固者の相棒になってくれぬか。


 ふと、団長さんの言葉が脳裏に蘇りました。


 やはり私はおせっかいなのでしょうか。


 あの時は保留しましたが……。


 その依頼、請け負いました。


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