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二十二話 誘拐未遂

「団長になんと説明すれば……」


 言い訳を考えつつ帰路を辿る。

 交渉の全権は俺にあるが、危機感が足りないと言われても仕方ない。せめて重要な情報は少女の前で話さないことにした。


 ……俺らしくないな。


 合理より情を優先した。子供が苦手にもかかわらずソーニャのおねだりで折れたのだ。


 手をつないで数歩先を歩くソーニャとセラの背中は微笑ましかった。あれほど楽しげなソーニャの笑顔を見るのは初めてだった。


 彼女に懺悔をした日以降、どうにも距離感がわからない。あの修道女の影がちらついて無意識のうちに贔屓していた。


 ――コツン。


 ふと、後方から物音が聞こえた。振り向いても誰もいない。誰かに見られているような感覚がするも、後方に隠れ場所はないので錯覚だろう。


「いいですか、セラちゃん。あの人はアストラルさん。街の処刑人さんです。悪いことをしたら首をちょんぱされますよ」


 ソーニャの声が聞こえてくる。二人して俺をちらちらと盗み見ていた。


「わ、わるい人ですか?」セラがおびえたように言う。

「悪い人……う~ん」ソーニャはしばし考えこんで「怖い人です」

「やっぱり……」


 セラの顔が緊張でこわばる。後ずさるように俺から離れていった。

 やっぱりってなんだよ。そんなに怖い顔なのか?


「待て、変なことを吹き込むな」

「こわい人が来ました! 撤退です!」


 叫びつつソーニャと一緒に駆けだしていく。ロングスカートで走りにくいのか危なっかしい足取りだった。


 ヒヤリとする。怖がられるのを承知で全力で追いかけた。


「アホか。不用意に俺から離れるな」

「ひ~っ!」


 セラが悲鳴をあげる。心が痛むも放っておくわけにはいかない。追い付いてソーニャの腕をつかむ。


「待てって。ソーニャも一緒になって逃げるな。警戒心が足りないぞ」

「う……」


 気まずそうに視線を逸らす。

 この街を出歩くのはそれだけで危険だ。切り裂きジャック然り、どこから犯罪者が湧いて来るかわからない。


「セラもあまり俺から離れるのはやめてくれ。危ない人に襲われるぞ」

「へ、平気です! わたしは戦うメイドさんです!」


 ふん、と鼻息を鳴らして力こぶを作る。体格相応の細腕だった。

 アストラルの方が危ないとでも言いたげな視線である。


「あ~もうセラちゃんが怖がってるじゃないですか」

「誰のせいだ誰の」

「顔が怖いんですよ。もっとにこやかにですね」


 図太いのかソーニャはニコッとお手本を見せる。真似をしようと口角をあげても難しかった。子供への苦手意識があるからか、どうしても強張る。


「……笑顔の才能ないですね」

「ほっとけ」


 処刑人とは恐れられるものだ。笑顔の才能はむしろ足かせになる。

 しかしこうも警戒されては説教をしても意味がない。もどかしいながらも優しさを心がけて話しかける。


「セラ、俺の仕事はお前を守ることだ。この街を一人で歩くのは危ないと教わっただろう。俺の近くから離れないでくれ」


 優しく優しくと心の中で繰り返しゆっくり話したつもりだったが、セラの緊張は強まっていく。


「わ、わるい人じゃないんですか」

「俺はセラの味方だ」

「首ちょんぱしないんですか」

「しない。絶対に」


 セラは俺の顔を見つめつつ腕を組み「う~ん」とじっと考え込む。澄んだ蒼の瞳が俺の姿を克明に映しだした。アストラルという人間の真実を暴く鏡のようで、知らず知らずのうちに心臓が加速していく。


 空気が張り詰めていく。訪れた沈黙が俺の全身をこわばらせる。


 ごくりとつばを飲み込む。


 やがてセラはソーニャの後ろに隠れ、


「バツです!」


 胸の前に両手で大きな×を作った。

 俺を拒絶するように睨みつけてくる。見えない巨大な壁が建設されていく音が聞こえた。子供の忌憚のない意見は無慈悲である。


 心が折れそうだった。


「……ソーニャ」

「ドンマイですね。まあ仕方ないですよ」

「帰ったら説教な」

「なんで私が⁉」


 口をあんぐり開けて抗議してくる。

 ソーニャの吹きこんだ嘘が原因だから当然だろう。


「だ、ダメです! ソーニャさんをいじめるのはバツです!」


 慌てたようにセラも抗議してくる。


「悪いことをしたら怒られるものなんだ」

「じゃあ三角にします! お説教はかわいそうです!」


 両手のバツをほどき、頭の上で△を作る。真剣な顔でするのでシュールだった。

 しかし……出会って数時間なのになぜ二人には信頼が芽生えているのか。俺には理解できず、羨ましい感覚だった。


「何でもいいから俺の近くから離れないでくれ。それだけ……で――」


 ――ピクリ、”予感”が肌を刺す。


 言い換えるならば第六感。言葉にできない何者かが脳内で警鐘を鳴らしている。


「……騒ぎすぎたか」


 似た感覚に覚えがある。生と死の臨界地点がすぐそこに迫っている時のうすら寒さだ。先ほど感じた視線は本物だったらしい。


 周囲を見渡す。まずは現状の確認から。俺たちが立っているのはメインストリートのど真ん中。四方八方から狙われる最悪な場所だ。


「どうしました?」


 セラが首をかしげる。俺が”静かに”のジェスチャーをするとハッとしたように口を閉ざし、俺たちに半歩近づく。子供ながら賢い子だ。


 ソーニャも察したのか、背負っている槍を手に取った。


 大きく息を吐く。深海に潜るように集中力をあげ、感覚を研ぎ澄ませる。


 敵の狙いはセラとソーニャだろう。二人を不用意に傷つけようとはしないはず。


 その時、かすかな金属音が耳に届いた――


「――そこか!」


 素早く隊服のマントを取り外して左手側に展開する。


 刹那の間もなく、三発の弾丸が遮られた。防弾素材に包み込まれて沈むような音とともに着弾する。


 間一髪だ。コンマ数秒の差が生死を分けた。背筋に冷たいものが走る。


 着弾時の音からして銃の威力は大したことないが、この防弾マントは簡易的なもの。


「走るぞソーニャ!」


 セラを脇に抱え、最寄りの路地に向かって疾走する。身を隠さなければ防戦一方だ。


 ……重い?


 抱えられたセラはおとなしかったが、見た目からは想像できないほどの重量だった。待ち伏せがいないのは幸運だった。


 セラを下ろして息を整える。ソーニャもちゃんとついて来ていた。背負っていた黒の斧を手に取り戦闘態勢に入る。


「これ……例の誘拐犯ですか?」息を整えつつソーニャが訊いてくる。

「だろうな。お前はセラの護衛を頼む。隙を見つけて脱出しろ」

「逃げ場所なんてないですよ」


 言われて周囲を見渡すと、逃げ込んだ先は袋小路になっていた。三方を建物に囲まれており離脱できる場所がない。ここら辺の地図は把握していたが、焦って失念していた。


 運がいいのか悪いのか。判断を迷う暇はない。複数の足音が刻一刻と近づいている。


「……ッ、クソ。ならばセラの護衛に全力を注げ。流れ弾まではケアできないから当たるなよ」


 苦肉の策だか仕方ない。相手も二人を攻撃しようとは思わないはずだ。

 だがソーニャは紅白の槍を握り、声を荒げて抗議した。


「わ、私も戦います! さすがにアストラルさんが危険すぎです!」

「――いいから下がってろ。《蒸気銃》相手への訓練は足りてるのか?」


 ソーニャは言葉に詰まる。申し訳ないが彼女を戦力に数えるのは難しかった。《蒸気銃》相手への立ち回りは専用の訓練と経験がものを言う。


 ソーニャも自覚したのか、絶句したままセラを連れて奥へ引っ込んでいく。ひどく無念そうな表情だった。


「さて――」


 頭を切り替える。ここからは処刑人の時間だ。表情筋が枯れていくのを自覚するも、もう二人に顔を見られないので問題ない。


 幸いにも路地への入り口は三叉路へとつながる一つだけ。狭い場所なので理論上は一人でも守り切れる。


 ガチャガチャとした金属音と共に足音が近づいてきた。高鳴る心臓を鎮めて黒の斧を構える。


 ……距離の詰め方が素人だ。


 待ち伏せを考慮していない直進でこちらへやってくる。マントで受けた《蒸気銃》の威力も強くはなかった。


 狭い場所の戦いで一番厄介なのは手榴弾だ。奥に投げ込まれれば二人を守る術がない。


 先手必勝が一番確実だろう。


《蒸気銃》を持った相手に一秒以上姿をさらす愚は犯さない。会話をする余裕などないので、先に言っておくことにした。


「処刑人、アストラルが宣告する」


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