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二十話 シグリッド

 翌日。《ホワイトシグリッド》の本部へソーニャと二人で向かった。


 本当ならば団長が自ら向かうべきだろうが、気まずいのか協力要請書を渡され代理で行くことになった。


「あそこに見えるのが《ホワイトシグリッド》の本部だ」


 近づいてきたので指をさす。レンガ造りの五階建てだが、見える場所に窓はなく、もの寂しい倉庫のような印象だった。近隣住民も自警団の一つであると知らないのではないだろうか。


 ソーニャはごくりと唾をのむ。


「奴らのリーダー、シグリッドが出てくるかはわからんが覚悟はしとけよ。イカツ……ではなく元気な人だから」

「うへえ」


 苦い顔をする。

 意を決して建物に近づきノックをすると、すぐに人が出てきた。クラシックなメイド服を着た女性だった。帽子の隙間から見える鮮やかな金髪と蒼い瞳が印象的だ。


「お待ちしておりましたブラックチャペル自警団様。話は伺っております。どうぞお入りください」

「……あ、ああ」


 驚いた。両組織の対立を考えると門前払いの可能性も考えていたのに、まさか丁寧な対応をされるとは。出迎えのメイドもイーストエンドとは思えぬほど身なりが整っており、風貌だけを見れば貴族の家にいそうなものだ。


「うわ、美人さんだからって」


 ソーニャが呆れるように言ってくる。図星だったが照れ隠しにじろりと睨んでおいた。


 メイドについて中に入ると、想像よりずっと整えられた内装だった。玄関口には貴族邸を思わせる絵画が飾られており、見る限り全部屋にガス灯が設置されている。置かれた家具も安い木製のものではなく多様性に富んでいた。


「これは……」


 戸棚を見てソーニャが呟く。こそこそと「貴族街で流通している高級品ですよ」と教えてくれた。イーストエンドの麻薬流通を牛耳っているだけあって金はあるのだろう。


 階段を上り三階に着くとメイドの足が止まる。扉の一つにノックをすると「入れ」とぶっきらぼうな声が聞こえてきた。


「失礼します」


 メイドが扉を開けると客間だった。アトランティスとは違う文化圏で作られたであろうカーペットが敷かれ、革のソファ二つが向かい合って置かれている。


その中で、大男がふんぞり返っていた。


「久しぶりだなァ、アストラル。相変わらず陰気な顔だ」

「ああ。お前も変わらないな――シグリッド」


 猛獣が威嚇するような声だった。ニヤリと浮かべた笑みは無機物でさえ恐怖するような、生物として格上に君臨するような印象で肌が泡立っていく。


風貌は白黒写真とほぼ変わらない大男だった。身なりは浮浪者のように不潔だが、どこか風格を醸し出している。清潔感のある空間では浮いていた。


「そこの女は部下か? まァ座れ。別に殺し合いをしようってわけじゃねェんだろ」


 警戒心を隠せなかったが、渋々中に入る。ソーニャの顔も強張っていた。恐る恐る座ったソファは見た目通りの高級品なのか息をのむほどの柔らかさである。


「話はきいてる。ヨシタカがオレに泣きついてきたんだろう。しかもあいつは逃げて部下に任せ。あ~おもしれ~」

「……そんなところだ」


 預かっていた協力要請所を渡す。シグリッドは片手で受け取ると愉快そうな笑みを浮かべて眺めていた。理由は不本意だが機嫌はいいらしい。


「クックック、しかもこの書類読んだかよ。街の平和のために協力しろだって? てめェらがビビッてしょぼい捜査しかやってないだけなのによォ!」


 口を大きく開けて爆笑している。ソーニャが不愉快そうに小さく声を漏らしたが、ここは抑えるときだ。肩に手を置いて嗜める。


 とは言え相対するのは不快だ。早く話を終わらせたかった。


「俺たちの要求は書いてある通り、《ホワイトシグリッド》に調査と情報共有をお願いしたい。これ以上の殺人を許すわけにはいかない」

「へェ。カッコイイこと言うじゃねェか。クソダセェことしてるけど」


 鼻で笑いつつ、書類を机の上に投げる。ひらひらと宙を舞う書類が机上に着地すると、シグリッドの紅い瞳が俺の顔を捉えた。


「で、本音は?」

「裏はない。本当にただの協力要請だ」

「違う違う。お前の本音だよ。どんな理由であれヨシタカがオレに泣きつくはずがねえ。お前の提案なんだろ?」


 確信するような口ぶりだった。シグリッドの瞳に理性の光は見当たらないが、どうしてか思考を読まれているような恐怖があった。


「人の行動に何でも裏があると思うな。誰もが打算的な正義を掲げているわけではない」


 断言する。他の思惑はなかった。

 シグリッドは小馬鹿にするように笑う。


「いいや、お前は”こっち”側の人間だぜ。同類の匂いがプンプンする。そこの女もそう思うよなァ」

「……全然違うタイプだと思いますけど」


 威圧するように水を向けられたソーニャだが、反抗するような口調で言い切った。


「わかってねェなァ。こういう男の頭が一番イカレてるんだ。手を出されたらいつかわかるぜ」

「アストラルさんをあなたと一緒にしないでください」

「へェ、なんだ。既に優しくされた後だったか?」


 下卑た笑みで言われると不愉快だった。ここまでよくしゃべる男だっただろうか。

 ソーニャは爆発寸前と言った風に目を見開いていた。多少の無礼は許される雰囲気だが、流石に限度がある。噴火する前に話を進めることにした。


「いいじゃねェか。ここにはお前の上司はいねェ。腹を割って話そうぜ」

「俺たちは忙しいんだ。無駄話をしている暇はない」

「お前の無愛想は変わんねェなあ。それでよく交渉事を任されたもんだぜ」


 少し強引だったが話を引き戻せた。

 シグリッドはやれやれ、と大げさなジェスチャーをする。気だるそうに机上の書類を拾い上げ、改めて読み直していた。


 やがて目を通し終わったのか、視線をこちらに向ける。


「こんだけ一方的に要求するんだ。もちろん、見返りを求めてもいいんだよな」

「理不尽な範囲でなければ。俺もお前も自警団である以上、報酬よりも正義のために仕事をするのが当然だろう」

「わ~ってるって。オレらの要求は一つ、切り裂きジャックを捕らえた場合は生きたまま身柄をこちらに渡せ」

「……それだけか?」


 少し意外だった。今回の交渉はこちらから弱みを見せたようなもの。もっと強気な対価を要求されると思っていた。


「ああ。切り裂きジャックが持っているであろう情報と技術を独占できる。報酬としては悪くないと思うが」

「まあ……そうか」


 基本的に俺たちは拷問をして情報を引き出すようなことはしない。シグリッドたちがそれをしても文句を言うなということだろう。


 それに《蒸気獣》の噂まで加味すると納得できる。シグリッドも何かしら勘づいているのだろうか。


「お前も聞いていたよな。今の条件で書類を作ってこい」

「承知いたしました」


 部屋の隅で待機していたメイドに命令を飛ばす。

 数分もしないうちに戻ってきたので、引っ掛かりを覚えながらもサインをした。


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