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十九話 ホワイトシグリッド

「……して、お主はソーニャに嫌がらせでもしたのかの?」

「俺が知りたい」


 こそこそと小声で団長に問われる。

 団長室で報告している最中、ソーニャは俺を睨みつけるように観察していた。


「ソーニャも難儀なやつよ」


 すべてを見透かしたように苦笑する。

 これ以上、話を深堀されると懺悔を知られそうだったので話を戻す。


 聞き終わった団長は難しい顔で腕を組み、団長室の壁の地図を睨みつけた。そこには本物の切り裂きジャックと思われる事件発生の場所と日時が赤ペンで記されている。


「――ふむ、収穫はなし、か。あれからしっぽを出さなくなったのう」

「《ミストの少女》らが最有力候補なのは変わらずだな」


 襲撃してきた少女たちの正体は未だに掴めていない。音を遮断する謎の霧から《ミストの少女》と名付け、有力候補として捜査を続けていた。


 あれからいくつもの殺人事件が起きたが、すべて模倣犯の仕業だろう。《ミストの少女》と連携していた子供の情報はまったく得られなかった。


 わかっているのは、《ミストの少女》は何かしらの組織が関与していること。


《蒸気獣》によく似た声がきりの中から聞こえてきたこと。


 この二つだけだ。


 情報が少なすぎる。俺たちを狙う意味がわからないし、イーストエンドに《蒸気獣》がある理由も説明できない。


「《ミストの少女》からはぎ取った機関の解析は進んだのか?」

「いま技術部に頼んでおるが、望み薄じゃろうな。組織のロゴは消えておるし、構造は複雑怪奇。あやつらでも理解できないと言っておった」

「逆にそれがヒントともいえるが――手詰まりには変わりないな」


 自警団技術部の力は相当だ。彼女らでも解析できないとなれば、西側から持ち込まれた高度技術である可能性が高い。


加えて《蒸気獣》の自律思考は内部にある小さな階差機関では難しい。《白の箱》にあったような巨大な階差機関の演算補助が必要なはずだ。つまり、研究所や政府の手助けがなければ運用できない。


 この街にいる誰かが政府と繋がっている。


 同志を疑うようであまり考えたくない推論だった。


西側と何かしらのつながりがあるのなら、そこを辿って研究所に迫れる可能性がある。


「本格的に《ホワイトシグリッド》に協力を求めた方がいいかもな。俺たちだけじゃ限界がある」

「……じゃのう」


 団長の声は沈んでいる。今までも頭にはあったが、あえて避けていた選択だった。

 だが、今後の関係性を考えれば筋を通しておいた方がいい。


「あの、《ホワイトシグリッド》って何です?」


ソーニャがピンと来ていない顔で言う。

 団長は口を閉じたまま首を振ったので、俺が説明した。


「イーストエンドにあるもう一つの自警団だ。俺たちとはあまり関係が良くないが、切り裂きジャックの事件は彼らの本部の近くで起こることが多い。捜査をするにしてもテリトリーの問題があるんだ」

「もう一つの、ですか。切り裂きジャックの事件ってここからそこまで離れてませんよね。なんで二つもあるんです?」


 壁に貼られた地図を見て言う。純粋な疑問なのだろう。

 返答に困る。ここからはデリケートな問題だ。窺うように団長に視線を向けると、やや表情に影を落としていた。


「言っても構わんよ。ソーニャも儂らの仲間。情報共有は大事じゃからな」


 複雑な心境なのか自分では説明しなかった。

 ほんのりと気まずさを覚えながらも言葉を選びつつ解説する。


「もともとは一つだったが、麻薬や娼館の扱いなどで分裂したんだ。俺たちは麻薬を取り締まっているが《ホワイトシグリッド》はむしろ資金源にしている。どこまでを受け入れどこまでを罰するのか。線引きのスタンスが違う」

「……それ、本当に自警団ですか?」


 波風を立てないように説明したが、ソーニャのお気に召さなかったらしい。


 本音を言えば俺も好きではない。団長も認められないからこそ彼らと袂を分かったのだ。


「奴らは豊富な資金で武器をそろえ、武力による恐怖で治安維持に貢献している。方法が違うだけだよ」


 俺とて何人も殺している。それが正義だと信じているが、殺人は殺人だ。程度の問題でしかない。


「むしろ今回のケースでは心強い。武装が整っていればシリアルキラーに対抗できる奴も増え、捜査の効率も格段に上がる」


 ブラックチャペル自警団では危険性を考えて俺とソーニャ以外が捜査に参加していない。効率の悪さが難航につながっているのは否定できなかった。


「どの街も人間は複雑ですね」


 実感がこもったため息をつく。ちらりと窓の外に向けられた遠い目は西側へと向けられているような気がした。


「シグリッドに協力要請か……」


 団長は椅子に深くもたれてゆっくりと視線を動かす。その先を追うと棚に飾られている白黒写真があった。団長とシグリッド――《ホワイトシグリッド》のリーダーが二人並んで笑顔を浮かべている。


「あの……バカもんにか……」


 静かな呟きがやけにはっきりと耳に届いた。この部屋にとって大事なものが失われてぽっかりと空いた穴に、冷たい風が吹きつけている。


 シグリッドが出て行ったのはちょうど二年前。俺がイーストエンドにやってきて一年後のことだ。その頃から他者を遠ざけていたのであまり面識はないが、一度だけ誘われて食事に行ったのを覚えている。


 部屋に冷たい沈黙が下りる。団長の寂しそうな顔が空気の温度を下げていた。


「いや……うむ……そうじゃな。最善を尽くさずして犠牲が増えては夢見が悪い。ワガママを言っとる場合ではないな」


 団長はゆっくりと身体を起こし、ゴソゴソと片付けられていない机の上からペンと書類を取り出した。


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