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二話 リザ

 村から離れた丘に来た。海の見える静かな場所だ。


芝生に腰を下ろし、黒く染まった海を眺める。底には海底蒸気都市アトランティスの影がぼんやりと見えた。海の底に都市を築く技術力には感嘆する。


 ローニア村は数年前までは漁村として栄えていたが、《白い箱》から投棄される廃棄物があっという間に周辺の海を汚染した。遊泳も漁もできない負の遺産へと変貌した。


「海、荒れてるな」


 ざぱっ、と黒い波が押し寄せる。雨も風も強くないのに、嵐が来たような荒々しさだった。小さい頃は泳いでいたが、もう不可能だ。思い出を一つ奪われた。


 ポケットから十字架を取り出し、目を閉じて祈りを捧げる。俺の仕事は人殺し。老婆が安らかに逝けるよう強く祈る。


 祈りが終わっても嫌なことばかり脳裏をよぎる。何も考えたくなくて、持ってきた仕事道具を広げた。布を油に浸して斧を磨く。


 しばらく没頭していると、パシャリ、と音が聞こえた。振り向くと機関式撮影機を構えたリザ姉がにじり寄ってきている。俺の給料で半年分ほどするやつだ。


「おつかれさま~。は~いはいはい、こっちむいて~」

「……仕事の邪魔をすんなよ」

「もう斧はピカピカだよ? 鏡すぎるよ?」

「バカ言え反射率が足りない。こいつはもっと輝ける」


 メンテナンスも大事な仕事だ。プロは準備を欠かさない。


「そんなに磨かなくても、アスちゃんは悪いことをしてないよ」


 リザ姉の目に見透かされているようだった。それを言うためにここまで来たのだろうか。


 ご近所さんなだけあって付き合いは長い。この十字架もリザ姉にもらったものだ。俺の心は知り尽くされていた。


「そんなんじゃない。プロとして仕事道具は大切にすべきだろ」


 生命を断ち切る仕事だ。全身全霊で次の準備しなければ失礼だ。


「でもやっぱり、大仕事の終わりなんだから、お姉さんは笑ってほしいなぁ」


 俺の頭をなでる。リザ姉の色素の薄い長髪が海風になびき、甘い香りが漂った。二個年上だからか俺より少し身長が高い。触れられた手は温かかった。


「もうすぐ酒屋は開くだろ。今日は繁盛するぞ。看板娘が油売ってていいのかよ」

「今日は大事な日だからお休みはもらってますー。だからほら、こっち向いて笑ってよ」


 再び撮影機を向けられる。穏やかに笑うリザ姉を見ていると心臓が高鳴った。顔が熱くなり目を合わせられない。


「勝手に撮ってろ。俺はもう少し相棒を磨く」

「え~ちょっとくらいいいじゃ~ん。これ一枚の現像で一日分の食費がなくなるんだよ」

「庶民には過ぎた趣味だと言ってるだろ……」


 わざわざ最新機器をアトランティスから取り寄せる情熱は理解できない。


「それくらい思い出って大切なんだよ。私が死ぬ前に見返すのが夢なんだぁ。だからほら、一瞬だけでいいから笑ってよほらほら~」


 駄々をこねるように肩をゆすってくる。

 距離が近い。ほとんど後ろから抱き着かれているような体勢だ。

 それが妙にむず痒くて耐えられない。油断すると柔らかさに引きずり込まれそうだ。


「あ~もうわかったよ。笑えばいいんだろ笑えば」


 リザ姉の腕を振りほどき、口角を上げて撮影機にピースを向ける。


「ぷっ! やだなあ変顔じゃなくて笑顔でいいんだよ?」


 シャッターを押す。


「そう思うなら撮るな! 一枚が高価って自分で言ってただろ!」

「まーまーこれも思い出だから」


 食費一日分の変顔にリザ姉は満足げな笑みを浮かべる。


「本当は笑ってほしかったけど、笑えない日の思い出を笑えるようになることも大事だもんね」


 リザ姉は灰色の空を仰いだ。田舎だが、排煙の影響で空気は澱んでいる。


「今日の処刑は悲劇じゃない。老婆の死刑は妥当なんだから」


 反発すると、リザ姉は俺の頭に手を乗せてわしゃわしゃと髪を乱してくる。


「思ってないくせになんでそんなこと言うかなぁ~。みんなに嫌われてぼっちで過ごすの寂しいくせにさ~」

「さ、寂しくない! 処刑人は恐れられて当然だ」


 恐怖の象徴であるからこそ犯罪を抑止できる。プロならば孤高の道を歩むしかない。


「うっそだぁ~。だってこうされたら嬉しそうじゃん。一人は寂しいんだろ~?」

「だからそれはさぁ……っ!」


 からかうような口調とともに後ろから抱きしめられる。甘い香りと柔らかさに包まれて身動きができなくなった。脳が痺れるような感覚だった。


 リザ姉はアホなのだ。村の全員から嫌われても、リザ姉が味方なら寂しくないのに。俺が触れ合いたいと思う唯一の人なのに。


「ほら~この時とかこの時も」

「なんで持ち歩いてんだ?」


 懐から小さなアルバムを取り出して見せてくる。白黒写真には多種多様な不機嫌顔をする俺が写っていた。


 教会学校で周囲に馴染めず孤立する姿。

 両親が処刑人だとからかわれて口喧嘩をする姿。

 昼飯を食べる相手がおらず、部屋の隅でパンをかじる姿。


 見るだけで痛ましい記憶が蘇ってくるも、不思議と嫌な気分ではなかった。


 カメラマンはリザ姉だ。刺すような孤独の傍には、いつも温かいレンズがあった。


「素直にならないからいつまでもぼっちだよ。ぶすっとしてたらずっと怖がられるよ。ただでさえ顔が怖いんだから」

「人が気にしてることをいちいち言うなアホ!」


 図星をつかれてつい悪態をつく。

 幼いころから感情を顔に出すのが難しい。処刑人としては長所だが、友達は少なかった。


 リザ姉はにやけ顔で頬をつついてくる。不快ではないがむず痒かった。


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