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十八話 偽物の修道女の悶々

 部屋に戻っても、アストラルさんの声が耳から離れませんでした。小窓の奥から聞こえた悲鳴のようなむき出しの懺悔に引きずり込まれ、私の気分まで辛くなったのです。普段の彼は言葉を真っ黒な殻で覆い隠していますから、なおさらストレートな言葉に驚いてしまいました。


 どうして、あんなに辛そうだったのでしょう。彼の能力なら他の仕事もこなせるでしょうし、罪悪感で潰れそうならやめればいいんです。教会に来るほど信心深い人なんですから、神様の意に背いてまですることないんです。ベッドに入り込んでもまだ頭はぐるぐると迷走していました。


 彼の殺人を否定したいのに、悲痛な声をきくと反発できません。何も事情を知らずに対立するのは罪のように思えました。


 頭をすっきりさせようと布団をかぶってもねじれた思考はほどけてくれず、結局朝まで寝付けませんでした。疲れは全く取れないままで、薄暗い朝がまたやってきました。幸い今日は安息日で仕事はありません。ぼんやりする頭で起き上がり、朝食を食べようと部屋を出ました。


「おぉソーニャ。調子はどうじゃ」


 廊下に出ると団長さんにばったり会いました。彼も休みなのかダボっとした服を着ています。気さくに近づいてくる姿は柔らかでしたが、どこかわざとらしいように感じました。部屋の扉を開けてすぐだったので、待ち伏せていたような印象です。


「ぼちぼちです」そっけない言葉になってしまいました。

「アストラルはどうかの? 昨日のあやつはかな~り疲れておったんじゃが」


 納得しました。アストラルさんを待っていたのでしょう。東洋人らしい黒い瞳の奥が心配そうに揺れていました。


「わかりません。私には、何もわからないんです」


 何も言えませんでした。平然とした顔の裏で悲鳴をあげているのか、それともやっぱりすましているのか。懺悔室で触れた心はあまりにもイメージと違いすぎて、わからなくなってしまいました。


 モヤモヤします。彼が指摘する通り同情なのか、私のお節介な性分が暴走しているのか、それとも別の理由があるのかわかりませんが、彼を知りたくなりました。


「団長さん教えてください。彼は……アストラルさんは、どうして処刑屋を続けているんですか」

「……ふむ、どうして、か」呟くように言いました。

「アストラルさんは苦しんでたんです。すました顔をしているくせに、追い詰められてたんです。どうして、そこまでして処刑屋を続けるんでしょうか……」


 団長さんは「まいったなぁ」と頭をかいて苦笑しました。


「儂もほとんど知らぬよ。ただ、行き倒れているあやつを拾っただけ。過去も知らぬし、処刑屋をやってくれと頼んだわけでもない。すべてはアストラルの意志じゃ」


 少し突き放したような回答でした。薄情に聞こえましたが、団長さんは「じゃが――」と続けます。


「誰かがやらねばならぬことでもある。警察が機能せぬこの都市では、犯罪への抑止力が必要じゃ。アストラルが引き受けてくれるからこそ、儂は自分の仕事に没頭できる。人殺しの汚名を背負う覚悟と、死線を潜り抜け続ける実力がなければできぬ仕事を、あやつ以外の誰かができるとは思えぬよ」

「でも……それじゃ、ずっと仕事を押し付けたままで。ずっとアストラルさんは苦しみ続けて……」


 団長さんは「う~ん」と言葉を選び、柔らかい表情で歯切れ悪く口を開きます。


「それはお節介じゃよ。あやつにはあやつの使命感があり、苦しくても投げ出せない正義がある。命を賭してまで大切にしている“何か”を簡単に否定してはならぬよ」

「“何か”……ですか」


 曖昧な言い回しに思わず首をかしげます。


「その正体を知る必要はない。安易に言葉を当てはめてはならぬ。儂らはどこまで行っても他人で、考えを分かり合うことはできないんじゃ」

「そんな考えは寂しいですよ。不干渉じゃみんな一人ぼっちじゃないですか」

「分かり合えずとも仲良くはできる。理解者になれずとも良き隣人にはなれる。苦しむ人にただ寄り添うこと。それが、儂らにできる唯一の支えじゃ」


 諭すような柔らかい口調で言われたからか、主張をすっと理解できました。

 ですが、あまり好きな考えではありません。仲良くできれば寂しくありませんが、自分が大事にする価値観を共有できないのは、本当の自分を見せられない致命的な孤独です。温かさと冷たさが同居した意見でした。


「実を言うと、ソーニャをあやつの相棒にしたのも同じ理由じゃ。あの人を遠ざける偏屈者に寄り添い支える隣人が必要じゃった。あのひねくれ者が人と交わろうとすることなど滅多にないから、利用させてもらった」

「……団長さんは、ずいぶんと彼を気にかけているんですね」

「アストラルは一番の仕事人で、一番危なっかしいからのぉ。あやつが泥を被ってくれるおかげで、儂は正しいかしらになれる。潰れてもらっては困るんじゃよ」


 そっけない風を装っていましたが、ドライな考えでわざわざ休みの日に部屋の前まで来ないでしょう。団長さんは私をおせっかいだと言いますが、あなたも大概ですよと反論したかったです。


「だから、改めてソーニャに依頼したい。あの頑固者の相棒になってくれぬか。良き隣人になってくれればそれでよい」


 アストラルさんを孤独の底から救い出してほしいということでしょう。

 ですが団長と私とでは孤独への考え方がズレていて、頷けませんでした。


「少し、考えさせてください」


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