第7話 こちらジャンク街のメディア屋
「じゃあ、いっちょ“地球”を取り戻しますか」
セレネが、顔をキリッとさせて話したかと思えば、すぐにため息をついた。
「……あのときは、ちょっとカッコよかったのに、今じゃこの体たらくですか、マスター」
「うるせぇな。朝っぱらからぐちぐち言ってくるなよ」
俺は10フィートほどの狭い自室で、転がったままセレネに文句を返した。
ここは、惑星ユフタの首都『ジガ』の外れにあるジャンク街。そのまた外れの、かろうじて雨風をしのげる廃コンテナの中。2年も前の決意なんて、今じゃホコリをかぶったまま、心のどこかに仕舞われたままだ。
「そもそも俺がここに来たのは……食いっぱぐれそうになったからだしな」
そう、あの“旅立ち”のあと、銀河を駆ける救世主になれるかと思いきや、現実はそう甘くなかった。
スフィアを持ってるからって、何かが急にできるわけでもないし、どこへ行っても「おまえ誰?」状態。
で、辿り着いたのが――「アースメディア屋」だった。
「異星人向けに、地球の映画だの漫画だの音楽だのを売ったら、まさかこんなにウケるとはな。なぜかコアなファンまでできちまった」
最初はジャンク街で命からがら商品サンプルを売って、なんとか飯代を稼いだ。 で、1年前、この星ユフタに流れ着いてからは、小さな屋台を構えて営業中。
「それなりに、客もついてる。だけどなぁ……」
俺は天井を見上げて、長いため息を吐いた。
「――またあのおっさんが面倒なこと持ち込むんだろうな」
セレネがくるくる回りながら、ため息交じりに言う。
「門番のおじさまですね。あの方、もはや上客というより……居座り客では?」
「まったくだ」
そのおっさん――ジガの門番で、名前はたしかグラズさんとか言ったか。
もともとは隣の星の“トラッシュタウン”で門番をやっていた――そう、最初に出会った門番だ。
メディア屋としての最初の客でもあり、常連でもある。
ついには金が入り次第新曲を買いたいからって、この星にまでついてきた。
何がすごいって、週7で来る。つまり毎日だ。
しかも、ドヤ顔で「これが宇宙最先端の文化ってやつか!」とか言いながら、地球の古い音楽にどハマりしてる。
「この前なんか、“ビートルズの新作はまだか?”とか言いやがったからな……!」
セレネが小さく吹き出した。
「メディアの出元、彼は知りませんからね」
「問題はそこじゃねえ。あのおっさん、毎回毎回、何かしら厄介ごとを持ち込んでくるんだよ。 この前なんか、“謎の発光物体を追って倉庫に入ったら、宇宙ムカデに遭遇した”とか……意味わかんねぇだろ?」
「でも、結局助けちゃうんですよね、マスター」
「やめろ。俺は何でも屋じゃねぇ」
俺は手元のデータパッドを操作しながら、昨日取り出した地球の古典ホラー映画の整理に戻った。
なんだかんだでこの仕事、嫌いじゃない。
そんな日の、翌朝だった。
「おーい、メディア屋! ちょっと手ぇ貸してくれ!」
聞き慣れた野太い声が、ジャンク街の路地に響いた。
「……またかよ」
俺はコンテナの扉を開けて顔を出した。そこには、いつもより少しだけ真面目な顔つきのグラズおっさんが立っていた。その隣――小さな人影があった。
ボロボロの外套に身を包んだ少女。
外套の隙間から見える肌は青白く、首には金属でできた黒いチョーカーがついている。
地球人と姿形は似ているが、どこか違和感を感じるな――などと考えていると、その胸元から、まばゆい金色の光が漏れていた。 俺の視界が、一瞬にしてそれに奪われる。
「……金色のスフィア……?」