第6話 決意と旅立ち
俺たちは宿に泊まる金も頼れるあてもなく、門の外のジャンク山で、野営をすることになった。
ジャンク山で拾った機械のスパークで起こした焚き火の明かりが、オレンジ色に揺れている。
俺はその前で、右の手のひらをじっと見つめていた。
――あのとき、この手から水が出た。
まるで地球の“何か”があふれ出たかのように。
「ねぇ、マスター」
セレネが隣にふわりと浮かびながら覗き込んできた。
「さっきの男たち……なんて言ってた?」
「……確か『セントラディア』とか『中央の連中』って。」
「ふむふむ。……やっぱり、そう来ましたかー」
セレネの表情が真剣なものに変わる。
俺の正面に移動すると、空中に光の線を描いた。
星図のように、中心から放射状に広がる細い円が浮かび上がる。
「セントラディア王国。宇宙の“中心”に位置する、セントラル連合国家体、通称“中央宇宙連合”の盟主。
王国は王と元老院によって導かれ、数十億年続く超文明国家です。現在、数千年にわたり生きる賢王によって繁栄はかつてないものになり、その科学技術はセントラディア人民だけでなく、全宇宙の秩序と繁栄を支えているとも言われています」
スケールが大きすぎて理解が追いつかない。
「……そんなSFじみた国が、現実にあるのか」
「ありますとも。その証拠に、そのセントラディアの科学が生んだひとつの技術――それが“スフィア”です」
セレネの視線が、俺のポケットを見た。
俺は青く光る球体を取り出す。
見た目に反して、ずしりと重い感覚がある。
「“スフィア”……惑星や恒星のエネルギーを閉じ込めるための装置です。セントラディアが開発し、現在は中央宇宙連合によって厳しく管理されています。惑星や恒星のエネルギーや記録をその中に固定し、外部インターフェイスから保存・制御できる球体……本来は滅びゆく恒星や廃棄された星体系をスフィア化してエネルギーとして活用する技術です。当然ながら知的生命体が存在する惑星を含む星体系のスフィア化は禁止されており、セントラディア王国を中心とした連合国法で厳しく規制されています。」
「でも、なんでそんなものが……」
「マスター、それを手にしたのは偶然ではありません。
――ちょうど、ひと月ほど前。天の川銀河にある“太陽系”が、ある事件に巻き込まれました」
セレネは言葉を選びながら続けた。
「まだ公にはなっていませんが…外縁スパイラル域で暗躍するスペースマフィアによって、太陽系のすべての惑星が違法にスフィア化されたのです」
「……すべて……?」
「はい。太陽も、地球も、火星も。全てが違法な手順でスフィアに封じられ、太陽系そのものが宇宙から消失しました」
思わず、手の中の球体を見る。これが地球そのもの……?
でも、そんな話が本当なら――俺は一体何なんだ?
「……おい、セレネ。もし地球が丸ごとスフィアになったなら、
なんで俺がこうして外にいる? 俺は……何者なんだ?」
セレネは一瞬だけ黙り込み、それから、まっすぐ俺を見た。
「わかりません。ですが……日中説明した通り、ボクが起動した時にはすでに、漂流ポッドの中で、アーススフィアを抱えるあなたと共にいました。
また創造主によってインストールされている初期行動プログラムは、あなたをマスターとして導くことのみ記されていました。」
「ただ脱出船に残っていた機体番号のデータをもとにデータベースを照会した結果、スペースマフィアの船のものということがわかりました。
おそらく、マフィアが太陽系をスフィア化したのち宇宙船でどこかに運び出していたところ、なんらかの理由でマスターが地球から出ることができ、アーススフィアだけを奪い返して逃げたのではないかと推測できます。その時の影響で記憶喪失になっていると考えれば、辻褄も合います。」
頭の奥で、かすかに何かが引っかかる。でも、記憶には届かない。
「じゃあお前はなんなんだよ、さっきの奴らが衛星スフィアがなんだって…」
「ごめんなさい。さっきも言った通り、それについては情報がないの。ボクの創造主に聞けばわかるかもしれないけど…現在創造主との回線は閉じられていて、なぜスフィアを持っていたのか、マスターのそばにどのように出現させたかは不明なのよ。」
「でも、これだけは言えます」
セレネの光が、少しだけ強くなった。
「マスターは、太陽系を救う鍵。だからボクは、マスターの味方として側にいます。」
「救う、って……」
「はい。奪われた太陽系を、スフィアから取り戻すことができるのはマスターのみです。すくなくともボクの創造主はそう考えボクをマスターにつけたのだと思います。」
俺は何も思い出せない。
名前も、過去も、自分がどこから来たのかも。
でも、ポケットには確かな重みがある。
そして今、目の前に“世界”を知る存在がいる。
「……わかったよ、セレネ」
俺は立ち上がった。背中にはまだ疲れが残っている。けれど、そのぶんだけ身体が前へと傾いた。
「過去はなくても、これからを探す理由にはなる…か。
じゃあ、いっちょ“地球”を取り戻しますか」
セレネは小さく笑った。
「どこまでもついていきますよ、マスター♪」