第5話 アーススフィアの力
「無事か? って……無事じゃねぇよな」
「無事ですよ。ちょっと……鉄くずに巻かれて動けないだけです。感動の再会なのに、これじゃあハグできませんね♪」
「誰がするかバカ!とにかく逃げるぞ」
こんな状況でもふざけたやつだなと思ったが、俺が戻ってきたことが、ただ嬉しそうだった。
だが――
「汚ぇジャンクのガキが……こんなとこで何してやがる」
「おい、まさかそいつを回収しに来たってんじゃねぇだろうな?」
振り返ると、数人の男たちがスクラップの影から現れた。
油と錆にまみれた服、鋭利な金属片を束ねたような粗末な武器。
目つきだけが、やけに鋭い。
数人の男が、手に粗雑なブラスターや電磁棒を持って立っていた。
「さっさと失せやがれ、死にてぇのか?」
そう言うと彼らの目線は、完全にセレネへと向けられている。
俺の存在など、最初からどうでもいいとでも言うように。
「構造データは記録したし、とっととバラすぞ。」「おい!素体は俺の方でもらう約束だぞ、丁寧にやれよ!」「わかってるって…おまえ金目のモンより素体ってどうしょうもねぇやつだな」「俺は小型飛行ユニットをもらうぞ。こいつはこんなゴミ山では見たことがない掘り出しモンだからな!」
セレネの前に立つ俺に見向きもせず、口々に好き勝手にいいながらまっすぐにセレネに向かっていく男たち。
男たちが横を通り過ぎる。俺は、一歩も動くことができなかった。
「マスター、逃げてください!きてもらえただけ嬉しかったですよ♪」
「黙れ、ほらガキも逃してやるからさっさと行け」
声が…でない。体が震える。
中央の男はセレネの拘束具を外して乱暴に掴むとワンピース型のパーツを外し、胸元のパネルを開く。
「おい、こいつの動力はスフィアじゃねぇか!これだけで一生遊べるぞ」
「衛星型か。それでもユフタにもってきゃあ高く売れる……いや、競りに出せば…」
「競りはやめとけ、マフィアに目をつけられるぜ」
セレネは抵抗することもなく、いや抵抗すればソラを人質に取られるとわかって…セレネの考えがわかった瞬間、俺は思わず前に出た。
「やめろ……! そいつは、俺の……!」
「は? ……お前、死にてぇのか?」
俺の手は震えていた。
足もすくんで、声も上ずっている。
「やめてくれよ……そいつは……」
──その時だった。
ポケットの中で、何かが脈打った。
アーススフィア――地球のスフィア。
まるで、俺の想いに反応したかのように、光が広がる。
胸の奥で何かが弾ける。
「……そいつを……返せ」
刹那、不意に出した俺の手から、鋭い水の刃がほとばしった。
ウォーターカッターのような奔流が、鉄くずの山をなぎ払い、男たちの足元を裂いた。
ゴゴォン
鉄屑の山が崩れる。
「なっ……何だこいつ!? ジャンクじゃねぇぞ!」
「スフィアのエネルギー放出……ここに落ちてくる前にみたぞ、セントラディアの兵士の技じゃねぇか!?」
「まさか……こんな辺境に…いやこのドロイドの性能とスフィアは…やっぱり中央の連中が来てるってことかよ!?」
「中央で見たやつより威力やばくないか…!」
「俺はあんな連中2度と関わりたくねぇよ」
「逃げるぞ!」「まってくれよ!」
慌てた男たちは、セレネをその場に置き去りにしたまま、逃げるように闇へ消えた。
気がつくと、手の中に力はなかった。
ただ、荒い息と、汗と、全身を包む痺れだけが残った。
セレネが、目を丸くして俺を見つめていた。
「……今の、マスターの?」
セレネを拘束している鉄クズを外しながら返す。
「……わかんねぇ。俺も、びっくりしてる」
拘束が外れると、セレネがふわっと飛び上がり、笑った。
「その…俺さ、おまえを置いて逃げて…」
「そういえば、ボクのこと、俺の何って言おうとしました?」
「……うるせぇよ」
俺はそっと手を伸ばして、セレネの背中の拘束具を外した。
「ただの……賑やかしロボかと思ったけどさ。お前、けっこう、憎めないな」
「ボクってば健気でしょ?マスター惚れちゃいました?もしかして俺の女…あ、ちょっと!置いてかないでくださいよ!ナビドロイドを置いてくってどういうことですか!」
変わらずせわしないセレネの調子に、俺は救われた。