第2話 トラッシュタウン
街の入口をくぐった瞬間、それまで支配していた風の唸りと砂のざらついた匂いが遠ざかり、代わりに――軋む金属音と喧騒が耳をつんざいた。
爆音のようなエンジン音、ガシャガシャと何かを叩く音、遠くからは誰かの怒鳴り声が聞こえてくる。空気には油と焼けた鉄の臭いが混じり合い、乾いた熱気と共に肺を満たす。目の前に広がる街は、まさに「ジャンクの都」と呼ぶにふさわしい風景だった。
錆びた鉄板、歪んだ鋼材、色褪せたカーボン外装――
あらゆる金属片が無理やり組み合わされ、建物というより“塊”として存在している。
天井から垂れ下がるケーブル、無造作に並べられた排気口からは時おり煙と火花が吹き出し、その下では誰かが工具片手に火花を浴びながら何かを溶接していた。
「……活気っていうか、カオスだな」
俺がぽつりと漏らすと、セレネが軽やかに宙を旋回しながら答えた。
「この惑星はジャンクと共に落ちた人々が作った街が点在し、なかでもここは、外星との交易もあって、この星じゃ一番活気がある街です。ちなみに街の名前は“トラッシュマウンテン”」
「ゴミ山かよ」
俺は思わずツッコみながら、街の人々に目をやる。
片腕が完全に機械のアームに置き換わっている男。目の代わりに赤いセンサーが埋め込まれた老婆。脚部がキャタピラになっているタコ?の子どもまでいる。
街の名前は自虐的だし、自分と同じようにこの星に流れ着いてきた人々は、何かしら問題を抱えていそうな見た目をしている。
しかし、そこに住む人々の目には活力が宿っており、生きる希望に満ちていた。
街の住人がそこらじゅうから拾ってきたジャンクがひしめく通りを進みながら、俺は露店に並ぶ品々へ視線を向ける。
ゴツゴツとした無骨な機械部品、絶対に人体に悪影響を及ぼしそうな煙を吹き上げる装置、骨董品とすら呼べない“何か”の破片――
それらが、整備も説明書もなく、ただ無造作に鉄板の上に並べられている。
街を歩きながらセレネが話しかけてくる。
「それにしても空 歩そら あゆむだなんて、その見た目やDNA情報からも推測できましたが、マスターはやはり日本人だったなんですね」
「だから名前のことをいじるなって。っていうか、“日本人”って……」
その単語を聞いた瞬間、自分が日本人であることを自然に認識できた。思考が巡り、バラバラだった記憶の一部がつながる。
断片的だった知識がタイムラインという軸につながる。いつ何を知ったか、いま、何歳なのか。
「マスター?」
「あのSF映画は12歳の時に見たんだったか。続編がでたのが去年だという感覚があるから、つまり今は16歳くらいってことか」
アルバムのように、場面の記憶が頭に浮かぶ。
誰かに連れられて行った、ドライブインでみた映画。大コケした続編だったが、自分は結構気に入っていたこと。
相変わらずどこに住んでたとか、家族や友人、人間関係などは思い出せない歪な記憶だが、少なくとも自身が生きてきた記憶があるということがたまらなく嬉しかった。