第1話 目覚めと機械妖精
目が覚めたとき、俺は砂まみれだった。
頭はガンガンに痛いし、空気は乾いてるし、目の前には得体の知れない青い砂漠と赤い空、でかすぎる月みたいな星が2つ浮かんでいた。
そばには砂に円柱状の金属、まるでSF映画でみた宇宙船の脱出ポッドのようなものが突き刺さっており、ハッチのようなところが口開けて転がっていた。
ここは、自分のいた場所とは違う場所のような…
そこまで思考を巡らせ、違和感に気がつく。
「…記憶が…ない?」
映画の内容や映画を見たと言う事実以外の、いつどこで誰と見たかと言う記憶が不自然に抜け落ちていた。…自身の名前も含めて。
パニックになろうとしたそのとき、耳元でふわっと、風を裂くような音がした。
「お目覚めですね、マスター。」
――は?
視線を向けると、目の前に浮かんでいたのは、手のひらサイズの妖精みたいな何か。金属っぽい体、機械っぽい羽、目が無駄にデカい。
空中でぷかぷか浮かんで、ニコニコしながらこっちを見てる。
「ボクはセレネ。メルカナの技術をつかった最新型AI搭載のナビドロイド!」
「うわあああああああああ!?」
俺は後ろにぶっ倒れて、砂を思いきり口に入れた。
ごほっ、ごほっ、ごほっ!!
「おちついてください、生命活動に異常は――」
「しゃべった!? 浮いてるし喋ってるし、お前なに!? ドローン!? AI!? メルカナ!? 宇宙人!?」
「わたしはセレネ、セレネちゃんって呼んでくださいね☆」
うわ、テンションが腹立つ。てか意味わからん。
俺はもはや頭が爆発しそうだったけど――そのとき、ふと気づいた。
右手に、何かを握っている。
淡く光り輝くガラス玉だった。
透明なガラス玉の中には、雲が流れ、海がきらめき、ひとつの星が――まるごと、入っていた。
俺はそれを、知っていた。
「――これって・・」
「それはアーススフィア。地球そのものです」
そうセレネから言われて、俺はさらに混乱した。
地球、太陽系にある第3惑星だということはわかる。
惑星のデザインのガラス玉をスフィアと呼ぶということ?
そもそもなぜこんなものを自分が持っているんだ?
でもなぜだかただのガラス玉が――その青さが、懐かしくて、涙が出そうだった。
俺はしばらく、砂の上で口をぱくぱくさせながら、脳内で情報をかき集めてた。
言葉はしゃべれる。重力とか空気とか、なんとなく理解できてる。
あの浮いてるロボの見た目も、“これはおかしい”って認識できてる。
――でも、自分の名前が出てこない。
誕生日も、どこで暮らしてたのかも、家族がいたのかさえ思い出せない。
なのに「映画」とか「宇宙」とか「地球」とか「ロボット」って言葉は、すらすら頭に浮かんでくる。
……なんなんだ、この変な知識の偏り。
「なあ、セレネ」
「はい、マスター?」
「俺、記憶ないっぽいんだけど……ここどこ?」
セレネはくるっと一回転して、空中でピタッと止まった。
「この惑星はLDX-1023453、現地の言葉では『カリ=ヴァ』。太陽系から2億光年ほど離れた、砂とゴミ山の惑星です」
セレネは、そのまま軽やかに舞いながら、情報を淡々と告げていく。
「ここは、セントラディア中央連合の管理外区域にある惑星で、分類的には“廃棄管理不全区域”。つまり――宇宙のゴミ箱ですね」
「……ゴミ箱……」
辺りを見回すと、砂の大地には金属片や壊れた機械が散らばり、空気は乾いて埃っぽい。遠くに見えるのも、建物というよりスクラップの山だった。
「……ここ、地球じゃないよな?」
自分の声が少し掠れて聞こえる。けれど、それを口にした瞬間、なぜか確信に近い感覚が胸に広がった。
「っていうか、俺……どうやって、地球からここに来たんだ?」
セレネは一瞬、ぴたりと空中で静止した。
「マスター。まずは服を着替えて水分補給から始めましょう。先ほどそちらの船から着替えと水筒をみつけました」
「いや、話そらすなって」
「ですがマスター。その格好はどうかと思います――」
そういってわざとらしく顔を覆うふりをするセレネ。
言われて自身を確認すると、長い布に穴を開けて2つ折りにした服、貫頭衣のようなものを着ていた。下着は・・・はいていない。
腰布で縛ることすらしていないので、横から見れば全て丸見えだった。
「この場所に来た経緯については改めてお伝えしますが、ボクが起動された時点でマスターと一人用小型船の中でした。船のログから、太陽系のある天の川銀河の外縁からこの星に向かってきたようです。」
「……それってつまり、ほぼ情報なしだよな?」
「いくつかボクの初期メモリにデータがありますが、現在“確認中”です♪」
「……」
ソラは額に手を当てた。なんかもう、全部この調子な気がする。
セレネはその様子をしばらくじっと見ていたけど、ふわりと浮きながら言った。
「そういえば、マスターが寝ている間に、近くの街を発見しました」
「えっ、街あんの!? てか寝てる間に偵察行ってたの!? 便利かよ」
「ナビドロイドですから♪」
なんだかうまく誤魔化された気がするが、いつまでも砂の上に転がっているわけにはいかない。まずはセレネのいう通り、着替えることにした。
船には船外活動用の宇宙服と、ジンベイのような形をした服、幾つかの下着があった。
今の所、体に何か影響があるわけではないことや、なにより動きやすさを重視し、宇宙服ではなくジンベイのような服を羽織ることにした。ただ靴はないため、宇宙服の靴を使うことにした。また、セレネがみつけた古い金属製の腕輪を左腕につけた。
全体的にアンバランスだが仕方ない。
「その腕輪は生体発電型のデータパッドです。完全に電力切れを起こしているので少し時間はかかりますが、そのうち再起動が可能になりますよ。少し古いものですがそれがあれば、通信や映像の記録、再生、ボクほどではないですが簡単なaiも搭載しているので、演算機能や、情報の問い合わせも可能ですよ。まぁ問い合わせの範囲は現在位置から1星間、つまりローカルのネットワークレベルですし、なによりマスターにはボクがいるので使うことはないと思いますけどね♪」
(要はスマホだな)
頭の中でセレネの説明を飲み込む。
「そろそろ準備もできたようですし、街へ向かいますか」
セレネの案内を受けながら1時間は歩いただろうか。ザッ、ザッと、砂を踏みしめる宇宙服の靴が蒸れてきており足が痒い。
遠くに見えてきた影は、たしかに人工物のようだ。街の周りを囲うようにいくつもの山があり、街からは煙が立ち上っているのが見える。
さらにそこから20分ほど歩くと、ようやく目の前に、サビついた金属の門とうねる煙突が何本も見えてきた。
街の周りにあった山のように見えたものは、機械やゴミが乱雑に積み上げられたものだった。
……街だ。けど、見たことのある“街”とはまるで違う。砂に埋もれた廃材で組まれた建物、空を舞う機械の鳥、どこからか響くエンジン音。まるでスチームパンクのような、そんな街並み。
門の前にいたのは、ゴーグルをかけた爺さんみたいな機械人間だった。
片目が光ってる。背中からでかいタンクが2本生えており。足は、なぜかホバーボード。
「よぉ、お前さん、新顔だな。名前は?」
「えっ……」
一瞬、言葉が詰まった。名前はやはり思い出せない。
いや、自分に“名前”があったことすら、今すぐには確信が持てない。
(名前、名前……)
頭の中に、ふと浮かんだのは――昔観た宇宙を舞台にした映画のワンシーンが脳裏に浮かんだ。
(たしか、“スカイウォーカー”……だったっけ)
……そうだな。
「……ソラ・アユム」
口が、勝手に動いていた。
一拍、沈黙。
「……なんだそりゃ。変な響きだな」
門番が鼻で笑った。
「ジャンクにしては洒落てやがる」
「ジャンク?」
セレネがそっと俺の腕を引いた。
「この星じゃ、捨てられたモノ――機械や奴隷を、まとめてそう呼ぶんです。マスターが街の外からきたので、この星に落ちてきた、廃棄物だと思っているのでしょう」
門番は改めて俺たちを見ると、ゴーグルの上の眉みたいなバイザーをひそめた。
「そっちの浮遊ロボはずいぶん上品なナリだが、オメェの様子を見るに廃棄されたどこかのコロニーの産廃と奴隷ってとこか?」
言葉の意味はよく分からないけど、値踏みされてるのは分かる。
「……そう見えるかもしれないけど、俺は――奴隷じゃない」
記憶はなくても、それくらいは言いたかった。
「ふん。まあオメェの事情はいいさ。ここじゃ名前と動力があれば、誰でも通れる。通りな、ソラ・アユム」
ギィィ……
重たく錆びた門が、俺たちの前でゆっくりと開いた。
セレネが、くすっと笑う。
「ソラ・アユム、いい名前じゃないですか♪」
「……うるさい」