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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さようなら、先生

作者: 062

「お願い!トイレに行かせて!」


そう叫ぶあたしの声は、震えていた。佐倉ちせ、26歳。今年初めて担任を持たされた小学校教諭。若いあたしにとって、想像を絶するストレスだった。慣れない業務、保護者からのプレッシャー、そして何よりも、子供たちを上手くまとめられない焦燥感。それらが積み重なり、あたしの心身を蝕んでいった。そして、ついに過活動膀胱という形で症状が現れた。今にもおもらしをしてしまいそうだった。


「だーめ。ちせ先生、さっきも行ったでしょ?隣のクラスより1週間も授業が遅れてるって知ってる?」


そう言うのは、クラスのリーダー格のルミだ。意地悪そうな笑顔が、目に焼き付く。あたしは、必死に尿意を我慢しようとしたが、もう限界だった。


「あっ!」

しゃぁぁあぁあぁーーーーー


静まり返った教室に、あたしのおもらしの音が響く。温かいものが、スカートを伝う感覚。床に染みが広がり、教室中に尿の匂いが立ち込める。


「ちせ先生、おもらしー!」


生徒たちの嘲笑とざわめきが、耳に突き刺さる。


「先生、今日はもう3回目だよー!そんなにもらすなら、保育園児と一緒じゃん!」


クラス全体から、笑い声が上がる。あたしは、羞恥心と絶望感で、その場に崩れ落ちたかった。

放課後、あたしは生徒たちに連れられ、ルミの親が経営する近所の保育園へと向かった。


「ちせちゃん、明日からここで園児ね!」


ルミの母親に、園児服を着せられ、砂場に座らされる。あたしは、もはや抵抗する気力もなかった。

今日からあたしは、園児になる。ルミのお古だという、くたびれたスモッグに袖を通し、ウエストゴムのスカートを履かされた。下着は、ルミが自分のお古を使われるのに反対したためか、園側が新品の150cmサイズのものを準備してくれた。鏡に映るあたしは、まるで子供に戻ってしまったみたいで、情けなかった。


保育園までの道すがら、あたしは俯きながら歩いていた。できることなら、誰にも会いたくなかった。特に、勤務している小学校の生徒や先生には。でも、よりによって、その小学校の前を通らなければ、保育園には行けないのだ。


「ちせ先生、おはようございます!」


案の定、事情を知ってる担任のクラスの生徒に見つかってしまった。あたしは、咄嗟に顔を隠そうとしたが、もう遅い。


「ちせ先生、どうしたんですか?その格好…」


生徒たちの視線が痛い。あたしは、何も言い返すことができず、ただ俯くことしかできなかった。


「ちせ先生、頑張ってください!」


生徒たちの声援が、逆にちせの心をえぐる。あたしは、早足で小学校の前を通り過ぎ、保育園へと向かった。

保育園の門をくぐると、年長組の子供たちが元気に走り回っていた。145cmのあたしは、背の高い子もいる彼らに混ざると意外にも違和感がなく、それがまた恥ずかしかった。


歌の時間、先生の歌に合わせて、恥ずかしながらも口ずさんでいると、急に尿意が襲ってきた。もう少しだからと我慢していたけれど、限界が近づいてくる。歌の時間が終わり、待ちに待ったトイレの時間になった。園児たちが一斉にトイレへ駆け込む。あたしも後に続こうとしたが、恥ずかしさから最後尾に並んだ。しかし、間に合わず、おもらしをしてしまった。


「あ!おもらしだー!」

「笑っちゃダメって先生が言ってたじゃん!」


園児たちの声が、耳に突き刺さる。あたしは、顔を真っ赤にして、俯くことしかできなかった。


「ちせちゃん、大丈夫だよ。先生が着替え持ってくるからね」


そう言って、一人の園児があたしの肩を叩いた。あたしは、園児に庇われる事態に、さらに羞恥心を覚えた。


次のお遊戯の時間、トイレに行きたい気持ちを必死に抑えながら、他の園児と同じように飛んだり、回ったりしながらなんとかやり過ごす。トイレの時間になり、トイレに駆け込むと、さっきおもらしをしたあたしを見て、


「先にいいよ。おもらししたくないもんね?」


と何人かの園児が順番を譲ってくれた。申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになった。

(やった!間に合った)

そう思った瞬間、パンツに暖かいものが広がる。トイレの直前で、気が緩んでしまったのだ。


「ちせちゃん、またおしっこ漏らしたのー?」


園児たちの声が、耳に突き刺さる。あたしは、顔を真っ赤にして、俯くことしかできなかった。


「ちせちゃん、ドンマイ!ドンマイ!」


一人の園児があたしの背中をポンポンと叩いた。あたしは、園児に励まされる事態に、さらに羞恥心を覚えた。


お昼の給食の時間、「ちせちゃんのご飯だけ大きいね」と言われながら、短いお箸を使い、他の子と同じように少しこぼしたり落としたりしながら、半分ほど食べ終えた時、隣の席の子が言った。


「あ、ちせちゃんおもらししてるよ!」

「え?」


ちせは、何が起こったのか分からなかった。おしっこをしたいと思わなかった。それなのに、どうして?

先生が駆け寄ってくる。


「ちせちゃん、おしっこが出ちゃったみたいね」


先生がそう言うまで、ちせは自分が何をしたのか理解できなかった。


「え?おしっこしたいって思わなかったよ?どうしちゃったんだろ、あたし…」


ちせは、戸惑いながら呟いた。


「ちせちゃん、先生がきれいにするから、立ってくれるかな?」


先生の言葉に、ちせは言われるがまま立ち上がった。


「ちせちゃん、今日はずっとおしっこが出ちゃうね。もうこのサイズのお着替えがないから、おむつにしようね」


先生はそう言うと、幼児用のパンツタイプのおむつをちせに手渡した。


「え…おむつ…?」


ちせは、戸惑いながらも、先生に言われるがままおむつをはいた。


(3回も、おもらししちゃったし…しょうがないよね?)


そんな風に、ちせは自分に言い訳をした。

お外で遊んでいる時、今日はスカートがないので、おむつが丸見えだ。砂場で遊んでいると、おむつがじわじわと濡れていく感覚があった。でも、もうおしっこが出ている感覚はなかった。ただ、おむつが重くなっていくのを感じるだけだった。


「ちせちゃん、おしっこしったてるよー」


園児が無邪気にそう言う。

(そうか、もう勝手に出ちゃうんだ…)

ちせは、そんな風に思っちゃった。

そう言われても構わず、ちせは夢中で遊んじゃった。


お昼寝の時間、案の定おねしょをしてしまった。おむつがぐっしょりと濡れて、気持ち悪い。でも、もう何も感じなくなっていた。


「ちせちゃん、おねしょしちゃったね。おむつ変えようね」


先生にそう言われ、ちせはおむつを替えてもらうことになった。


一度もトイレに行けなかったちせは、先生から明日から3歳児のあひる組に落第することを告げられた。


「ちせちゃん、年長さんは早かったね。明日からはあひる組で、ゆっくりトイレトレーニングをしようね」

「あひる組って…3歳さんのクラスなの?」


ちせは、信じられない気持ちで先生に尋ねた。


「そうよ。あひる組は、まだおむつの子も半分くらいいるから、ちせちゃんも安心ね」


先生は、そう言ってちせを励まそうとした。しかし、その言葉は、ちせの胸に深く突き刺さった。

ちせは、もはや教師として教壇に立つことはできなかった。ちせは、永遠に、おむつをはいたまま、園児として生きるしかなかった。


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