コウとヨウの小さな冒険
注意:本作はフィクションです。
夢色な設定ですので、現実の人物・動物等とは大変異なる場合がございます。
心地のいい朝日を浴びてコウは目覚めました。
ぽかぽかと差し込む光に目を細め、上体を起こして大きく伸びをします。
ベッドから出て、顔を洗って。水面に映る見慣れた自分の顔。コウは肩くらいまで伸びた赤髪に白い肌、エメラルドグリーンの瞳をした男の子でした。なかなかに整った容姿をしています。
服を着替えて食事を済ませた頃。元気よく扉を開ける影がありました。真っ先に視界へ飛び込んできたのはキラキラの笑顔です。
「おはよう。コウ、今日は冒険だよ!」
笑顔の主は白ウサギの男の子、ヨウでした。今日も元気いっぱいです。
彼はふんわりとした丸くて大きな青い帽子を被っていました。左右に長い耳を通した止め紐飾りがあり、淡い虹色の羽根二つ連なった飾り付きの、白いボンボンがてっぺんに着いたお気に入りです。
首には乳白色のスカーフを巻いていて。今回は更に袋のような荷物まで背負っていました。
「えっ、今から?」
「そう! 早く早く」
コウは突然の事に驚きましたがヨウは構いません。
必死に急かしてちょっと強引に連れ出されてしまいます。彼とはまだ出会って日が浅いのですが、だいたいいつもこんな調子でした。
不思議と断る気にもなれず、ぐいぐいと引っ張られるまま歩きます。
「冒険って言ってたけど目的はあるのかな?」
「うーんとね。特にない!」
「え、えぇ~」
横をピョンピョンと飛び跳ねながら歩くヨウは悪びれもせず言いました。
「――ていうのは冗談。実はね、面白い話を聞いたんだぁ」
「ほっ……面白い話って?」
心の中で安堵しながら続きを促します。
ヨウは変わらず笑顔で、楽しそうに話を続けました。
「あのね。夢色の浮橋から綿菓子の雲島に行けるんだけど」
「うん」
「そこにね、空飛ぶ宝石がたくさんあるんだって。いろんな色の!」
「宝石って事は宝探しか。でも空飛ぶって……」
コウは顎に手を添えて考え込みます。
正直なところ、宝石が空を飛ぶなんて聞いた事がありません。
ヨウは「見た事ある?」と聞いてきますが首を振りました。本当に知らなくて。とはいえ少し興味が湧いてきて、誰から聞いた話なのかと問い返します。すると――。
「特に誰からってのじゃないけど。ぼくはおばさんが話してたのを聞いた」
「なるほど」
要するに噂になっているのかと察しました。
おばさんというのは、よく近所で世間話をしている主婦の集まりだと考えます。なんという事はありません。いつもの、日常風景と言えるでしょう。
納得しているとヨウが前へ回り込んで立ち止まりました。
それに合わせて立ち止まると、自信に満ちた目を向けられます。なんだろうとコウはちょっとだけ首を傾げました。
静かに見守っていれば、彼は背負っている荷物から丸めた紙を取り出して広げ――。
「じゃーん! 実は宝の地図を持ってるんだ!」
「地図って今言ってた話の奴だよね」
「もちろん。自信作だよ」
「へぇ、自信作……アレ? てことは自作?」
「うん。よく描けてるでしょ」
「あ、はは……うん、でも……」
それって宝の地図としては意味ないんじゃ、と思いました。
けれどヨウの期待と夢に満ちた瞳を見て指摘するのを止めます。陽だまりのようだと感じた彼の笑顔や澄んだ青の瞳を曇らせたくありません。
なによりも、地図が当てにならない冒険も楽しそうだと感じたからでした。
二人は地図を見ながら森の中を歩いて行きます。
もともとコウ達が住んでいる村やその周辺は緑が豊かでした。
ぽかぽかとした木漏れ日は気持ちがよく、木の葉が歌うようにさざめき合っていて。時々鳥たちの囀りが聞こえたりしました。
隣を歩くヨウはるんるんと鼻歌交じりで、見ているこっちまで楽しくなります。
「ご機嫌だね」
「だってコウと一緒だもん」
「僕と一緒だとそんなに楽しい?」
「うん! 胸の奥がわきわきキャアキャアするんだよ」
コウはきょとんと眼を丸くしてしまいました。
彼の言い方は抽象的で曖昧でしたが、言わんとしている事はなんとなくわかります。それ故にどうしてという感情が胸を突きました。つい考えてしまうほど二人の関係性は浅いのです。
コウ自身、自分が言うほど面白いとは思っていません。
特に明るい訳ではなく、話だってそんなに得意と感じた事はありませんでした。たぶん行動力は隣にいる彼のほうがずっとあるでしょう。ヨウは表情もコロコロと変わって微笑ましいです。
自分のどこに楽しい要素があるのか、つい考えてしまいました。できれば聞きたいくらいで……。
「やっぱりヨウは不思議だな」
「そんな事ないよ~。あっ」
照れたかと思えば、突然何かを見つけた様子で駆け出します。
後を追いかけると彼は木の上を見上げていました。ヨウは親し気で、その視線の先には二羽の小鳥が枝の上に止まっています。インコやカナリアくらいの小さな鳥達でした。
「こんにちは、小鳥さん」
「こんにちは、貴方近くの村の子ね。確か名前はヨウだったかしら」
お姉さんな雰囲気の青い鳥が応えます。
とても綺麗なグラデーションの羽根で丸みがあり尾長。綺麗好きなようで、羽根は手入れが行き届いていて艶々です。ほんのりと石鹸の香りがしました。
「ちわー。今日も元気そうだな」
お兄さんな雰囲気の黄色の鳥が言います。
こちらは胸元と手羽先が黒くツンツン髪で吊り目。ほんのりと果物の香りが風に乗って漂ってきしました。ぴったりと青い鳥に寄り添っています。
「ふふん。元気はぼくのトレードマークだから」
「こ、こんにちは。初めまして」
「おお噂の小人っ子じゃん。よろー」
「なかなかのイケメンさんね。旅はしばらくお休みするの?」
「えっ、どうして知ってるんですか。初対面の筈なのに……」
『風の噂に決まってるでしょ・だろ』
小鳥達は口をそろえて答えました。とても仲良しで息もピッタリです。
「二人は噂好きなんだって。よく面白い話を聞かせてくれるんだぁ」
「へ、へぇ~」
ヨウの紹介にコウが相槌を打っていると、小鳥達は嬉々として話し出しました。
「ねえねえ、知ってる?」
「へっ? 何をだい」
「あ、始まっちゃった」
「渡り鳥のカイちゃんが空を飛ぼうとして根暗ネズミの家につっこんだの」
「ああ知ってる。空どころか地中を泳いだって話だろ」
「アレ? 泳いだんじゃなくて爆走したのよ」
「そうだっけ。じゃあコレは知ってるか?」
「なになに」
「ハルとアミルっているだろ。どうも最近、行商に来たドワーフの男とどっか行ってるみたいだぜ」
「えぇ、どんな関係!? でも二人って住んでる所離れてるよね」
「だからハルが遊びに行ってるんだよ。泊りで」
「な~るほど♪」
コウは聞き覚えのある名前を聞いてそっと傍らに目を向けます。
案の定、ヨウは唖然とした顔で目をぱちくり瞬かせていました。カイは二人もよく知りません。
ハルは狸の三つ子の末っ子。ただしお父さんがレッサーパンダなので尻尾が縞々色をしています。アミルはウサギの女の子でヨウのお友達。コウから見て、彼女はヨウが大好きという印象でした。
ガールフレンドの私生活に関わる内容は刺激が強かったのでしょう。
いつもだったら話に入っていく頃合いです。でも今回ばかりは意識が反れていました。なのでコウは意を決して口を挟みます。
「あのっ、綿菓子の雲島と空飛ぶ宝石について何か知りませんか?」
すると小鳥達はピタリと口を閉ざしました。でも顔を見合わせすぐに――。
『知ってる~♪』
またもや息ピッタリに口と動きを揃えまてきました。
「綿菓子の雲島は夢色の浮橋で行けるの」
「夢色ってどんな色だろーな。想像できねぇよ」
「そうね。でも綿菓子の雲島に宝石なんて――」
「ん、ああ。あったあった。キラキラでそれはもう幻想的なんだと」
『それは見てみたいわねぇ・よなぁ』
「でも綿菓子の雲島って今どの辺飛んでるんだっけ?」
「違う違う。浮橋で行ける場所だから普通には見えないのよ」
「じゃあ飛んでないのか」
「飛んではいるんじゃない?」
『つまり見えないって夢がある~♪』
「浮橋については橋守が詳しかったよな」
「そうそう。アナグマさん」
「崖下の根網棚に住んでるんだっけ」
『川向こうの樹林の橋守お爺さん』
阿吽の呼吸とでもいうのでしょうか。彼らは間を開ける事なく交互に、時々ハモッて、身振り手振りも綺麗に揃っていたのです。
早口言葉でも競っているかの如き言葉の応酬に、コウとヨウは唖然としてしまいました。すぐに言葉が出てきません。
おしゃべりな小鳥達は今もなお次の言を継がんとしています。
「わかりました。どうもありがとうございます」
「教えてくれてありがとう」
長くなりそうな予感を感じて、二人は適当な所で礼を言って立ち去りました。
あまり関係のない話もあったけど重大な情報を得られて満足です。まずは川向こうに渡るべく川を目指して歩きました。目的地がはっきりしていると足取りも軽やかになります。
楽し気な二人の様子に近くの動物達が顔を出して聞きました。
「どこ行くの?」
「楽しそうだね」
「川向こうに行くんだよ。アナグマのお爺さんに会いに行くんだ」
元気よく返事をしてスタスタと突き進んでいきます。
コウは通り過ぎる動物達に会釈しながら遅れないように歩きました。
森を進んで、二人は川辺までやってきます。
勢いよく流れる川の水に、コウはキュッと胸を締め付けられるような心地がしました。隣を見るとヨウも複雑な表情を浮かべています。この気持ちはすぐに拭えません。
「今でもちょっぴり不安だね。緊張しちゃうよ」
「うん」
ヨウの言葉に頷いて、深呼吸をしてから周囲を見回しました。
少し先の下流側に平らな岩が両岸を挟む形で置かれています。持ち上げるのが大変なくらいには大きいので元からあったのかもしれません。
でも近づいて見てみると、何かに利用した形跡がありました。
「これは、橋が架かってたのかもしれない」
「本当!? でも板も何もがないよ」
「きっと流されちゃったんだ。三日前の大雨で」
地図を描いた張本人が橋の存在を知らなかったのは意外です。
でも想像で作ったのなら何の不思議はありません。きっと細かい所までは覚えていなかったのでしょう。ヨウの反応はとても素直で心の底から驚いているのが伝わってきました。
さておき、このままでは困ります。水の流れは早く、浅瀬であっても油断してはいけません。どこか深くなっている可能性があるし、なによりも自然を侮れば痛い目を見る事はよく知っていました。
「他に渡れそうな場所ないね」
周囲を見回しますが飛び移って行くのは難しいでしょう。
「なら橋を架けるしかないかな」
「わかった。ぼくは何をすればいい?」
コウは考えます。ヨウは期待を込めて見上げてきました。
全幅の信頼を寄せられ、キラキラと輝いて見える瞳に少し気おくれしつつ――。
「まず材料を集めよう。手頃な、丈夫で長い板があればいいけど……」
「うんうん」
「でもなければ丸太でいいな。とにかく太くて丈夫な奴だ。結ぶための蔓も欲しい」
「了解。全力で探すよー!!」
「はは……無理して怪我しないようにね」
オーッと気合いを入れて、二人は手分けして橋の材料を探し始めます。
道すがら話してきた動物達にも手伝って貰いながら川辺まで運びました。立派な丸太を三本、丈夫でしかりした長い蔓を束にして運び終わると早速組み立ていき……。
完成すると、皆でよいしょと力を合わせて向こう岸に橋を渡しました。
「凄ーい。コウは本当に手先が器用だね」
「皆の協力があったからだよ」
ヨウは嬉しそうです。感心して渡したばかりの橋上で飛び跳ねました。
強度を確かめるのはとても大事ですが、コウは躊躇いのない彼の行動に慌ててしまいます。でも橋は壊れる事なく頑丈でした。その結果を確認してほっと胸を撫で下ろします。
「ヨウ、頼むからもっと慎重に」
「ごめん。つい嬉しくなっちゃって」
「次からは気を付けるんだよ。さあ、向こう側に渡ろう」
「うん!」
先にトテトテと橋を進んで行くヨウに続いて川を渡りました。
対岸に上陸しても元気に歩いて行くは微笑ましいものがあります。思わず微笑んでいると、急に立ち止まって脇の根元を弄り出して。なんだろうと歩み寄れば何かを持ち上げて見せてきました。
「見て見てキノコ! いーっぱい生えてる」
「本当だ。でも食べられそうにないかな」
「うーん、残念。あっ」
落ち込んだのは一瞬で、ヨウはすぐに別の何かを見つけて走り出します。
「どこ行くんだ? おーい、待って」
「コウ綺麗だよ。綺麗な蝶ちょがたくさん」
追いかけた先で見つけたのは色鮮やかな蝶の群れでした。
白や赤や青、中には珍しい色や模様の個体が混ざっています。自由気ままに飛び回る蝶達をピョンヒョンと駆け回って追いかけるヨウ。そのはしゃぎように見ているこっちまで楽しくなりました。
しかし肝心な事を忘れてはいけません。二人は大きな目的があるのですから。
「ねえ、早くしないと日が暮れちゃうよ。根網棚の崖ってどっちにあるの?」
「あ、そうだった。いけない、いけない」
恥ずかしそうに照れて「こっちだよ」とヨウはまた駆けだします。
川向こうにも青々と緑が豊かに生い茂っていました。また高い太陽の光が暖かく差し込んで、昼寝をしたらさぞ心地よい事でしょう。でも昼寝をするには早く、している暇もありません。
少し先を歩く白い背中を見つめながらコウは足を進めていきます。
「ふぅ……」
「疲れた? もう少しだよ」
「大丈夫さ。まだまだ歩ける」
だいぶ歩いたと感じた頃、視界に崖らしき地層が映りました。
木々の葉で隠れていますが確かに網のような模様です。興味が勝って、疲れていた事など忘れ歩みを進めていくと全貌が明らかになりました。
反り立った崖の断面を編み目のように根や蔓が覆っています。地中にも食い込んで、所々が崖下の樹木と樹木と一体化していまいた。崖と同化した木の所に扉が1つ。窓も見えます。
「面白いお家だね」
「ここがアナグマさんの家か。間違ってないといいけど……」
不安に思いながらも扉をノックして中に声で呼びかけました。
『すみませーん。誰かいますか?』
意図した訳ではなかったけど、声が綺麗に揃ってよく響きます。
しばらく待っていると扉が開きました。向こう側から顔を出した老人が、行儀よく待っていた二人に目を向けて言います。
「おやおや、こんにちは。可愛いお客さんだねぇ」
優し気な声音でした。きっと子供が大好きなのでしょう。
初めて会うというのに、とても穏やかな眼差しを向けてきます。どうやら歓迎してくれている様子でほっとしました。中を進めてきましたが二人は首を振って断ります。
「お爺さんは橋守のアナグマさん?」
「はいはい、そうですよ。と言ってもアナグマはたくさんいるんじゃがの」
「いーっぱい?」
「ああ。息子や娘に、孫、親戚やら友達やら……はて何人じゃったか」
アナグマお爺さんは記憶を手繰るように言いました。
このままでは別の方向へ話題が広がってしまうでしょう。お話を聞くのは嫌いではなかったけど、今は宝探しのほうが優先です。
すると今度はヨウが先に本題を切り出しました。
「実はね、ぼく達綿菓子の雲島へ行きたいんだ。そのために夢色の浮橋を渡りたいんだよ」
「はい。鳥さん達から橋守のお爺さんなら知ってると聞いて」
「お爺さん、知らない?」
「はて……」
アナグマお爺さんは考え込んでしまいます。首をコクコクと動かして。
まさか知らないのでしょうか。二人はお爺さんが口を開くのを息を飲んで待ちました。たっぷりと数分間、沈黙が続いて――。
「思い出せそう?」
「ふーむ、難しいのぅ。でも、お願いを聞いてくれたら思い出せそうな気がするんじゃが……」
「本当!?」
「あ、えーっと……」
コウは言いかけた言葉を飲み込みます。これはもしかするかもしれません。
でもヨウは気づいていない様子でした。今のところ嫌な感じはせず、質が悪ければ止めるつもりでコウは話を聞く事に決めます。何かあればヨウを守れるよう密かに心構えをして。
「お爺さん、ぼく達は何をすればいい?」
「僕達にできる事ならやります」
「おお、優しい子達じゃ。実はの、ちょっとお使いを頼まれてくれんか」
「お使いですか?」
「そうじゃ。最近足腰の調子が悪くて買い物をするのも大変で……」
「なるほど。つまり買い物をしてくればいいんだね」
「頼めるかの」
「もっちろん!」
二人はアナグマお爺さんからメモと籠を受け取って歩き出しました。
ヨウも背負っていた荷物を預けて、代わりに背負い籠を受け取っています。
籠の中には交換するための物が詰まっていて重みがありました。これでは足や腰が悪いと大変でしょう。日々の苦労を考えたら、お使いを頼まれた事に悪い気はしませんでした。
メモには周辺の地図も描かれていて目的地まで迷いません。
まず最初に行くのはどこがいいかと考えて、コウの提案で一番遠い所から行きました。帰りながら残りの買い物をするためです。ただし一ヶ所だけ順番を外して行きました。
頼まれた物は食料が殆どでしたが、その一ヶ所だけが違っていたのです。
「メモにはなんて書いてある?」
「必要なのは食器みたいだ。ティーカップ」
「食器かぁ。割れるのだったらどうしよう」
自分の手を見て心配そうにするヨウに、つい苦笑いを浮かべてしまいました。
「心配しないで。それは僕が持つから」
「うん。お願い」
「できれば花柄がいいみたいだ。あるといいな」
「コウならきっとピッタリのを選ぶね」
「どうだろう。よく知らない人のだし、あんまり自信ないよ」
少し行った先の木立の傍にある雑貨店。
中に入るとたくさんの小物や食器などが丁寧に並んでいます。他のお客さんは多くありません。
「いらっしゃいませ。ここら辺の子じゃないね、旅行中かい?」
「ううん違うよ。アナグマのお爺さんのお使いで来たの」
「ああ、崖下の。ならいつもの奴と交換してあげるよ。わかるかな?」
「大丈夫です。こちらですよね」
コウはメモの通りに籠の中から小さな壺を出して渡しました。
壺にはわかりやすく青い札のついた紐が結ばれています。店主は札と中身を確認すると満足そうに微笑みました。
「これこれ。確かに受け取りました。どうぞ好きな物を選んで」
店主は赤いリボンなら2つ、黄色なら1つ選んでいいと言います。
選んだ一度自分の所まで持ってきて欲しいと伝えました。このお店ではリボンの色で品物の価値が分かれています。色は全部で四つ。安い物から順に赤、黄色、青、紫となっているようでした。
いったい中身は何だったんだろう、と思いながら陳列された商品を見ます。
ティーカップだけでもいろいろな物がありました。絵柄は豊富で目移りしてしまいます。葉っぱや蝶、動物、魚と見ていき目当ての花柄を見つけました。花柄といっても数種類あります。
色だけでなく、茎や葉がついた物や他のものが一緒に描かれた物まで様々でした。
「ヨウはどれがいいと思う?」
「うーん。難しいなぁ」
「そうだよね。でも真剣に選ばないと」
今回は自分用ではないのです。その事を念頭におき、相手を思い浮かべて……。
「これはどうかな?」
「わあ。お花とか優しい感じでいいね」
コウが手に取ったのは、春を思わせる白と薄桃色の花が描かれた物でした。
薄桃色の花はコイワザクラで白い花はアメリカフウロでしょう。絡み合う茎や葉と一緒に白いカップの縁を飾っています。絵柄はとても優しく落ち着いた味わいでした。
「ヨウはどんなの選んだ?」
「ぼくだったらね~コレッ」
ヨウが選んだのは、鮮やかな赤い実が一緒に黄色い野花が描かれた物です。
おそらくはヤブヘビイチゴ。美味しそうな赤い実のほうが印象強い逸品でしょう。花より団子な雰囲気が実に彼らしく感じられました。考えている事が手に取るようでくすりと笑えてしまいます。
選んだ物はどちらも赤いリボンが結ばれていました。
せっかくなので両方店主の所まで持って行きます。店主は確認した後、リボンを外してカップを丁寧に皮の布で包んで渡しました。慎重に受け取って籠の中に入れます。
二人は籠の中身を気にかけつつ次の目的地に向けて歩き出しました。
この辺りは家が幾つかあり、道も途切れ途切れながらあります。
一番遠い所から順に果物、蜂蜜とバター、ミルクと魚を交換していきました。
小壺や小袋が次々と食料に変わって。話をした住民からアナグマお爺さんについて聞きます。息子や娘、孫がたくさんいる事。別居してて時々遊びに来るけど一人暮らしが長いのだと知りました。
きっと寂しいのでしょう。なんとなく二人は気持ちを感じ取るのでした。
「ただいま」
「メモの通りに交換してきました」
「お帰り。ご苦労さん」
待っていたアナグマお爺さんに交換してきた物を渡します。
ヨウは預けていた荷物を受け取りました。さて、いよいよ浮橋の事がわかると思ったのですが……。
「すまんが、もう一つ頼まれてくれんか」
「もう一つ? 何をすればいいの?」
話をする二人を見ながらコウは思います。
本当に後一つだけなのか。教えてくれる気持ちがあるのかと、少し身構えた気持ちになりました。けれどヨウは疑いません。真摯な気持ちで向き合っているのが見て取れます。
そんな彼を見てコウは自分が情けないと思いました。見えるのに、感じるのに。まだ短い付き合いだけど本当に敵わないな、と感じます。
「ヨウがすぐ誰とも仲良くなれる訳だな」
「ん? コウ、今何か言った」
「いいや、なんでも。お爺さん、何をすればいいですか」
きっと大丈夫、まだ疑うほどじゃないと気持ちを入れ替えて聞きました。
アナグマお爺さんは二人の返答に一つ頷いて微笑みます。優しい声音に安心したのでしょう。
「んあぁ。お前さん達料理は得意かの?」
「うーん。料理はコウのほうが上手だよね」
「いや僕も普通だって」
「え~前作ってくれた時、ぼくの時よりずっと美味しかったよ」
「ありがとう。けど、できるだけで得意ってほどじゃ……」
謙遜ではなく本当に思っている事です。
一人暮らしをしているからであり、できると得意は違うと素直に言っただけでした。でもアナグマお爺さんは十分だと感じたのでしょう。満足げに話を続けます。
「実はの、久々に誰かの手料理が食べたいんじゃ」
「ごはんを作ればいいの?」
「ああ。頼めるかな」
「構いませんけど、何か食べたい物はありますか」
「なーんでもいいよ。作れる物を作って下され」
アナグマお爺さんはお願いしますと頭を下げました。
でも「なんでもいい」というのは非常に悩みます。何を作ればいいのでしょう。
二人は家にある食材を教えて貰いながら献立を考えました。今日手に入れてきた食料とは別に、パンや小麦粉、野菜に卵などがあります。
これだけ充実していれば美味しい物が作れるでしょう。
コウは参考のために昨日の献立を尋ねます。
すると昨日の夜は野菜のパイ、朝はパンに目玉焼きを乗せて食べたと教えられました。
ヨウは会話に耳を傾けながら不思議そうな顔をしています。あまり気にならない事だったのでしょう。なので優しく「食べる人に楽しんで貰うためだよ」と伝えました。
「じゃあ何作ろう?」
「うーん、そうだなぁ」
コウはヨウの耳にそっと耳打ちします。聞く側はうんうんと頷きました。
「よーし頑張るぞ! お爺さん、楽しみに待っててね」
「ああ」
「では手順を考えて始めよう。まず――」
二人は協力して料理に挑みます。声を掛け合って役割分担をしました。
野菜を洗い、具材を切って、下拵えの後かまどに火を入れて。鍋でコトコトと野菜を煮込み、その間にパンと野菜でサンドウィッチを作ります。調味料での味付けも忘れません。
完成した料理をテーブルに並べます。ポトフ風の野菜スープがほかほかと湯気を上げていました。
「とっても美味しそうだね。せっかくだし皆で食べよう」
「いいの? ぼく、実はお弁当あるんだぁ」
コウの分も作って来たよ、とヨウは言います。
荷物の中からよいせと取り出して。時間的にもちょうどいい頃合いでしょう。皆で食べたほうが美味しい。そう思った二人は素直に食卓を囲みました。
自分達の分を並べて「いただきます」をして食べ始めます。
談笑が零れる暖かな食事の時間は瞬く間に過ぎて行きました。アナグマお爺さんは家族団欒を思い出して、ほっこりと頬を緩めて楽しそうです。
ご馳走様をした後、使い終わった物を水甕から桶に汲んだ水と魔法の石鹸で洗いました。
「さぁて、約束通り夢色の浮橋を架けようかの」
後片付けが終わると、そう言ってよいしょと腰を上げます。
「えっ!? 思い出したの」
「浮橋がある場所じゃなくて、架ける?」
「ほっほっ……なぁに見ていなされ。ほら外に出て」
二人は元気に返事をして外に出ました。
アナグマお爺さんは少し遅れて出てきます。手には杖と小袋を握っていました。
家から離れた所まで歩き、小袋の中身を杖の先端についた綺麗な玉に振り掛けて。中身は星の形をした細かい砂ですぅっと玉の中に吸い込まれて行きます。
すると砂を吸い込んだ玉はキラキラと七色に輝きました。
「そぉーれっ」
アナグマお爺さんが杖を振ったら光の粒が舞い散ります。
途端に辺りを不思議な色の靄が包み、パステルカラーの幻想的な橋が空中に現れました。
「これが夢色の浮橋」
「そうさ。橋を渡った先に目当ての雲島があるんだよ」
「うわぁ~! 向こう側が見えない」
「ほっほっ、そりゃそうだよ。不思議な空間だからね」
瞳を輝かせるヨウに微笑んで話すアナグマお爺さん。
さあ、行っておいでと背中を押されて二人は橋へ足を踏み入れます。
微笑んで見送る姿を背にゆっくりと歩みを進め、やがて橋と自分達しか見えなくなって。それでも歩くのを止めませんでした。
どれくらい歩いたでしょうか。ふっと景色が開けました。
ついに上陸です。二人はとうとう綿菓子の雲島までやってきました。
「着いたぁ! 見て見て、もっこもこ♪」
「こらこら。あんまりはしゃぐと転ぶから」
見渡す限り綿菓子のようにふわふわした光景で溢れています。
色合いは夢色の浮橋と同じパステルカラー。部分ごとに色が変化していてまだ夢の中にいるような心地でした。見上げる空さえも夢色です。
「本当に雲みたいだ。地面も。ここって空の上なのかな?」
「さあ、どうなんだろう」
「じゃあさ。掘ったら下が見えるかな。見たら浮いてるかわかるよね」
「うーん。止めたほうがいいと思う」
初めて訪れる場所に好奇心は尽きません。
調べたくて仕方がない様子のヨウをコウは必死に止めます。そうしないと本当に地面を掘って、落っこちてしまうかもしれないからでした。
でも止まらないヨウは、低木の如く生えている綿雲をひと掴みして口に入れます。もぐもぐと口を動かして――。
「甘~い! コウも食べてみて。場所によって味も違うよ!」
「食事したばかりなのに……。でも一口だけ」
口に含んだ瞬間驚きました。彼の言う通り、本当に菓子のようだったからです。
「不思議な場所だな。――さて、ヨーウ! 宝探しはいいのか?」
「あっ、そうだった。ごめんごめん」
味の探求とばかりにあちこち走り回っていたヨウが戻ってきました。
恥ずかしそうな顔で後ろ髪を掻きます。けれどすぐに気を取り直して自前の地図を広げました。踏む踏むと頷きながら周囲を見回し一点を指さします。
向かう方角を定めたのでしょう。二人は足並みを揃えて歩き出すのでした。
歩いて数十分とかからない内に、目的地に到着して足を止めます。
目の前に広がる景色に感嘆の息を零しました。とても幻想的で綺麗だったからです。
「うわぁ、見てよ。宝石がいっぱい浮かんでる!」
「うん。風船みたいだ」
キラキラの風船みたいな宝石が宙に浮いていました。
泡の如く雲の野原から湧き出でて、ふわふわと自由に周囲を漂っています。
色は淡い色から濃い色までたくさんありました。赤、青、黄色、緑、紫、ピンク、オレンジと本当にいろいろです。
泡のような、風船のような宝石は生まれてしばらくは気ままに空中旅行。
でも時間が経てばパチンッと弾けてしまいました。弾けた時に飛び散った光がまるで花火のようです。同時に幾つもの、いろいろな色が弾ければ虹の如く光が広がって。それはそれは美しい光景でした。
「とっても綺麗だねぇ」
「うん」
「あれれぇ~キミ達、誰?」
二人並んで目の前の光景に見惚れていた時、あらぬ方向から声がかかります。
声で現実に引き戻され、声のしたほうを振り返ると――そこには一人の妖精がいました。
女の子で、空色のポニーテールを揺らし、シフォンやレース、チュールをふんだんに使った洋服を着ています。髪止めと腰の後ろに波打つようなリボンを着け、青のショートブーツを履いていました。
氷のような青い瞳がまっすぐにこちらを見つめてきます。二人は向き合って会釈しました。
「こんにちは。ぼくはヨウ」
「初めまして。僕はコウです」
「ふぅん、私はアクアよ。この島に住んでるの」
礼儀正しく自己紹介をした二人にアクアは愛想よく返事をします。
「ぼく達は空飛ぶ宝石を見に来たんだよ」
「へぇ~。言われてみれば、ここロマンチックな所だし納得かも~」
「君もここが好きなの?」
「まぁね。たまに貴方達みたいな人達が来るし楽しいじゃない♪」
あっという間に仲良くなったらしいヨウとアクア。
コウは微笑ましい彼らの会話に相槌を打ちながら暖かい気持ちになっていました。
ところが突然強い風が吹き抜けます。ヨウは咄嗟に帽子を、アクアはスカートが翻らないように手で押えました。無意識に目を細めたり腕で庇います。
風が止むのを待ってから、皆姿勢を戻して周囲を見回しました。
「浮いてた宝石、全部飛んでっちゃった」
「うん。でもほら、また湧き出してきてる」
「本当だ。よかった~」
またぷくぷくと湧き出でる宝石につい嬉しくなります。
「喜んでるトコ悪いけど大丈夫? 今ので浮橋消えちゃったけど」
『ええぇっ!?』
さらっと告げられた衝撃の事実に思わず声を上げてしまいました。
今回は疑う気持ちすら吹っ飛び、本当にどうやって帰ろうかと頭を悩ませます。このまま帰れないなんて絶対に嫌でした。名案が思い浮かばなくて困ってしまいます。
「やっぱりね。なら私が魔法で送ってあげる」
「そんな事できるの?」
「あったり前じゃない。まあ、任せといて」
自信たっぷりに胸を張るアクアを見て安堵しました。ここは信じるしかありません。
「そっかぁ。じゃあ戦利品を作らなくちゃ」
「戦利品を作る?」
すっかり安心して気持ちを切り替えたヨウが言いました。
アクアが首を傾げて聞きます。ヨウは荷物の中からスケッチブックとクレヨンを取り出しました。
「宝石を見つけた証。絵に描けば忘れないでしょ」
「なるほどね~」
「コウも一緒に描こうよ。ほら、色鉛筆もあるんだ」
「いいよ。一緒に描こう」
コウは紙と色鉛筆を受け取り、魔法で木の板を出して貰って腰かけます。
アクアが覗き込むのをくすぐったく感じながら各々に絵を描きました。時々クレヨンと色鉛筆を貸し合いっこしますが、ウサギの手に色鉛筆はちょっと持ち辛そうです。
それでも仲良く、視界に映る素晴らしい風景をスケッチするのでした。
それぞれの絵を描き終わって、荷物をまとめたらいよいよ帰る時間です。
この島の空模様では時間がよくわかりません。でも、体感でなんとなく感じ取っていました。
「忘れ物はない? 魔法をかけるわよ」
「よろしくお願いします」
「お願いします!」
「じゃあ、いっくよぉ~♪」
彼女が手をかざすとワンドが現れます。それを「えいっ」と振りました。
すると空飛ぶ宝石が集まって美しい小舟になります。二人は驚いて、促されるままに乗り込みました。ちゃんと乗ったのを確認するとアクアがもう一回ワンドを振ります。
空中に浮かぶ小舟はゆっくりと動き始めました。
徐々に上昇していき、浮橋のあった方角を目指します。掴まりながら下を覗くとアクアが手を振っているのが見えました。二人もバイバイと手を振り返します。
静かに進んでいくと小舟は浮橋のあった場所まで来ました。本当に橋は消えています。
「なんだかワクワクするね」
「大丈夫なのかな」
これからどうなるのかと楽しそうなヨウと違い、コウは不安げでした。
ついに島の端っこを超えて。でも小舟は止まらず飛び続けます。浮橋のあった場所のちょうど真上をすいすいと進んで。次第に周囲を夢色の靄が包み始めました。
視界が不思議な靄でいっぱいになると思わず目を瞑ってしまいます。次の瞬間――。
「ん……わっ、見てコウ!」
先に目を開けたらしいヨウの声がして、コウも閉じていた目を開きました。
「凄い。空だ、空を飛んでる……」
気が付けば小舟は夕日色の空を飛んでいたのです。
馴染みのある場所や、通って来た道も、上から見るとまた違った風に見えました。初めて見る景色と言っていいでしょう。
小舟はアナグマお爺さんの家を過ぎ、川を越え、森の上を進んでコウの家まで空を泳いで行きます。
こうして見ると二人が冒険した距離はとても小さなものでした。でもいいのです。小舟から景色を眺めて心を躍らせる彼らにとって、今日見たもの感じたものはすべて代え難い宝物なのですから……。
なぜか先に出来上がってしまった外伝作品です。
本編は……いつの日か出したいかな。設定は作っているものの正直未定です。
この度は本作を読んで頂きありがとうございました!!