第1話 バッドエンド
あたしは未完成の時空転移装置を睨みつける。
研究室にはこの場から可及的速やかに逃げ出すように指示するアナウンスが鳴り響いていた。
おしまいだ。
もっと時間があれば、あたしはこの装置を完成させることができた。
あともう一日早く、ど腐れあんぽんたんどもの頭が破裂していれば大天才たるあたしに研究資金が巡ってきたはずなのにと悔やんでも悔やみきれない。
襲う順番を考えてほしかったよな。
アンゴルモアさんよ。
この時空転移装置を、完全体にしてあげられたなら。
あたしはこの世界を救えたはずなのに。
どうしてこう、うまくいかなかったのだろう。
「四方谷さん! 逃げましょう!」
助手の参宮があたしの右腕を引っ張った。
あたしはこの場から離れるつもりはないので「あんただけで逃げなさいよ」と参宮の張り裂けそうな腹を蹴り飛ばす。
「いでででで……」
腹はまずかったかもしれない。
右腕から手を離し、その場にうずくまってしまう参宮。
『口より先に暴力を振るうから誰も援助してくれないしデキる部下がついてきてくれないんですよ!』
と、以前この参宮から指摘されたが、あたしはこのスタイルを変えるつもりはない。
現に参宮はついてきてくれているじゃないか。
頭のてっぺんはハゲかかっているし腹回りはボテボテしているが、参宮はあたしの次に優秀だ。
かつてこの世にあったらしい有能な科学者を表彰する『ノーベルなんとか賞』を獲れていたかもしれない。
まあ、あたしの次に、だけど。
「おい」
あたしなりに反省して、参宮に右手を差し伸べる。
すると「ほら、逃げますよ!」と参宮はあたしの右手首を力強く掴んで、研究室の扉まで引っ張っていった。
痛がってるフリだったのかよ。
「あたしは逃げ! ない!」
「なら、これをよーく見てください!」
参宮はあたしから手を離し、白衣のポケットから携帯端末を取り出してその画面を見せてくる。
――見慣れた景色は、一変していた。
「あ」
昨年。
アンゴルモアは、銀河系の果てから単騎で上陸する。
当初は「たった一体の侵略者に我々人類が負けるはずがないだろうガッハッハ」と高笑いしていた各国の首脳だったが、アンゴルモアがそのコズミックパワーとやらで怪物たちを〝転移〟させてきたものだから笑えない。
異形の怪物たちはそのデカさとパワーでありとあらゆる建物を薙ぎ倒し、人類の偉業を踏み潰していく。
もちろん人類もやられっぱなしではない。
古今東西の兵器で怪物たちを地球上から排除しようとした。
しかし、……結果はこのザマである。
「早く逃げないと、ここもペシャンコのガラクタですよ!」
参宮が見せてきたのは今まさにオンエアされているニュース番組の映像だ。
この辺一帯の様子をドローンで撮影して中継している。
特大サイズのシャクトリムシのような怪物が、図書館に頭から突っ込んだ。
正門の付近にはイカの姿によく似た怪物が、その触手をうねらせて街路樹をむしり取っている。
シェルターへと逃げ込もうと駆け出す人々を追い回している人間サイズのネズミたち。
「そうね」
あたしは扉に背を向けて、未完成の時空転移装置の電源を入れる。
参宮が「まさか……」と息を呑んだ。
大天才のあたしは、アンゴルモアのコズミックパワーに着目する。
銀河系の果てから太陽系第三惑星のこの地球まで怪物たちを〝転移〟させてくる力。
この力が解明できれば!
怪物たちとアンゴルモアそのものを宇宙の端っこまで吹っ飛ばせる!
――そう。
あたしの研究は、人類を救うためのものだった。
「逃げよう。これを使って」
でもこの装置は未完成。
テニスボールぐらいの大きさのものを右側のボックスの中へセットして、真ん中のスイッチを押すと、左側のボックスの中に移動するっていうだけのオモチャ。
目標であるあの忌々しいビッグサイズな怪物たちを動かせるほどではない。
「これが未完成品なのは、四方谷さんが一番わかっているでしょう?」
だがしかし!
あたしは大天才なので!
参宮の見ていない間にいい感じに調整してやったのだ!
きっと。
いや、大天才のあたしに『きっと』という言葉はいらない。
必ずやこの装置は時空転移を成功させる。
「今から逃げて、シェルターまで間に合う?」
あたしは足の速さには自信がない。
大天才だけど、運動は苦手だから。
「……」
参宮もその体型であのネズミから逃げ切れるのかが疑問。
沈黙が答えだろうな。
そうだろうよ。
お互いその場で胴体に噛みつかれて終わり。
ちょっとだけ知能のあるメスのネズミは半殺しにしたあとに巣に持ち帰るらしい。
「あたしの理論は正しい!」
迷っていたらシャクトリムシの体当たりでこの建物がぶっ壊されるに違いない。
そうなれば死因が失血死ではなく圧死に変わる。
ちょっと前までは生き物を実験に使おうとするとなんやかんや言われてさあ!
んまあ、外の状況があんなだから、あたしに文句を言ってくるやつらは死んだだろうなあ!
ざまあみろってんだ。
ハハッ!
あたしに全投資しないからこうなるんだよ!
「四方谷さん」
「何?」
残念だよ。
ほんっとーに残念だよ。
「俺がスイッチを押します」
「参宮は乗らないのか?」
あたしは右側のボックスに乗り込んだ。
身を寄せ合えば参宮も乗れるだろうに。
スイッチは、ほら、遠隔で押そうとすればいくらでも方法はある。
生き死にが関わっている状況で男とくっつきたくないと言い出すような女ではないよ、あたしは。
「これで左側から四方谷さんが出てきたら笑い飛ばしてやりたいので」
「そうなったら笑っていいよ」
なんでこいつは最期にあたしを信じてくれないんだろうな。
もっと信じてくれや。
あたしが大天才なのを間近で見ているくせによ。
まあ。
あれだ。
ここまでついてきてくれてサンキュー。
今度会えたときには、この世界よりも素敵な
「……サヨナラ、ピースメーカー」
【20xx年 “正しい歴史”ではない世界で】




