表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

4話 聡明なマリエラ

 フルールの顔の傷は徐々に回復してきたが、口を開ける時にひきつるので、左手で口元を押さえるのが癖になってきた。

 以前は明るく屈託のない笑顔でよく笑っていたが、笑顔も少なくなり、部屋から時折聞こえていた楽しそうな歌も聞こえなくなった。

 外出することもなく家に籠りがちだ。


 フルールは顔の左側の頬から口元にかけての傷を隠すため、診療所に通う時は、フードの付いた服を着て、顔を隠すように出掛けていた。

 

 ジャンは食事の時に、フルールと顔を合わせると、自責の念に駆られているのか、眉間に皺を寄せ、辛そうな顔をしている。

 家の中はどんよりとした空気が流れているが、ジャンの仕事は順調で、近々大きな家に移る予定でいる。


 今年は大雨の影響で、数ヶ所の土砂崩れが起こり、橋や街道の整備が続いたため、大きな仕事が増えていた。


 家庭教師をつけることができたペテルの勉強は順調に進み、教師も専門学校の合格に太鼓判を押している。

 ジャンはフルールに従者をつける事を考えていた。

 フルールを孤独にさせないため、母親だけでなく、同年代の話し相手兼身の回りの世話をさせる者を探していた。


 先日の土砂崩れで両親を失ったという、11歳の女の子が宿屋で保護されていた。

 身元もハッキリしている。

 同じ男爵領の東に位置するソリスの町で商人をしていた両親とともに、ノクスの街の近くで土砂崩れに巻き込まれ、女の子だけが助かり、両親は亡くなってしまったらしい。

 ソリスの町に帰っても身寄りがなく、着の身着のまま一人で、泊まっていた宿屋に戻ったところを宿屋の女将が保護し、女の子の申し出もあり女将の手伝いをしていた。


 ジャンはたまたま宿屋の女将から女の子話を聞くと、フルールの従者を探しているので、女の子を家に引き取ることを申し出た。


 宿屋の女将が女の子本人に聞いて欲しいというので、ジャンは女の子に会うことにした。

「こんにちは。わたしはこの街の建設ギルドでギルド長をしているジャンといいます」

「私はソリスで商人をしていた家の娘でマリエラといいます」


 ジャンは両親を失ったばかりだというのに、利発で物怖じしない女の子を気に入った。

「マリエラさん。突然ですが、うちの娘のフルールの話相手と身の回りの世話をお願いしたいのだが、どうだろう?宿屋の手伝いの方が好きならば、無理にとは言わないが?」

「女将さんにお世話になっているので、すぐにはお返事できません。考えさせて下さい」

「ああ、もちろんだ。よく考えてくれてかまわない。貴女はとても聡明なお嬢さんだね。よい返事を待っているよ」

 と言って、ジャンは名刺に自身のサインを書いて、マリエラに渡した。

「これを建設ギルドの受付に渡してもらえれば、わたしに取り次いでくれるよ」

 マリエラは嬉しそうに名刺を両手で受け取った。

 マリエラは宿屋の女将さんにジャンが言ってくれたことを話した。

「マリエラは迷っているの?いいお話じゃないの。あなたはまだ子どもだし、ギルド長のところなら安心よ」

「でも女将さんには本当にお世話になって、恩返しも出来ないままでは···」

「まぁ。恩返ししてもらおうなんて思ってないわ。そうね。もう少し大きくなったら、一日私の買い物に付き合ってもらおうかな。フフフッ」

「ありがとうございます。女将さんには本当にお世話になりました」

 マリエラは涙ぐみ心から女将にお礼を言った。

「じゃあ決まりね。明日はギルドに行っておいで」

「はい」

 マリエラは女将さんの優しさに喜び、ご恩を忘れないように心に刻んだ。


 マリエラはジャンの言ってくれた言葉が嬉しかった。『聡明なお嬢さん』

 幼い頃から両親の元で商人の知恵を習い、日々勉強していたマリエラは、幼馴染みや近所の子どもに疎まれていた。

 背が高く細身で、頭の良いマリエラを男の子たちは敬遠していた。

 女の子なのにとか、可愛げがないとか、商人なのに頭が良くてもねとか、周りの大人たちも平気で陰口を言っていたのをマリエラは知っていた。


 ジャンに、初めて会った人に褒められて、今までの努力が認められたような気がした。

 両親もマリエラの努力を知っていつも褒めてくれていた。それが嬉しかった。誰になにを言われても気にしないようにしていた。


 大好きだった両親を急に亡くし、途方にくれていたマリエラに、暖かい食事とベットを差し出してくれた女将さんに心から感謝した。

「あなただけが助かったなんて思わずに、あなたを助けたご両親のことを決して忘れず、感謝できる日々を過ごしなさい」

 女将さんの言葉がなかったら、自分だけ助かったことに悲観し、絶望の日々を送っていただろう。

 マリエラは毎日寝る前には、必ず手を合わせ心のなかで両親に感謝の言葉をかけていた。

 今晩からは女将にも感謝の言葉をかけようと、マリエラは心に誓った。


 翌朝マリエラは、宿屋の前を掃き掃除し、花瓶に新しい花を生け、女将さんに挨拶をしてギルドに向かった。

 花瓶の中の真っ白なクレマチスの花は、朝露に濡れ、朝日に輝いていた。


 午前中の建設ギルドは仕事の依頼や請負人などが多く、騒然としていた。

 人波が落ち着くまでギルドの中にある掲示板などを読み、しばらく時間を過ごしていたが、受付の奥から一人の女性がやって来て声をかけてくれた。

「あなたは、マリエラさんかしら?」

 急に声をかけられて驚いたが、

「はい。マリエラです」

「お待ちしてましたわ。どうぞこちらへ」

「はい。ありがとうございます」

 マリエラは女性に案内されて、奥のギルド長の執務室に案内された。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ