2話 不慮の事故
前に並んでいた女の子は、苺味のアイスクリームを買い、フードで顔を隠し近くのベンチに座ると、上品に匙ですくい美味しそうに食べていた。
フードからたまに見える青い目は嬉しそうだった。
女の子を横目に、シオンはナッツがかかった、チョコレートアイスに夢中になり、ベンチが空くのが待ちきれず、立ったままアイスを頬張った。
甘くて冷たいアイスクリームはとても美味しかった。シオンの住んでいた田舎には、アイスクリームは売っていなかったので、いつか弟や妹にも食べさせてやりたいと思っていた。
お腹も満たされ、露店も一通り見たシオンは、パン屋に戻ろうと早足で向かっていた。
フードを被った女の子が雑貨の売ってある露店で、従者とリボンを選んでいた。声を聞くと従者は女性だった。
「フルール様にはこちらの色の方が」
「そうかしら?」
従者と女の子の会話を聞き、踊っていた女の子と同じ名前だと思い、シオンは近くで立ち止まってしまった。
女の子と不意に目が合い、気まずくなり咄嗟に会釈した。
綺麗な青い目だった。
ハンカチを口元に当てていた女の子は、フードを被り直した。
シオンはその場を立ち去った。
『綺麗な目をしているのに、どうして顔を隠すのかな?』と疑問に思ったが、パン屋の仕事に集中することにした。
♢
フルールの父は建設ギルドのギルド長だった。
父のジャンは先代からの仕事を引き継ぎ、自分の代で実績を上げ、ギルド長にまで出世していた。
ジャンの家は街道の整備や橋の建設などに携わる、古くから続く家系だった。
ジャンの代になり、ノクスの街以外の周辺の街でも仕事をすることになった為、ギルド長になり手腕を発揮することになった。
母のオリビアはジャンの幼馴染みで、彼女の実家が借金を抱えて困窮していたところを、ジャンが援助をした縁で結婚したようだった。
母は父に対して意見をすることはない。
兄のペテルは建築士を目指し、王都の専門学校で寮生活を送っている。
利発で思慮深いペテルは妹思いの優しい兄だった。
父のジャンは飲酒の量が多く、家族に暴力を振るうことはないが、暴言を吐くことがあった。
特に母オリビアには事あるごとに暴言を吐き、ペテルやフルールは幼い時から心を痛めていた。
特に機嫌が悪いと物を投げたりすることもあった。
フルールが8才の時に事故が起きた。
ジャンの投げた酒瓶が砕け、たまたま近くにいたフルールの顔に破片が刺さり、大量の出血と痛みで気を失ってしまった。
母のオリビアはフルールを抱え近くの診療所にかけ込んだ。
ペテルは冷静にお金を持ち母の後をついて行った。
父のジャンは酔いが深く、ふらふら歩きそのまま二階の寝室に行き朝まで寝ていた。
朝になりジャンが目覚め、リビングに降りたが家には誰もいなかった。
「おい、オリビア。オリビア返事をしろ!」
誰も答えることはなかった。
「ふんっ。役立たずがっ!」
近くにあった椅子を蹴飛ばし、台所に置いてあったグラスに水を入れ、一気に飲み干した。
ジャンは何事も無かったように仕事に出掛けた。
仕事が終わり家に帰ったジャンは、
「おい!誰かいないのか!」
怒鳴りながら、息子や娘の部屋に向かったが誰もいなかった。
リビングに戻り、
「はぁーっ。どうなってるんだ」
と言いながら、ウイスキーの瓶の蓋を開けた。
玄関から物音がしたので出てみると、息子のペテルが帰ったところだった。
「なんだおまえ。何処に行っていたんだ!」
ジャンの怒鳴り声に、ペテルは大きく溜め息をつき、
「診療所ですよ。覚えていないんですか?フルールに怪我をさせといて···?」
「何の事だ。何を言っているんだ」
ジャンは焦ってペテルに聞いた。
「丁度よかったです。父さんも診療所に行って下さい」
「どうして俺が?」
「行きたくないのならいいです。俺はフルールの着替えを取りに来ただけですから」
「ああ、···では一緒に行こう」
ペテルは不満げな父に辟易し、フルールの着替えを持ち、父と一緒に診療所に行くことにした。
フルールはまだ意識が戻らなかった。
精神的ショックも大きいのだろう。
高熱が出てうなされていた。
ジャンは診療所に着き、辺りを見回しながら、ペテルと娘の病室に向かった。
ジャンは娘の姿を見て、腰が抜けたように動けなくなった。
『どうした。何があったんだ』
気が動転して言葉も出なかった。
「父さんが投げた酒瓶の破片が、フルールの顔に刺さったんだ」
ペテルが冷静に言った。
「どうせ、覚えてないのでしょうね」
ペテルはジャンを睨み失笑していた。
「お、俺は···」
ジャンは全く記憶になかった。
ジャンをよそにペテルは、
「母さん、フルールの着替えです」
「ありがとう」
母は小さな声で答え、ジャンには何も言わなかった。
「父さん。明日も仕事でしょ。フルールには僕たちがいますので、帰って貰っても大丈夫ですよ」
ペテルは冷めた声でジャンに帰宅を促した。
「ああ···」
とだけ言い残し、ジャンは重い足を引き摺るように診療所を後にした。
ジャンは顔に包帯を巻いている娘の顔を、まともに見ることが出来ず、事実を受け止めることが、まだ出来ないでいた。