1話 少女の舞い
代表作品の『瑠璃色に輝く君に』もよろしくお願いします。
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少年は息を呑んだ。
優雅な弦楽器の音に誘われるように見ると、一人の少女が、見慣れぬ異国の衣裳を着て、手には柔らかそうな薄い布を持ち、降ってくる色とりどりの花びらとしなやかに舞っていた。
顔の下半分を隠すレースには、ビーズが縫い付けられてあり、動く度に太陽の光に照らされ、少女が動く度にキラキラと光っていた。
瞳は明るい青色、髪は淡褐色で頭の後ろの上の方で、一つに纏めてあり、さらさらと流れるように揺れている。
この世の者とは思えぬような風情を纏い、周りは時間が止まり、少女が舞う場所だけが動いているような錯覚に陥る。
少女が大きく一歩踏み出し、先程まで柔らかい音を奏でていた足首に付けた鈴が、大きな音を出した。
「シャン・・・シャン・シャン・シャン」
少年は鈴の音で我に返った。
「おい、見とれてないでさっさといくぞ」
「・・はいっ。親方」
親方も見とれてたのではと思いながら、シオンは両手に薪を抱え、親方の後を小走りについて行った。
薪を抱えたシオンの両手は、小さな傷が幾つもつき薄汚れていた。現実に戻ったシオンは小さく溜め息をつき、頭を切り替えることにした。
パラディス王国の北部にあるノクスの街の冬は雪深く、人の往き来が少なくなるため、春になると街の皆は浮かれ普段でもお祭り騒ぎのようだ。
今日は春を告げる『春咲きまつり』別名『クレマチス祭』が開催されていた。
ノクスの街は旅人が多く、クレマチスの花を宿屋に飾っていることもあり、旅人たちは「クレマチス祭」と呼ぶ者も多かった。
街人はクレマチスの花には妖精が宿ると、信じているため、大事に育てられている。
春咲きまつりは街の人たちにとって稼ぎ時で、お祭り騒ぎとともに、商人や宿屋なども賑わっていた。
シオンは12才で田舎の町から、ノクスの街のパン屋に出稼ぎに来ていた。
気性は荒いが、仕事は丁寧で面倒見の良い親方の元で修行が出来ることは嫌ではなかった。
いつか自分の店を持ち、田舎の両親と弟妹たちをノクスの街に呼び寄せるのが、彼の夢だった。
シオンは両手一杯の薪を抱え、小走りに親方の後をついていき、急いでパン焼き窯に薪をくべる。
パンの注文が急に増え、置いてあった薪だけでは足りなくなり、親方と慌てて薪を買いに行っていた。
「ああ、なんとか間に合ったな」
「すみません。俺がもっとしっかりしていたら、薪が無くなることは無かったです」
「まあ、仕方ないさ。今日は特別な日だからな」
親方はシオンの失敗を笑い飛ばし、真剣な顔でパンの成形に取り組んでいた。
シオンは少しでも親方の役に立とうと、注意深くパン窯の火を調整していた。
注文のパンが焼き上がり、息つく暇もなく今度は、お客にパンを売る。
お店に来たばかりのときはお金の計算が苦手だったが、徐々に慣れ、今ではお客と話も出来るようになった。
三ヶ月にしては上出来だと、親方に褒めて貰い、益々やる気が湧いてくる。
「お祭りの踊りは見たの?」
「は、はい。綺麗でした」
「まあ」
女将さんに聞かれ、シオンは照れながら答えた。
「ホントに綺麗だったわ。フルールちゃん上手かったわ」
「フルールさんですか?」
「あらそうね。シオンは知らなかったわね。建設ギルドのギルド長の娘さんよ。確か貴方より一つ年下よ」
「建設ギルドの・・」
女将さんは、踊っていた女の子の名前を教えてくれた。シオンは心のなかで名前を忘れないように繰り返していた。
女将さんはそれだけ言うと、焼きたてのパンを棚に並べに行った。
店内も春咲きまつりの話で盛り上がっている。
シオンはパンを買ってくれた、お客に丁寧にパンを包み手渡して、「ありがとうございました」と大きな声でお礼を言った。
少しお客が引いたところで、女将さんがエプロンのポケットの中にお金を入れてくれた。
「お祭りで何か買っておいで」
「えっ、あ、ありがとうございます」
シオンは大きく頭を下げ、女将さんにお礼を言って、お祭りを見に行くことにした。
食べ盛りのシオンは食べ物を買うことしか頭に無かった。パンの香りでお腹がいっぱいに感じるときもあるが、食べ物を口にした瞬間に、お腹が鳴り出す。
エプロンのポケットにそっと手を入れ、女将さんがくれたお金を確認してみた。
エプロンを取り、お金をズボンのポケットにしまうと、自然と笑みがこぼれた。
思った以上にお金が入っていた。
エプロンをハンガーに掛け、女将さんに声を掛けお店を出た。
街の広場の中心には舞台が設けられ、踊りや歌、楽器の演奏などが続いていた。
少女の踊りを皮切りに色々な催し物が始まったようだった。
舞台にはシオンの目を惹くようなものは無かったので、お店を見て回ることにした。
シオンは麺と一緒に肉と野菜を焼いたものと果実水を買い、広場の端にあったベンチに座り、麺をフォークですくい大きな口で頬張った。
肉はカリカリに焼けて香ばしく、野菜も歯応えが残り、柔らかい麺は甘辛いタレが絡んで、美味しかった。果実水を飲み、一息ついてまた頬張った。いくらでも食べられそうだった。
フォークについてあった紙で口を拭い、お菓子が食べたくなってお店を探しに行った。
目的のアイスクリーム屋さんに着くと、大きなフードを被った女の子が、従者を連れ、列に並んでいた。
彼女の後ろに並び順番を待った。