表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

指はきみの心を語る

そのひとの指は、ふわふわと羽のようにうごく。かろやかに、でも的確に、少し骨張ったすらりとした指が、ひとつひとつの言葉をつむぎ出してゆく。

 わたしの視線は指先に、そして指とともに柔らかく無音で開いたり閉じたりする唇に吸い寄せられている。

 

わたしは、彼の声を聞いたことがない。





きっかけは、一枚のハンカチだった。

「あの、落としましたよ」

 後ろから声を掛けても、そのまま早足気味に先を急ぐ彼を不思議にも思わず、わたしは拾ったハンカチを持った手と反対の手で、彼の肩を叩いた。

「これ、あなたのですよね」

 日差しに少し目をしかめながら振り向いた彼は、軽く目を見開くとニコリと微笑んで、わたしを片手で拝むようにしてからハンカチを受け取り、ジーンズの後ろポケットからスマホを取り出した。

 そのまま何度か画面をタップすると、クルリとわたしに向けられた画面には、ネコが両手を合わせてぺこりとお辞儀をしているスタンプと、

『ありがとうございます。ぼくは耳が聞こえないもので、画面で失礼します』

という文字が並んでいた。

「ああ、そうだったんですね。落としたところがちょうど見えたので…って、聞こえてないか」

 同じようにスマホにテキストを打ち込もうか一瞬迷っている間に、また素早く画面に触れて向けられた画面には、

『大丈夫です。人の唇を読んで、大体の会話は理解できます。拾っていただいて助かりました』

 受け取ったハンカチを丁寧にポケットにしまい、軽く会釈をして駅の方に立ち去る彼の後ろ姿を、その場に立ち止まってぼうっと見送ってしまったのは、彼がいわゆるイケメンだったからでも、耳が聞こえないということに驚いたからでもなく、スマホの上をするすると動く指が、わたしの心を思わない角度で撃ち抜いたからだと気づいたのは、人混みの中に彼の姿が消えてしまってからだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ