母の就職面接
以前に就職氷河期という時代がありまして……。景気が低迷して企業が業務縮小を進める中、仕事に就きたくても就けない状況になりました。新卒でも絶望的な中、その頃中高年の年代に足を踏み入れた私の母親は絶望的な状況でした。
それまで長い間事務員をしていたのですけれど、勤務していた会社も不況の波にあおられて、母は退職を余儀なくされました。ハローワークで職を求める順番待ちの長い列に並び、やっと職員の前に座った母は言いました。
母:お給料は安くてもガマンします。事務員の仕事をしたいです。
職員:事務の仕事は若くて色々な資格を持っている人が殺到しています。(資格も無く年齢もいっている)あなたは仕事が見つかるだけマシだと思ってください。事務員は無理です。
怖っっっ! 私だったらそんなこと言われたら心が折れてしまいます! ふだんは強気な母親もさすがに不安に思ったようで、私に電話をかけてきました。
母:事務の仕事は見つからんっち言われたっちゃ……。
ソウ:お母さん、これからの時代は資格が必要よ! 介護のお仕事は需要が伸びるから、介護の資格と取るのよ!
こうして母は介護士の資格を取得しました。そして介護施設の事務員の仕事に応募したのです。条件が良いお仕事だったので応募者が殺到して、入社テストがあるらしい。
ソウ:事務の仕事があって良かったね! 試験にパスして採用されるといいね!
母:それがね……。仕事でワープロを使うらしいの……。
ソウ:あらっ!? お母さん、パソコンは触れないからダメだね。それは残念! また別のお仕事を探さないと!
母:それがね……。アタシ、パソコンができますって言っちゃったの……。
ソウ:なんでまた!?
母:お仕事を探すのが辛くて……。あちこちで断られて凹んじゃって……(涙)。
気持ちはわかる! 私だって履歴書を束で買って、ことごとく不採用だった時期がありました! 断られ続けていると自分が価値のない人間に思えてきて心が折れそうになる。気持ちはわかるが、できないパソコンをできると言ってしまったのか!?
ソウ:お母さん、入社試験はいつ?
母:2週間後……。
ソウ:わかった! 2週間でパソコンが触れるようになろう! そしたらウソをついたことにならないから!
既存の仕事ですから、エクセルなどで入力する様式は完成しているはず。必要なのはワードやエクセルで文字入力をする能力のはず。文字入力だけなら2週間でなんとか……。
母:会社のパソコンはローマ字で入力するらしいの。アタシ、ローマ字を知らないの……。
ウソでしょ!? ローマ字が読めなかったら入力できないじゃん!? 今の日本でローマ字を知らない人間がいるとは! しかもそれが実の母親とは!!
ソウ:学校で習わなかった……?
母:お勉強は大キライ!
そうです。母は筋金入りの勉強嫌いです。勉強するくらいなら死んだほうがマシという人間。忘れていた……!
ソウ:教えることはできるけど、やる気はある?
母:あります! 仕事したいから勉強する!
そして母はローマ字をおぼえ、キーボードの位置をおぼえ、本当に2週間で文字入力ができるようになったのでした……! 人間、本気を出したら何でもできる!! 私は当時、遠隔地に住んでいたので教えるのは電話かfaxです。そんなんでよく理解できたな……!
入社試験が行われた日、私は母にお疲れ様を言うために電話をしました。本当によく頑張りました!
ソウ:お疲れ様でございました。いかがでしたか?
母:一般教養の筆記試験があったの……(涙)。
無理だ! 不採用だ! 母に一般教養なんてありません! あんなに頑張ったのにダメだったか……。
ソウ:それはそれは……。残念だったね……。
母:試験は五つの答えから選ぶヤツだったの。四角を鉛筆で塗るの。
ソウ:五択のマークシートね。それで?
母:会社の偉い方が試験官でね、テストの間じゅうそばにいたの。
ソウ:そうなの? それで?
母:その偉い男性がアタシの書いた答えを指差してね「これが答えだと思いますか?」そう訊いてきたの。
ソウ:たぶん間違ってたんだろうね。教えてくれようとしたんだ。
母:だから私は他のところを指差したの。そしたら偉い人の眉毛が吊り上がって怖い顔になって……。
ソウ:それも間違いだったんだ。
母:そうみたい。だからまた別のところを指さしたら、無言でうんうんってうなずいて……。
ソウ:正解を教えてくれたんだ!
母:それを最初から最後までやったの。入社試験って、そういうものなの?
んなわけあるかあああああああああ!!! 全部の答えを教えてもらったんかいっっっ!? 聞けばマークシートだけでなく筆記試験もあったそうですが、それも答えを教えてもらったらしい……。
そして母は幾人ものお若い方を相手に、見事採用を勝ち取ったのでした!!
後日その偉い方がおっしゃるには、若い方だと応用がきかなくて仕事がおぼえられないらしい。その点母は中高年ですから家事の段取りや一般常識を知っているので新たに教える必要もないし、高齢の利用者様との付き合いもスムーズに行くだろうと踏んでの採用だったらしい。実際に母は家事などはできますし、利用者様から気に入ってもらえて大成功の結果になりました!!
このカッ飛んだ入社試験を思い出したのは、昨日のことです。
昨日の私は家でまとめ買いしたタバコを前に、頭を抱えていました。ビンボーなのに喫煙者の私は、タバコをカートンでまとめ買いしたのです。そのタバコがいつもと違うタバコだった……!
JTに言いたい! タバコのパッケージがクソわかりにくいんじゃあああああ!! 数字は小さいしデザインは酷似してるしワザと間違えるようにデザインしてんのかっっっ!? 買うほうも売るほうも難儀しとるんじゃ! クソ高いタバコ売ってんだから利便性くらい考えろ!! 大迷惑じゃ!!
お店の方はちゃんと「これで間違いないですか?」そう確認してくれた。そして私も「そうです♪」と答えた。でもね、ソレと私が欲しいタバコの違いって、小さな紫色の〇の有無だけなんですよ! 後はまったくソックリ一緒! サイゼリヤの間違い探しゲームと同じくらい難しいんじゃ!!
そして間違えてしまったタバコを吸いながら、私はうすうす察していた事実に気づきました。私、タバコ嫌い(!!!)なんです。タバコのニオイが嫌い……。だから嫌いなタバコのニオイがごまかせるフレーバー入りのタバコしか吸えない。もう本当に禁煙しろよ!! 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ!!
このタバコを10箱も吸うのはムリ……。やはりいつもの銘柄でないと……。そう思った私はタバコのレシートを探します。レシートは捨ててしまったらしい……。仕方ない。ダメもとで交換できるかお店の人に頼んでみよう。
お店に行ってまず謝ります。
ソウ:すみません! お店の方はちゃんと間違いないか確認してくれたので、これは完全に私のミスです! 間違えた銘柄を買ってしましました! 交換をお願いできませんか!?
店員さん:レシートはお持ちですか?
ソウ:ごめんなさい! 捨ててしまったみたいで……。
店員:本当はレシートがないと交換できないんです。でも、お買い上げになったか日時を教えてもらえますか? 店の記録と日時が合致していたら、特別に交換して差し上げます。
店員さんは手早くキーボードを叩いて、画面を見ながら言います。どうやら日時が合致すれば交換してもらえるらしい。
ソウ:たしか……12日の午前中だったと思います……。
店員さんが無言で、フルフルと小さく首を振る。
ソウ:もしかして13日??
店員:(フルフル)
ソウ:14? 15? 16?
店員:(フルフル……)
ソウ:17?
店員さんがコックリとうなずいた!!
店員:時間は?
ソウ:午前中だったはずです!
店員:(フルフル)
そして結局、3時過ぎだと判明しました。午前中と言い張っていた私が途中から「明るかったのは確かです!」そう路線変更して時間帯を変えて言ったら、何度か言った後に当たった!! そうだった! この日は珍しく午後から買い物へ行った日だった! すっかり忘れてた!!
ってか日付も時間も間違ってた! 店員さんが無言で合図を送ってくれなかったら不正解だった!
優しい店員さんのおかげで日時が合致したので、めでたくタバコを交換してもらえました! ありがとうございます! 助かりました!!
ほっとしてタバコを抱えて帰っている途中に「そう言えば似たような話があったよなぁ……」唐突に母の入社試験を思い出しました。母も親切にしてもらっているけれど、私も親切にしてもらっているよなぁ……。この親切は忘れないようにして、いつか誰かにお返ししよう!!
こういう受けた恩を他の方へお返しするのを「恩送り」と呼ぶそうです♪ 素敵な言葉ですね!
あなた様にも恩送りの素敵な出来事がありますように! そしてタバコと無縁でありますように!




