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目垢がつく

あなた様は「目垢がつく」という言葉をご存じでしょうか? 私は知りませんでした。これは古美術や宝石を取り扱うプロの方々が言う言葉らしいです。骨董品や宝石が多くの人の目にさらされると、見慣れて感動しなくなる……結果、作品が売れなくなる……というニュアンスで使う言葉らしいです。ですから宝石商や骨董店の主は、目垢が付くのをイヤがって商品を見せたがらないらしい。


以前にデパートへ用があってフラフラ歩いていると、宝飾品のフロアを通りがかりました。平日でお客さんはおらず、店員さんも姿が見当たりません。私は綺麗な物が大好きなので「今がチャンス!」と宝石の並ぶショーケースをガン見していました。セール中らしく商品が半額になっています。真珠もダイヤもルビーも半額! これはお買い得! 私に買えるお品はないかしら? ……200万円が半額の100万円でも私には手が届きません。40万円が20万円でもムリ。せっかく半額なのに買えるお品なんて一つもない。でもせっかくだから綺麗な宝石を見ておこう!

夢中で眺めていると気づかないうちに男性の店員さんがそばへ来ていました。しまった! 気づかなかった!


男性店員:いらっしゃいませ。何かお探しですか?

ソウ:とても買えません。ww あんまり綺麗だから見せていただいていました。

店員:お客様は宝飾品に興味がおありですか?

ソウ:買えませんけれど大好きです! 見ているだけで心が綺麗になる気がして☆


どうもその店員さん、宝石オタクだったみたいです。同好の士を見つけたとばかり、それまでの取り澄ました顔が笑顔になりました。


店員:そうなのですよ! 宝石は見ているだけで気持ちが華やかになります! こちらのルビーなど……。

ソウ:カットも見事ですけれど、色が素晴らしいです! まさに鳩の血ですね!

店員:おぉ! ピジョン・ブラッド【鳩の血の色をしたルビーの最高級品】をご存じですか!?

ソウ:知ってるだけで、持ってないですよ~!

店員:他にご興味のある宝石は!? 何がお好きですか!?

ソウ:興味があるのは〇〇〇〇〇〇(なんか長い名前。長すぎて忘れた)という宝石です。量が少ない上に、地球で産出できる量は決まっているとか。もう少ししたら掘り尽くされると聞いています。もちろん一度も見たことはありません。本で読んだだけなので、色も知りません。

店員:なんということ! ちょうど今、その石があるのです! お見せしましょう!

ソウ:あわわ! 結構です! 買えませんから!


店員さんは厳しい顔になると、私だけに聞こえる小声で言いました。


店員:買っていただく必要はございません! 宝石の本当の価値を知っている方に、ぜひご覧に入れたいのです!

ソウ:…………買えないですけど、見たいです!

店員:買わなくていいですから、見てください!!

ソウ:それならお言葉に甘えて……。

店員:少々お待ちください。金庫から取って参ります。


なんと! その宝石、貴重すぎてショーケースに出してなかったのです! そんな貴重な宝石を一見さんの私に見せてくださるとは!!

店員さんは店の奥へ消えると、美しい紺色のベルベットの箱を持って足早に戻ってきました。宝石がすごいと、箱もすごいらしい……。


店員:ネックレスでございます……。

ソウ:うわぁ……!!!


箱を開けた瞬間から青や緑の光が溢れ出します。この世の嬉しいことや楽しいことを集めてギュッと押し固めてネックレスにしたような、見ているだけで楽しく華やかな気分になる!! 角度が変わるごとにミントみたいな緑になったり、ソーダ水みたいな青に変化します。 綺麗! そして美味しそう! こんな宝石、見たことない!!


ソウ:これだけの石をよく集められましたね……。色も大きさも見事に揃っていて……。凄いとしか言いようが……。

店員:ふふふふふ! 我が社の威信をかけて作らせた品です! おわかり頂けて光栄でございます!


いや、素人ですからわかんないです。でも素人にもわかる凄さなんです……。


ソウ:失礼ですが、買えもしないのにお値段を伺ってもよいですか?

店員:〇〇〇円でございます。ご安心ください。買っていただくつもりは毛頭ありませんので。ww


ものすごい金額でした。天文学的な数字でした。でももし私がそのお金を持っていたら、後の人生は水だけ飲んで生きてゆく覚悟で全財産を投げ打って買ったと思います。それほど見た者を魅了する輝きでした! 見ているだけで楽しくなる! そして欲しくなる!!


ソウ:眼福ご馳走さまでございました……。命の栄養になりました……。ため息しか出ません……。

店員:喜んでいただけて何よりでございます。 ただ、一つお客様にお願いが……。

ソウ:なんでしょうか?

店員:今回はお客様へ特別にお見せしましたが、目垢が付くといけないのでこの品をお見せすることはしておりません。今回のことはどうぞご内密に……。

ソウ:わかりました! 秘密にします!!


そういうワケでずっと秘密にしていましたけれど、もう時効だと思います。あの素敵なネックレスを買った方がいるのかなぁ~? うらやましいなぁ~!!


宝石業界や骨董品業界で「目垢がつく」という言葉を使われているらしいですが、芸術分野でこれと似たような(?)現象があります。その現象に何という名前が付いているのか、私は知りませんが……。


その現象は「デッサンで描いた食べ物はまずくなる現象」です。絵を描いたことのある方なら「あるある!」と言って頂けるのではないでしょうか?

リンゴやレモンは、デッサンでよく使われる題材です。手に入れやすいし、比較的安価なのでデッサンの練習に使いやすい。私が事務員として働いていた絵画塾でも、リンゴやレモンをよく題材にしてデッサンの練習をしていました。

描いた後のリンゴやレモンは不用になります。いらないんだから食べたらいいと思うでしょう? ところがコレがなぜかマズイんですよ! 味もしないし食べても美味しくない! 最初は偶然かと思って何度か試してみましたけれど、どれもマズイ。食べられないことはナイのですけれど、リンゴやレモンの味を期待して食べると、ガッカリした気分になる。当時はビンボー暮らしで大好きな果物なんて贅沢品は買えない生活をしていましたけれど、それでもデッサンで描かれた果物を食べようという気にはなれませんでした。


ある日、私はホクホク顔で仕事をしていました。お給料を頂いたので、普段は買えないリンゴを買ったのです! 甘酸っぱくてシャクシャクしたリンゴを食べるのは久ぶり! 仕事が終わったらおうちへ帰ってリンゴを食べよう! 私はウキウキしながらリンゴを絵画塾の冷蔵庫に入れて仕事をしていました。夜になって仕事が終わったので冷蔵庫を開けると、私のリンゴがない! 今日のお楽しみが行方不明になった! 私はあわてて階段を駆け上りました。そして生徒たちが絵を描いているアトリエに入ると、女子高生の机の上に私のリンゴが!!


ソウ:それ、私のリンゴ!

生徒:え!?

ソウ:それ、私がお給料で買った私のリンゴ!!


女子高生に半泣きで訴える私もどうかと思います。大人なんだから広い気持ちで描かせてあげればいいのに。でもすごく楽しみにしていたので大人げない反応をしてしまった。


ソウ:なんで描くのさ!? 描いたらマズくなるじゃん!

生徒:ごめんって! もう描いたから持って帰っていいよ!

ソウ:だから絵に描いちゃうとマズくなるじゃん! 美味しくないリンゴなんか食べたくない!

生徒:ソウさん、あのね………………、














女子高生は大人びたため息をつきつつ言いました。


生徒:大事な食べ物を、アトリエの冷蔵庫に入れちゃダメなんだよ……。

ソウ:冷蔵庫は食べ物を入れるところやあああああ!! 他に何を入れろっちゅうんじゃああ!!


そしてこの後、私と彼女は仲良くリンゴを半分ずつ食べながら「やっぱマズイね」「マズくなってるね」そう言い合ったのでした……(涙)。 


この現象の名前をご存じの方は、教えてください。

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