ウッカリ中国 6(帰国編)
お見合いの翌日。私はホテルのベッドで目がさめました。カーテンを開けるとスカっとした青空が見えます。中国の空は、日本より広い気がする……。晴れ渡った青空の下で、真っ白な建設中のホテルがそびえ立っています。ホテルのベランダ、優雅なデザインの真っ白な手すりのそばで、クーラーの室外機を設置している作業員の姿が見えました。作業員は室外機を置こうとしているのですが困ったようすです。どうやらベランダの奥行が足りなくて室外機を置けないらしい。アレコレ向きを変えても置けないようです。どうするんだろう?
作業員がホテルの部屋へ姿を消したかと思うと大きなチェーンソーを持ってきました。13日の金曜日のジェイソンが持っているようなヤツ。そして「これでいいのかな?」と首をひねりがら優雅な手すりをぶった斬りはじめた!! やめて! 迷うならやめて! 図面とか見てからにして! ぶった斬っちゃダメ!! 室外機は置けるようになるけど絶対に間違ってるから!! 後でめっちゃ怒られるから!
…………あああ……とうとうぶった斬ってしまった……。見なかったことにしよう……。私は静かにカーテンを閉めて荷造りを終えると部屋を出ました。
帰りは小さな空港から飛行機に乗って韓国のどこかへ降り立ちました。トラブルが起きたらしく着陸が遅れて、日本へ帰る飛行機の乗り換えに間に合わないかも……という事態になって空港内をひた走りました。なんとか間に合って無事に帰国! 関空から社長の運転で事務所へ向かいます。到着したのは深夜でした。
車を降りてA様を見送ります。あら? 初めて会った時のA様と雰囲気がちがう……。最初のA様はイケメンなのにオドオドした態度だったのに、今は自信に満ち溢れてる……。猫背だった背筋がピンと伸びてます。どこから見てもイケメンになってる……。
ソウ:……あの、A様?
A様:なんですか?
私を真っすぐ見てる……。最初は目を合わせることさえなかったのに……。
ソウ:なんだか雰囲気が変わりましたね……。すごく堂々として見えます。
A様:そうですか? ……もしそうなら嬉しいです。
ソウ:私が言うのもヘンですが……。彼女を……ファンさんを幸せにしてくださいね?
A様は初めて見るとびっきりの笑顔を浮かべました。
A様:はい!
おそらくファンさんと出会ったこと、ファンさんから結婚を受け入れられたことでA様は男性としての自信がついたのだと思います。日本人男性が気に入ったとしても、中国人女性が断る場合もあるらしい。でもファンさんは積極的にA様に話しかけていたし、一緒にいてすごく嬉しそうだった。誰かが自分を好きでいてくれるって、すごく自信が湧きます。A様はファンさんから自信を持たせてもらったのかもしれません。出発前とは見違えるほど堂々とした態度です。ほんとに別人みたい。
イケメンになったA様をお見送りしてやっと帰宅の途につきました。疲れた……。何も仕事はできてないけど慣れない旅で疲れた……。また明日から頑張るぞ~!
久しぶりのおうちのお布団は、優しく私を包んでくれました。
翌日も仕事です。私は軽自動車をトコトコ走らせて事務所へ出勤しました。
ソウ:出張お疲れ様でした。貴重な経験をさせて頂いてありがとうざいました! 今後ともどうぞよろしくお願いします。
深々と頭を下げた私に社長が言いました。
社長:そのことだけど。ソウさんはトライアルで採用されたのはご存じですよね。
ソウ:はい。試用期間の後で本採用になるとハローワークから聞いています。
社長:今回は試用期間で終わりにしたいと思います。
ソウ:は?
社長:試用期間にお互いのマッチングがうまくいくか見て、良ければ本採用です。残念ですがマッチングはうまくいかなかったと考えてください。
ソウ:え……?
顔を上げると社長は厳しい顔をしていました。私はショックで頭が真っ白になります。まだ仕事はできてないけど不採用になるほどヒドイ状態じゃなかったはず……。
ソウ:ちょっと待ってください! 私これから一生懸命に頑張りますから! すぐに仕事をおぼえて役に立つようになりますから!
社長:……中国でソン夫妻とも相談しました。ソン夫妻もソウさんの採用には反対しています。夫妻ともソウさんのことは好きだけど、一緒に仕事はできないという意見です。
ソウ:どうしてですか!?
笑顔のソンご夫妻の顔が浮かびます。抜け目のない妻さんだって一緒に笑って話せるようになったのに!!
ソウ:私、この仕事のために引っ越してきたんです! クビになったら困ります! お願いです! 仕事をさせてください! きっとお役に立ちますから!!
厳しい顔をしていた社長がなぜか泣きそうな顔になりました。
社長:ソウさんを雇うことはできません。なぜなら私たちはヒゴウホウの仕事をしているからです。
ソウ:ヒゴウホウ??
ヒゴウホウ……ひごうほう……非合法?? え? 非合法の仕事???
社長:私たちは良くない仕事をしています。ソウさんをこの道に引き込むのは良くないという結論になりました。ソウさんはこれからも太陽に向かって表の道を歩いてほしい。だから一緒に仕事をすることはできません。
非合法? 良くない仕事? 犯罪? 犯罪でお金稼いでいるの?
ソウ:私、犯罪でも頑張ります! 働かせてください!!
今なら絶対に言わないです! 速やかに逃げます。でもこの時は必死だった! 仕事がなくなったら生きてゆけない! どんな仕事でもする覚悟でした。
社長:だめです! 今日から2週間、有給休暇をあげます。その間に次の仕事を見つけてください!
就職したばかりですから、まだ有給休暇なんてありません。それなのに2週間もくださるらしい。社長の本気が伝わってきました。私はうなだれながら自分の荷物を整理します。就職したばかりですから荷物なんてほとんどありません。ものの5分で終わりました。
ソウ:お世話になりました……。
社長:申し訳ないが、どうぞわかってください。
トボトボとアパートへ帰ります。知らない土地でクビになってしまった……。これからどうしたらいいんだろう?
私は部屋で一人、不安に押しつぶされてシクシク泣きはじめました。
(続く)