ウッカリ中国へ行ってしまったお話 3(就職面接)
収穫を迎えた黄金色の麦畑を車は快調に進んでゆきます。地平線まで広がる豊穣の眺めは、金色の海のようです。「キレイです! 感動です! 連れてきてくださってありがとうございます!」私は感動して何度もお礼を言います。社長はシラけた顔で無視していますが、ソンさんご夫妻は「良かったねぇ~!」と一緒に喜んでくれる♪
2時間ほどワクワク顔で外を見ていましたけれど、ずうっと同じ眺めです。だんだん飽きて眠くなってきた。途中でガソリンスタンドに寄ったので、ソンさん夫と私はタバコを吸いに行った。
古びた建物の裏に直径5メートルくらいの穴が掘ってある。中は壊れたテレビや冷蔵庫、紙くずやプラゴミが捨ててあります。その穴のまわりで数人がタバコを吸っている。灰皿はどこだろう?
ソウ:ソンさん、灰皿はどこですか?
ソン:この穴が灰皿ですよ♪
デカイ灰皿やな~! そしてアバウトやな~! ゴミで穴がいっぱいになったら埋めるらしい。ワイルドなゴミ処理方法やな~!
また車に乗って出発です。1時間たっても2時間たっても麦畑しか見えない。ウトウト眠って目覚めても同じ眺めです。中国、広いな……。
やっと街についたのは夕方でした。日が沈んで暮れ始めた町にビルのネオンが光っています。
ソウ:ここは、どこですか?
ソン夫:ここはですね……。
社長:〇不△✖言◇!
社長が中国語で言った。中国語はサッパリわかりませんけれどニュアンスでわかります。「地名を言うな!」って言ったはず。その証拠にソンさんは口を閉じました。ここはどこ?? お客様のAさんも不安そうです。昼間はあったかい場所で麦畑を見ていたのに今はめっちゃ寒い! そして中国人に混じって金髪碧眼の人がチラホラ歩いています。さらに建物が洋風建築。なんとなくロシアな感じがする……。中国とロシアの国境近くだろうか??
日本の都会と違って街の明かりは少ないです。必要最低限の明かりしかない。その中でひときわ明るい建物がありました。今夜のホテルです。名前はたしかフェニックス・ホテルだったかな? 近辺で一番豪華なホテルだと社長が自慢そうに言っていました。まわりは低い建物ばかりなのにホテルだけニョキっと飛び出ている。車を降りてホテルに入ると…………、
ホテルの床一面がビショビショに濡れていました。いったい何があったんだ!? 制服を着たホテルのスタッフが数人、かったるそうにバスタオルで床を拭いています。どうやら水漏れがあったらしい。めっちゃ広いフロアがビショビショなのに、バスタオルで間に合いますか??
水たまりをよけながらフロントへ進みチェックインを済ませます。とは言うものの私はぜんぜん役に立たない。社長やソンさんが受付をする横でボーッと立ってるだけです。
部屋に荷物を置いたら夕食です♪ なぜか男性陣はいなくてソン妻さんと二人きりでした。今思えば私の身元調査のためだったと思います。ソン妻さんから色々と訊かれた。私は何も考えずに離婚したことや新しいお仕事が見つかって嬉しいこと、海外出張は初めてなので喜んでいるなど訊かれるままに答えました。食事は中華料理のバイキングです! 美味しい! 辛い料理はニガテなのでビビっていましたけれど、ぜんぜん辛くない! シンプルな青菜の炒め物やエビチリ、おこわみたいなご飯も美味しい♪ サラダの野菜はちゃんと洗ってないみたいだし、炒め物もたまに砂がジャリっというけど、そういうのは気にならないタイプなので美味しいです♪ クッキーみたいなお菓子や甘いお餅もあって大満足! 連れてきてもらって嬉しいです! ありがとうございます!
私の身の上話をするうちに、ソン妻さんの話も聞きました。妻さんは中国から出稼ぎで日本へ行って、主に肉体労働をしていたらしい。働きながら日本語を勉強して肉体労働から中華料理のお店の店員になり、さらに日本語に磨きをかけた。そしてソンさんと結婚して夫婦で事業を始めようとした時に社長と出会い、中国の女性を日本人に紹介する結婚相談所の仕事をするようになった。中国で若い女性たちを集めたり、結婚が決まった女性に日本語や日本の生活習慣を教えているらしい。たとえば脱いだクツをそろえる習慣は中国にないそうです。自販機の使い方を知らない人も多いらしい。そういう日本の当たり前を教えるのも大事なお仕事。
ソン夫さんはニコニコ優しい雰囲気でしたが、妻さんは抜け目のない感じです。おそらく妻さんが主導権を握っていてお仕事をしているのでしょう。
ソウ:妻さんと夫さんのおかげで、日本人男性が中国の女性と結婚できるんですね! 立派なお仕事ですね!
妻さん:立派?? この仕事を立派とアナタは思いますか? なぜ?
ソウ:皆さんがいなかったら出会えなかった二人が国境を越えて結婚できるのでしょう? とても立派なお仕事だと思います。私もこの仕事に就くことができて嬉しいです♪
妻さん:……アナタは中国人をどう思ってる?
ソウ:中国のお友達はいないのでよくわかりませんけれど、ソンさんご夫妻とお近づきになれて嬉しいです♪ これから中国のことを勉強したいです♪
妻さん:アナタは変わってますね。私が日本にいた頃、日本人は私が中国人だとバカにした。
ソウ:バカにする人がバカなんですよ! ソンさんたちは立派なお仕事をしています!
妻さん:日本でバカにされたけど、稼いだお金で中国で会社を作って金持ちになった! 周りの人間は私を偉い人として扱う。私は日本で辛い目にあったけど実績を残すことができた!
ソウ:そうですよ! 私もソンさんを尊敬します!
妻さん:日本人から尊敬されたのは初めてだ。アナタはおかしな人だ。ww
まさか面接されているとは夢にも思わず、楽しい一時を過ごしました。妻さんと別れて自分の部屋へ帰ります。エレベーターを降りると机があって、制服姿の若い女性スタッフが友達らしきTシャツ&短パンの男の子と雑談している。いつ通っても制服を着た女性がいたので、おそらく24時間体制で各階に配置されているのでしょう。セコムの代わりに各階に人を置いてる。 中国すごいな……。そして気軽に遊びにくる男の子もすごいな……。
近隣で一番豪華なホテルとあって部屋も豪華です。広い部屋に大きなベッド、壁には洒落た洋画がかかっています。広々とした浴室はなぜかガラス張りです。一人だからいいけど丸見えだよ。ww
ドアからシャワーまで3メートルほどあります。広いな! それなのに浴槽はありません。シャワーだけ。中国の人はお風呂に入らないのかな?? ほんとは浴槽でお湯につかってゆっくりしたかったけどナイなら仕方ないか。
お洋服を脱いでシャワーのコックをひねります。冷たい水が勢いよく出てきた。水は床へ流れ落ちてあっという間に水たまりを作ります。水たまりはどんどん広がってひろがって、ひろがって……。早く排水口まで流れろよ! 床がビチョビチョやぞ! することもないので水の流れを見ていて気付きました。シャワーから3メートル離れた排水口まで床が水平になっている。傾斜がついてないから排水口まで水が流れないんだ……。部屋もお風呂もすごくお洒落だけど、設計したヤツはバカなのか?
水は床へどんどん溜まるのに冷たいままです。寒いんですけど……。
5分ほど待っていましたが、お湯が出る気配はない。私はプンプンしながら水たまりの中をバシャバシャ歩いて外へ出て服を着ました。部屋の外に出ると制服女子とTシャツ男子が、あいかわらず楽しそうに話しています。私は中国語が話せないので笑顔で女子の手を取って部屋へ引っ張ってゆきました。 シャワーの水を出して「冷たいの。あったかいお湯が出ないの」日本語で女子に訴える。女子はすぐわかったようで、コックをひねって水の勢いを強くしました。ニコニコしながら中国語で言います。たぶん「このまま待ってたらお湯になります」と言ったんだと思う。ニコニコしながらその場を離れようとしたので、私もニコニコしながら彼女の手を握ります。
ソウ:お湯が出るまで一緒に待ってて♪
もしお湯が出なくて彼女が持ち場を離れたら困ってしまう。お湯が出るまで彼女は逃がさん!
二人でニコニコしながら手をつないで水が出るのを見ます。数分するとお湯が出た! ありがとう! やっとシャワーが使えるよ! 私は彼女にお礼を言ってシャワーをあびました。
ふう。なんとか無事に一日が終わった! 私は満足のため息をついて豪華なベッドに入ります。広いしフカフカ♪
ちょうどその頃、社長とソンさんご夫妻が三人で難しい顔で話し合っているとは夢にも思わず、私は眠りに落ちたのでした……。
(続く)