第一話 死と眠り
初投稿。更新スピードも遅いですが、読んでいただけると嬉しいです。
......ここは、どこだ?
俺は、見渡す限り暗くジメジメとした空間の続く世界に立っていた。
痛む頭を掻きながら、記憶の断片を辿る。確か、任務遂行の報告は既に済ませており、仕事中ではないはずだ。
......とすると、夢か?
だが、夢というにはあまりにもリアルだ。掻いている頭に走る痒みも、地面のブヨブヨとした感触も......ブヨブヨ?
思考がそこに至った瞬間、考えるより先に体が動き、その場から飛び退くが、飛び退いた先にも同じ感触が。
「何で地面がブヨブヨしてるんだよ......。」
思わず本音が漏れたが、それに呼応する音は全くない。
とりあえず現状の整理からだ、と俺は思考を巡らせるが、何をどう考えても真っ暗で地面がブヨブヨの世界に覚えなどない。
(何が起きた?んー......周囲に外敵なし、か。ま、なんとかなるだろ。)
訳の分からない物事に巻き込まれたというのに、俺の思考は意外と呑気だった。それもそのはず、生来の巻き込まれ体質である俺にとって、よく分からない状況に陥ることはそれほど珍しいことではなかったからだ。もっとも、今回のように視界も記憶も全てが分からないことは初めてではあったが。
「......とりあえず、周りを探索することから始めるか。」
考えがまとまった俺は、苦笑を溢すと、身を翻して歩き始めた。
♢♢♢
あれから何時間経っただろうか。目の前には相変わらずモノクロで味気ない世界が広がっている。
いくら歩いても景色が全く変わらないことで若干苛立っていたが、徐々に記憶を取り戻したことで、思考にある程度の余裕を残していた。
どうやら、俺は眠りにつく直前になぜかは分からないが意識を失い、気づいたらこの世界にたどり着いていたらしい。眠る直前だったためか、いつも携帯している愛用の銃も手元になく、あるのは念のためにいつも懐に入れている短剣、ゲーム風に言うのであればダガーのみだった。これが本当の懐刀か、と下らない思考の渦に飲み込まれそうになったが、一瞬であることに気づいた。
後方から強烈な気配を感じる。自身に対する悪意は感じなかったが、確実に強者の気配だ。やってやれない相手ではないだろうが、下手を打てばこちらが死ぬ。最大限の警戒を保ったまま、俺は口を開いた。
「目的は何だ?」
ユラリ、と気配が揺れる。少し動揺しているのだろうか。
「......フフ。そこを最初に聞くとは、不思議な方ですね。」
「......そうか?」
警戒を保ったまま声に答える。重苦しい気配とは裏腹に、快活な青年のような声だ。
「そうでしょう。普通、『お前は誰だ?』とか、『ここはどこだ?』が先に来るでしょうに。」
「......生憎と、そんなことはどうでもいい。俺はただ元の世界に戻りたいだけでね。」
「それがなぜ、私の目的の話になるのでしょうか?」
「......俺が突然ここに来た理由に、この世界で唯一存在するお前が関係ないわけがないだろう?」
ユラリ。また気配が揺れる。
「......ただこの世界に住んでいるだけの善良な村人かもしれませんよ?」
「もしそうなら、ご丁寧に気配を消そうとしないだろうが。」
気配がまた、揺れる。
やはり、声の主は動揺しているようだ。おそらく、こいつの認識と本当の俺の察知能力にズレがあったのだろう。ただ、その機を逃す俺ではない。
「で、結局その用は何だ?」
間髪を入れず問う。こういう駆け引きは、引かないことが重要なのだ。少しでも引いてしまえば、その隙を突かれて痛い目を見ることになる。声の主には悪いが、俺がそうならないためだ、割りを食ってもらおう。
「その質問に答えるのは難しいですね。そもそも私はあなたを迎えに遣わされただけなので、私から事情を伝えることは出来ません。」
.........はぁ?
予想外の答えに、俺は落胆した。これでは全く物事が進まないじゃないか。
「...ハァ。本当か?」
「本当ですとも。」
その答えに嘘はなさそうだった。何で分かるかって?長年殺し屋をやってたんだ、分からなきゃ困るだろう。
「まあいい。じゃあ、何者かだけでも教えてくれないか?」
何も情報がないのでは、動きようがない。せめて目の前の気配が何者のそれであるかぐらいは分かっておきたいのだ。
それに、こいつはさっき、「自分を迎えに来た」と言った。それなら、こいつには依頼人か上司、それに準ずる何かがバックについてるはずだ。そいつを見極めねば。
「分かりました。...ただ、私の言葉一つで信じていただけるなどとは思いませんので、姿を見せることにします。どうか驚かないでくださいね。」
ヤツがそう言った次の瞬間、気配が近づき、青年が姿を現した。輝くような金髪に、それとは対照的な黒装束を身に纏い、およそ変装やコスプレの類いとは思えない、見事な漆黒の翼を背につけている。
「お初にお目にかかります、神川颯介殿。我が名はタナトス。死神でございます。」
「...おい、マジかよ。」
姿を現したタナトスに対し、俺はひきつった笑みを浮かべることしか出来なかった。
♢♢♢
眩しい光が私に降り注ぐ。朝だ。そう分かっているのに起きられないのは私だけなのだろうか。いや、そんなことないよな。そんなことないよなぁ!?
馬鹿なことを考えながらも、なんとか体を起こす。
「う゛っ。...はぁ。」
何を隠そう、私は低血圧なのだ。朝は頭痛に襲われてしまうので辛い。若干涙目になりながらも、階段を降りて下へ向かう。
「ふぁ~あ、おはようございま...」
あれ?颯介さんがいない。いつもならとっくに起きて朝食を済ませ、コーヒー片手に新聞を読んでいる頃合いなのに。
「まさか、寝坊?」
そんなの、この三年間で一度もない。あの完璧でスマートな颯介さんに限って、そんなことあるはずがないのだ。
「まあ、でも...」
この状況からして寝坊だろう。どれ、起こしに行ってやりますか。
颯介さんの部屋は3階で、私の部屋のちょうど真上だ。悪戯のつもりで私の部屋から颯介さんの部屋の床をつついてみるが、反応はない。
「これ、ホントに寝てるの?」
おっかしいなぁ。そう思いながら、颯介さんの部屋のドアを開ける。
「おはよーございま...」
窓が、開いていた。
ビュービューと風が激しく吹き荒れる窓の側のベッドには誰も寝ていない。
「朝から任務なのかな?」
そう思ってスマートフォンを確認するも、連絡はない。
おかしい。絶対におかしい。
「...とりあえず、連絡するか。」
仕方がないので、颯介さんのスマートフォンにメッセージアプリで連絡を入れる。5分、10分。返信はない。
「電話、しよう。」
一抹の不安を感じながら、私は颯介さんに着信を入れる。
その直後だった。
ブーッ、ブーッ、ブーッ。
小さなスマホのバイブ音が部屋の中から聞こえてきた。
まさか、そんな。
私はベッドの横の棚の一番下の引き出しを開ける。寝る時に、颯介さんはスマホをここにある金庫にしまうのだ。
引き出しが開く。
間違いない。スマホは、この中だ。
あの人は、颯介さんは、連絡手段を何よりも大切にする。私たち殺し屋にとって、報連相は仕事の柱だからだ。
任務でも、置いていくはずがない。
「ウソ...。」
嘘だ、これじゃまるで行方不明じゃない。
そんなわけない。彼が、行方不明になるなんて。
そんな、そんな...
次の瞬間、私は強烈な眠気に襲われ、意識を手放した────。
♢♢♢
「首尾はよいか。」
私は傍らの男に尋ねた。男は煌めく銀髪に白一色の装束、そして背中から白い翼を生やしている。
「...はい。神川颯介に関する記憶を持つものはもう一人しか残っておりませんし、もう眠らせております。」
「というと、最も神川颯介に近しいというあの女か。」
「はい。」
眠そうに目を擦りながら男が答える。
「ならよい。それより、それが終わったならばすぐ、タナトスに連絡を取れ。」
「ふぁ...はい。」
側の男が手を床にかざすと、そこから一人の女が出てきた。小柄で一見力はなさそうだが、間違いない、強者のようだ。
それにしても、全く、この側の男はいつも眠そうで、話を聞いているのかいないのか分からんな。それより、神川颯介に与える加護や能力について決めなければ...。
などと私が思案に暮れていると、男がいきなり叫んだ。
「な!?」
「...どうしたのだ?」
「この女の記憶...消せない!?」
「何!?」
そんなはずがない。我らの忘却術が人間に効かぬはずが...まさか!
「どけ!」
私はすぐさま女の記憶に接触を試みる。しかし、普段なら明瞭に分かる記憶が、モザイクがかかったようにぼやけたようにしか確認できない。
これは...やはりか。
「...伝言の内容と、相手を変更だ。」
「と、言いますと?」
「...これは二人目の『渡る者』だ。」
「何...ですと...?」
『渡る者』が二人存在する...。あまりにも非現実的だが間違いなくこれは事実。されど、これは我々にとってむしろ好都合。『渡る者』が二人いるとなれば、行動範囲は大いに広がるだろう。
しかし、まだ一人目の神川颯介を受け入れる準備も出来ておらん...。どうすべきか...。
「...あの兄に頼るのは癪だが、仕方あるまい。」
「...陛下、どうなされますか?」
「急ぎ冥王に使いを。二人目の『渡る者』を見つけた。眠らせたまま迎え入れるようにと伝えろ。...かの者の眠りを醒ます時期は、こちらで決定するともな。」
「...はっ!」
そう言うと、私の前に跪いていた眠りの神・ヒュプノスは瞬く間に姿を消した。
「...二人の『渡る者』、しかも元から親しいとはな。......どうやら、運命は我らに味方したようだ。」
私は安堵の笑みを浮かべ、妻たちが待つ私の宮殿へと戻った。