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悪役令嬢を婚約破棄させるお仕事にご興味はございませんか?

 学園の卒業祭。誰かの誕生パーティ。国をあげての夜会。

 そして、王子とその婚約者。


 そんな時に起こる事など、相場が決まっている。


「フェリシア、貴様との婚約を破棄する!」


 ほぅらね?


 周りにいる貴族たちは騒然。一体何が起こったのかと、王子とフェリシアの方に目を向ける。


「貴様の悪行は全て私の知るところである! 今この場にて断罪してくれるわ!」


「殿下! (わたくし)には何の事か……!」


「言い訳など聞きとうないわ!」


 こうなった時、糾弾されている女性の言い分が聞き入れられる事はない。そして、多くの場合、傷害や迫害の罪を問われる事になるのだ。


「貴様が行った、アマンダ・カーライルへの嫌がらせ行為、および暴行傷害は目に余る。その咎をもち、貴様を追放処分とする!」


 ね? ねぇ?


 驚くほどのテンプレ。聞き飽きたほどの言動。

 そして呆れるほどの馬鹿馬鹿しさである。


 アマンダ・カーライルは、労働階級の出身ながらその優秀さを評価されて学園への入学を許可された生徒である。

 その出自と成績から、学内でもよく目立つ生徒だった。多くの嫌がされ行為に悩まされ、教師陣からは腫れ物のように扱われる。しかし、彼女を気にかけている生徒も確かにいたのだ。

 それこそが、この場でフェリシア嬢を糾弾している王子である。

 正義感の強い彼はアマンダを放っておけず、学内にいる間はほとんどその隣に立つようになった。嫌がらせは目に見えて少なくなり、多くはないが友人もできる。

 しかし、それを面白く思わない人間もいた。王子の婚約者、フェリシア・クレイトン侯爵令嬢である。


 彼女は事あるごとに王子とアマンダに強く当たり、それが思う通りにならないとわかれば他の生徒まで使って嫌がらせ行為を働いた。陰口は毎日のようであり、所持品を隠したり汚したりといった事も少なくない。しかし、それで王子の関心を買う事はできなかった。

 そして、ついに嫉妬に狂ったフェリシアは暴力に訴える。取り巻きに指示して、アマンダを階段から突き落としたというのだ。

 王子はそれに怒り心頭。とうとう今回の騒ぎへと発展したのだった。


「いつか心を入れ替えると信じていたのが愚かであった。初めからこうするべきだったのだ!」


「お待ちください! これではあまりに一方的ですわ!」


「アマンダは貴様の一方的な嫉妬心に傷付けられたのだ! この細く小さな体で、侯爵令嬢などという大きな力に怯えていた……この私が知らぬとでも思ったのか!」


 王子が、アマンダに気がある事は明白だった。学園中の誰もが知る事実である。

 小柄で、華奢で、それでいて胸は相応に主張する体格。鼻は少し低いが、それだけに愛嬌のある顔立ちだとよく言われた。愛らしく、保護欲を掻き立てる少女である。

 まあ、私の事なんですけどね。


「わ、私の参考書を……水浸しにしたのも、鉛筆が折られていたのも、く、クレイトンさんがやった事なんでしょ!?」


 怯えているような声音で話す。震えて、途切れ途切れで。

 これほど簡単な演技にだまされるのだから、恋とは恐ろしい病である。


「なんと!? そんな事まで!」


 いや、なかったけど。


 騒ぎは最高潮。周りの貴族たちの中に、もはや私たちを見ていない人間は一人もいない。事態は今夜中に国中が知るところとなるだろう。

 そして、煮詰まった現状を展開させる仕込みも既に用意してある。


「あ、あの!」


「む? なんだ一体?」


 声を上げたのは、金髪を後ろで束ねた少女だった。学園にも通っていた学友だ。確かハミルトン男爵令嬢である。


「鉛筆の事なんですけど……多分折っちゃったのは私です……」


「はぁ!?」


「うっかり足を滑らせて……カーライルさんの机に置いてある筆箱を落としてしまったんです……多分その時に……」


 いや折れてないけど。


「すみません、教科書が水に濡れてたのは俺です……」


「な、なに!?」


 次に声を上げたのは、やはり同じ学園に通っているコーンウェル子爵家嫡男、エドワード・コーンウェルである。


「俺、教室で魔法の練習してて……ホントは禁止されているですけれど、どうしても苦手だったので練習したくて……失敗して教室を水浸しにしてしまった事があるんです……だからその時……」


 いや濡れてなかったけど。


「し、しかし! 階段から落としたのはどうだ!? これは言い逃れできまい!」


「そうよ! 先週の初めの日だわ!」


(わたくし)、その日はお父様の公務のお手伝いをしておりました。学園へは来ておりません……」


 知ってた。

 全て、分かった上でやっていた。わざと拙い言いがかりをつけ、証拠もないのに捲し立てる。今回は学友が指摘してくれたが、しなければ仕込んでおいた人員が同じような証言をする手筈になっている。


「殿下、これはどういう事でしょうか? 説明して下さる?」


 御令嬢、御立腹。私はどちらかというと、こちらの方が気が合いそうだ。世間知らずの甘やかされ坊ちゃんの機嫌取りはいつやってもイライラする。


「お、お前はいつも口うるさくアマンダに文句を言っていただろう!? だから、てっきり……」


「まあ! 婚約者のいる身で他の女性と親しくする殿下に口を添えていたのですわ! カーライルさんは市井の出身なのだから、貴族の作法が分からなくても当然ではありませんこと? 親しくしようというのなら、本来殿下がすべき事ですわ!」


 いいぞ〜、もっと言ってやれ〜。


「く、口の利き方に気を付けろよ!? 俺は王子だぞ!」


「——然り。飛び切りに愚かな我が息子よ」


 騒ぎが、鎮まる。

 怒りに震えるフェリシアは深く頭を下げ、騒ぎ立てていた王子ですら事態の重さをはっきりと理解している。

 現王、エマニュエル・ガーランドである。


「愚かで度し難き息子よ、これはなんだ?」


「わ、私はただ……」


「おぉ、言葉は慎重に選ぶがよい。そなたの沙汰に関わる。そなた風に言えば、そうさな……『口の利き方には気を付けろよ』?」


「っ……」


 今にも泣きそうな顔で、王子は何も言えなくなってしまった。

 王も人が悪い。沙汰なんて既に決まっているというのに。


 ◆


 結局、その場に集まっていた貴族からの聞き取り調査によって、王子の蛮行は誰もが知るところとなった。色恋にうつつを抜かし、自らの役目もまともに済ませられないばかりか、王の許可もなく婚約者を罪人に仕立てようとした王子は、罪人として城の牢獄で終身する事が決定した。

 フェリシア・クレイトン侯爵令嬢には正式な謝罪と、第二王子との婚約が発表された。二人の仲は良好であり、もう同じような事にはならないだろう。

 そして、事の発端とも言えるアマンダ・カーライルは……


「報酬は前もって知らせていた方法で。説明していたように、この事は他言無用でお願いします」


「他言などできようものか。知られれば王家の恥となる」


「ええ、そうでしょうね」


 場所は、王の寝室。王妃も交えての事とはいえ、本来あってはならない謁見の形である。知られてはならない取引が知られないために取られた措置である。


「我が子ながら、あれはあまりに愚かであった。唯一の救いは、弟がああはならなかった事だろう」


「貴方、もうそれ以上言うのはお辞めになって……」


「ああ……そうだな……」


 次期国王であると祭り上げられ、誰もが甘やかして育った男がアレだ。何よりも困るのが、あんなのでも第一王子なのでそうそう廃嫡とはいかないのだ。家臣の中にはあんなのの方がいい者もいる。王が愚かである方が利益を得られる者どもである。愚かな王の定めとして、まんまと傀儡(かいらい)にされていた事だろう。

 そして、放逐というわけにもいかない。もし仮に名を捨てさせる事ができたとしても、あの愚かさと無意味なプライドの高さである。市井にあっては、まず三日と保たず男娼に堕ちる。

 愚かで、哀れで、それでも愛おしい我が子に対し、そのような仕打ちはできなかったのだ。王は厳しく、そして慈悲深かった。

 どうしようもなく、罪人として城内に幽閉する手を取ったのだ。飼い殺す事にはなるが、生きているのであればそれ以上に喜ばしいものはない。


 そのために雇われたのが私である。


「そなたには感謝する。国中を探そうとも、今回の事態に疑問を持つ輩はいないだろう」


「仕事は正確に、丁寧に、冷静に。私のモットーです。それより、この事を何かの文章に残してはいませんね? もしあったなら処分しなくてはならない」


「ああ。手紙はおろか、覚え書すら存在しない」


「では結構。私は名前を変えますので、もう二度と接触はできません。この顔も本当のものではありませんし」


「本当に驚きだ……罪を作る女がいるという噂は知っておったが、それがまさかこんな少女であったとは……」


 王は目を丸くする。胸に目が泳いでるの気付いてるからな? 隣の王妃も気が付いてるよ。


 華奢で、小柄で、その上胸がある。

 私の仕事をする上で、これ以上やり易い容姿はない。顔は変えているが、骨格までは変わらないからだ。しかし、王はどうやら勘違いをしているようだった。


「婚約破棄を依頼されたのは、今回が五度目です」


「は?」


「今、少女と仰いましたが、私は五度の長期任務に就いています」


 婚約破棄。

 今回の仕事は、長く時間がかかった。

 王子の素行を調べ、計画を立て、仕込みもしなくてはならない。学園への潜入までにも、二年の歳月をかけた。その上で王子に近づき、親密になり、恋に落とさせ、ありもしない嫌がらせ行為をあったかのように演出する。しかも、それは婚約者の令嬢がしたものではないという証拠がなくてはならないのだ。さらには、王子にはその事を知られてはならない。

 計画全体で、約四年。これは、特別に長いものではなかった。


「五回……? 四年を……五回?」


「はい。その上で、他の任務もこなしてきました」


「え? ええ?? そ、そなたは一体……」


「貴方、女性に年齢を聞くなんて……」


「六十二歳です」


「歳上!?」


 人間はいつも見た目でものを判断する。私の姿が愛らしいからといって、子供であるとは限らないというのに。自分の常識が世界の基準であるなどと、なぜ思えるのだろうか。私のように飛び切り愛らしいお婆さんだっているのだ。世界には。


 王は、口をあんぐりと開けている。王子の前にいた時の貫禄など微塵も見えない。

 王妃は口元を上品に押さえているが、あとほんの少しで眼球が転げ落ちるのではないかというくらいに目を見開いている。およそ、国母として愛されている女性とは思えない。


 結構面白いので、しばらく観察してから帰る事にした。

 仕事終わりのこの瞬間が一番楽しいかもしれない。

『クォーターエルフ』

 主人公の祖母はエルフであり、主人公自身もその血を継いでいる。耳は特徴的な形をしていないが、その代わりとして他の兄妹と比べても遥かに成長が遅く、恐らく純血のエルフにも匹敵するほどに長く生きるだろう。


『主人公の家族』

 故郷に帰れば、夫と娘が待っている。また、兄と妹がおり、彼らにもそれぞれ家庭がある。

 前述の祖母は存命だが、森での暮らしが好きとの事で近くでは暮らしていない。いまだに若々しく、小柄な主人公と違ってグラマラスな体格をしている。

 娘は特定の相手と添い遂げるつもりはないらしく、たまに祖母を尋ねて森を駆けている。兄と妹には孫が二人ずついるため、主人公はちょっと寂しい。


『最近の悩み』

 娘の身長が自分を越えた。

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