遠くない将来の話
祝言。現代風に言いなおすと、結婚式のことである。
より具体的に言えば、夫婦となる二人が神様の前で永遠の愛を誓い、死が二人を分かつまでともに添い遂げることを確認する儀式である。
つまりは、俺とハクがそう遠くないうちに行うことである。
「結婚、かぁ……」
客観的な認識はできている。
付き合い始めてからまだ一か月ほどだとか、俺のトラウマのことだとか、ハクの招待客についてだとか、いろいろと考えるべきことは多い。
しかし、そういったあれやこれやとは一切関係なく、いまいち主観的になり切れない俺がいるのも事実だった。
「おぬしからすると、まだまだ遠い世界の話じゃろうな」
「そうなんだよねぇ……。結婚式を挙げた知り合いなんて、一人も思い浮かばないから」
せめて誰それが結婚した、あるいは結婚しそうといった話を聞いているならまだしも、俺の参考になりそうな相手は、割れ鍋に綴じ蓋と言う言葉がぴったりな変わり者カップルだけである。
確かにあれはもうすぐ籍を入れる気だとも言っていたし、式もかなり盛大にやるとこぼしていたが。
「アレを? 参考に? なるかなぁ……」
「ふむ、なるほど。あヤツか」
首をひねる俺とは対照的に、軽い調子でいつもとは違う三人称を使うハク。
……そういえば、望とハクは相性が悪いんだった。
ちょっと気まずくなったので視線をそらしていると、軽く鼻を鳴らした音が聞こえる。
「害意があるわけでもなし、ただの外野じゃよ。無関心、という方が近いじゃろうな」
特に冷たいわけでもなく、かといって温かいわけでもない声色には、本当にどうでもいいという感情しか乗っていない。
気にするな、とまでは口にしなかったが、本人は気にしていないようだ。おそらくは、望のほうも似たような反応を示すのだろう。
「……まあ、そっちのことは聞かないでおくけどさ。少なくとも、望の結婚式はまったく参考にできないと思うんだよね」
「ほう? 以前言っておった教会とやらではないのか」
「いや、多分教会でもやる。それはそれとして、白無垢着たいからって理由で神社でもやると思う」
「なんぞ、信仰心と言うものを感じんのう……」
世の中の大半の人は神様の実在を信じていないのだから仕方がない。
と言うのは胸の中にしまっておくとして、それ以上に俺の発言には問題があることにハクは気づいていないらしい。
「普通の人はね、二回も結婚式を挙げられないんだよね。無理なんだ」
「それは信仰心とは関係なく、と言うことじゃな。となれば、あヤツは何故できるのじゃ?」
「すっごい単純な話でね。めっちゃ、どえらい、お金持ち。もちろん親の金とかじゃなくて、本人の稼いだお金だけで。普通の人が一生に一度やるようなお金をかけた結婚式が千回はできるくらい持ってる」
一回で大体これくらいするよ、とネットでの検索結果を見せながら話すと、ハクもそのすごさを理解できたようで。
「カンナでも十回ほどしかできんな。どれほどの資産家なのじゃ、あヤツは」
ちょっと衝撃の事実をこぼしながらも納得していただけた。
え、カナって十回くらい結婚式挙げられるんだ……。もしかして俺の周りってお金持ちが多いのか? 叔父さんも社長だしな……。
むしろそれくらいが世界の平均なのかもしれない、と混乱しかけた思考を振り払って、さらにパソコンを操作する。
検索結果に出てきたのは、薬のリスト。解熱薬やかぜ薬などのオーソドックスなものから、ガンの予防になるものまで、安いものからお高いものまで、幅広く世間で使われている薬たちだ。
「ここ、見てみて」
妖狐は病気をしにくいということなので、聞き覚えがない薬ばかりだろうが、人間にとっては画期的なものから陳腐なものまでさまざまである。
しかし、ハクに示したのは効果の欄ではなく、特許の取得者。
「のぞみ、いちじょう……。もしや、全てか?」
「少なくとも、この画面いっぱいはそうだね。アレの持ってる特許は、もっとたくさんあるよ。世の中に出せないものまで含めたら、三倍以上になるんじゃないかな」
学会や国から承認がおりないせいでお蔵入りした薬が多数あると、本人が愚痴っていたから間違いない。
その気になればガンの完治すら可能とはセイヤの言葉だが……。おそらく事実だろう。
「そういう訳で、薬の特許で稼いだお金がすんごい量あるってこと。そのくせ浪費に興味がないから、ひたすら貯まってるらしいよ」
「ふぅむ……。そこまで儲かるものなのじゃな、薬とやらは」
顎を撫でながら感心したようにつぶやくハクに、これは例外、と言っておく。
あれが規格外なだけで、本来の製薬には、何十人もの専門家たちが集まって、数年から数十年という研究期間と、何億円という研究費用が掛かるものだ。
そこまで伝えれば、ハクも納得したらしく、妖狐には無縁のことだと結論付けた。
「話を戻すと、ノゾミとセイヤの結婚式はお金をジャブジャブ使った盛大なものになるだろうから、全くと言っていいほど参考にならないだろうね」
「そうじゃな。わしはさほどの資産は持っておらぬし、おぬしも学生の身分じゃ。浪費は慎まねばならんな」
ちょっと遠回りだったが、結論はそれである。
俺もハクも、結婚式ではあまりお金をかける気がない。ハクにいたっては家で三々九度をすればいいとか言い始めそうだし、ウェディングドレスを着せるのには苦労しそうである。
「浪費は、慎まねばならんな」
「待って、念押しされてるのは分かるけど待って。ハクにウェディングドレスを着てもらえなかったら俺は泣き叫ぶから」
感情を読んだのか、表情を読んだのかはわからないが、俺の考えていることがハクに筒抜けなのは今に始まったことではない。
それはそれとして、ウェディングドレスを着ることを浪費と言われるのには、いささかどころではない反論がある。
「白無垢でよいじゃろ。知り合いに借りればそれで済むのじゃから」
「白無垢も見たい! でもそれはそれ、これはこれ」
少しすねたように主張するハクも可愛いが、ここで折れるわけにはいかない。
湧き上がる思いのたけをぶつけるために、俺は言葉を続ける。
「ウェディングドレスと言うのはね、二人で選んで、一日だけ見ることのできる特別な装いなの。俺とハクで、結婚式と言う生涯で最高の日に着ていく服装を選ぶの。ハクに一番似合うドレスを選びたいのももちろんだけど、二人で選んで、二人だけじゃない思い出にしたいの。俺たちの門出を祝ってくれる人たちに、俺のハクだぞって見せびらかしたいの」
ハクに着せたいウェディングドレスがあるわけじゃない。そんなにドレスに詳しければ、結婚式のことをもっと気軽に考えることもできただろう。
そうじゃない。ハクに特別な装いをしてもらうのだ。
そんな気持ちでひたすら言葉をつなげていけば、意味の分からない恥ずかしいことまで言った気もするが、もういまさらだ。
「……ふむ」
こうなりゃ最後まで……、と息を吸いなおそうとしたところで、ハクの視線が外れていることに気づいて、口を閉ざす。
いつものように呆れた目線で、仕方ないのう……と言ってくれるまでごねようと思っていたのに、俺から興味がそれているのでは仕方がない。
しかし、俺が話している最中にハクが興味を失うなんて珍しい。そう思ってハクの視線を追いかけてみれば、パソコンの画面。
「そうじゃな。わしも、おぬしのタキシードとやら、見てみたいのじゃ」
ハクが見ていたのは、先ほど開いていた結婚式の一例に小さく載っている、新郎の姿。
ぷしゅう、と俺の中から気が抜ける音がした。
そりゃそうだ。俺がハクの晴れ姿を見たいのだから、ハクは俺の晴れ姿を見たいに決まっている。
そんな単純なことに気が付いた俺は、少しの呆れを含んだほほえみを浮かべた。
「そう遠くないうちに、見せることになるよ」
「そうじゃな。そう遠くはないじゃろう」
こんなにも似た者同士なのだから本当に、遠くない将来の話なのだと、確信できる。
それはきっと、明日の朝日が昇るくらい、当たり前の話なのだ。




