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放浪癖の話


つつがなく。

何の滞りもなく、何の憂いもなく、挨拶は終わった。

叔父さんはいつも通りの無表情ながらも、祝福の言葉をしっかりと渡してくれたし、「結婚式はいつだ」と少し気の早い話もされてしまった。

出会ってから一年もたっていないと聞いて、目を見開いた叔父さんは実にレアだったが、それ以上の話は無かった。

何事もなく、ハクと叔父さんの顔合わせは、大成功に終わったのだった。


ただ……。

大泣きして目を腫らした俺は、恥ずかしさで顔を上げることができず。

家に帰ってからも、机に突っ伏したままでいる。


「恥の多い生涯でした……」


「ふむ、有名な一節じゃろうか。どこぞで聞いたことがあるのう」


家族と、恋人と、知り合いの、三人の前で大泣きをかました挙句に懺悔と告白プロポーズをきめた男は俺です。

このまま貝になってハクの見つめる水槽の中で一生を終えたい……。

あ、でもハクとだけは会話したいです。できれば触れ合いたいです。だって幸せだから。


「思うたよりも元気そうじゃな」


「まぁ……ね。恥じるような行いをしたわけじゃないから……。でもね、感情は別なんですよ。恥ずかしいものは恥ずかしいんだ」


「くふふ。それくらいは分かっておる。わしの恥ずかしさを、少しでも感じるがよい」


含み笑いのハクを少し恨みがましい目で見つめる。

そんな俺の目線を受けて、さらに笑みを深めるハク。

確かに、あんなに大泣きした姿はこれまで見せてこなかったし、愛しい人の知らない一面を知れた嬉しさは理解できる。

泣き顔の恥ずかしさがうんぬん、というのは建前でしかないというのは、別に言葉や態度に出ていなくても分かっているのだ。

それはそれとして、やっぱり感情は御しがたいだけで。


「……ハクも、何かしら恥ずかしい姿を見せるべきじゃない?」


「ほう。わしのか? どんな姿が見たいんじゃ?」


自分に恥じらう部分などないといわんばかりの態度で、こちらの出方をうかがうハク。

知らない一面とは、知らないからこそ、触れたときに嬉しいのである。そのことをよくわかっているからこその余裕だろう。

つまりは、知らないことには言及できないという、悪魔の証明のようなパラドックスである。

だが残念ながら、こちらにはジョーカーがあった。


「放浪癖」


「ぬ……」


「聞かせてほしいな。ハクが、これまでどんな風に生きてきたのか」


カンナから聞いていたソレを持ち出された途端に、余裕を失い目線をそらしたハクに、逃げられないように追い打ちをかける。

数秒間、彼女との間になんとも言えない沈黙が漂い、根負けしたのは当然のようにハクだった。


「よかろう。面白い話ではないのじゃが……」


「別にいいよ。ハクのことは何でも嬉しい」


俺がかつてのように本音100%の好意を示せば、ハクもまた同じように呆れたようなため息を吐く。

多分、いつまでも同じことを繰り返すのだろう。


「放浪癖、というのじゃろうか。単純に根無し草だっただけなのじゃが」


「放浪癖と言われると、どこかにふらっといなくなるイメージがあるね。うん、ハクは間違いなく放浪癖を持ってるんじゃないかな」


俺の発言にピリッといらだちが混じったことに気づいたのだろう。ハクが申し訳なさそうに眉を下げる。


「もうせぬ。と言うのは簡単じゃが、確かにそういった部分があったのは否定できぬな」


「そりゃね、またするって言われたら、俺が自分で自分を人質にするよ?」


「やめよ。想像するだけでも気分が悪くなるのじゃ」


互いにけん制し合うような会話でも、空気の重たさは微塵もない。

予定調和でしかない茶番を一通り終えて、再びハクはため息を吐く。


「おそらくじゃが……。ひとところにとどまっておった期間が短いせいじゃろうな。三月も同じところに居ったことは無かったじゃろう。普通ならば一月ほどじゃな」


「ハクと出会ったのは6月で、今は8月の終わり。最長記録はまだ更新できてないね」


「これ以後に更新の予定は無いのじゃがな」


にやりと笑うハクに、分かってますよと言う代わりに肩をすくめて返す。

俺だって、ハクがどこかに行くことを許すつもりはない。いつまでだってここに居てほしいし、ここじゃないどこかに行くというのならば、どこまでだって着いて行こう。

だからと言って、ハクが本当にどこかに行きたいというのならば。

……多分、大泣きしながら見送るのだろうけども。


「それで、いろんな妖狐のお家を渡り歩いていたと」


「そうじゃな。以前も言うたが、およそ家事手伝いをしてはお小遣いをもらって、それきりじゃ」


「お得意様とかは居たの?」


「ふむ? おぬしも知っての通り、カンナとはよく会っておったぞ。それ以外じゃと……。シラユキのおるところには度々お邪魔しておったな」


シラユキ。知らない名前だな。

当然ながら、俺に妖狐に関する知識は一切ないので、その妖狐について知らないのは当たり前なのだが。妖狐の常識に疎いせいでシラユキと言う名前が男なのか女なのかすら判別できないのは困りものだ。

ハクが会いたそうにしているということは、かなり仲の深い相手であるはずで、彼女の交友関係について知りたくなるのは恋人として当然というか……。

もやっとした感情を見透かしてか、こらえきれない笑い声をあげた彼女に説明を求める。


「くふ、くふふ。なに、友人じゃよ。同性じゃ」


「そっかぁ……。で、どんな人。じゃなかった、妖狐なの?」


「今日のカカルは知りたがりじゃな? よい、責めてはおらぬ。むしろ嬉しいのじゃよ」


ニコニコと機嫌がよさそうにしているだけでなく、ゆらゆらとゆっくりと尻尾が揺れている様子からも、彼女の心情は手に取るようにわかる。

もちろん、その感情が生まれることもよくわかる。愛しい人から自分に興味を持ってもらえるのは、誰だって嬉しいものだ。


「シラユキは……。わしと同じ、白い狐じゃ。特別な色を持つ者として、父が生きておった頃から知り合っておった。年としては、彼女のほうがうんと年上じゃったが、気さくな方での。長く友人としての付き合いをしておる」


堂々と、しかし少し寂し気な表情で、友人と称する妖狐について語るハク。

ハクのパーソナリティから考えて、これほど友人として慕っていることはかなり大きい驚きと、場違いな安堵を俺にもたらした。

ハクは孤独な生き方を選び、そう過ごしてきた。それにどんな意味があったのかは今や考えることもしたくないが、それでも一人くらいはその旅路に連れ立ってもいいと思える友達がいたのだ。

ほんの少しも、それについての嫉妬心は湧かなかった。


「いい友達なんだね」


「うむ。許されるのであれば、親友と。そう呼びたいほどじゃ」


彼女はニコリと幼げな笑顔を見せながら、いつか神様を友人と呼んだ時とは違い胸を張って言い切った。

きっと、相手も同じように思っていることだろうとは、思っても口には出さない。

それは当事者同士で決めることだ。この件においては全くの部外者である俺が首を突っ込むのは間違っているだろう。

そんな俺の温かい目線を受けて、うっすらと頬を染めたハクが軽く咳払いをして空気を変える。


「あと、シラユキも放浪癖持ちじゃ」


「妖狐って放浪癖多くないかなぁ?」


俺のサンプルでは3分の2が放浪癖持ちなんだけど。

空気を変えるにしても、少々爆弾発言過ぎるそれに、突っ込みを抑えきれなかった。

と思えば、ハクは以外にも深刻そうな顔をして、重々しく言葉を続ける。


「祝言に呼べぬやもしれぬ」


「……あぁ、なるほど」


それは、一大事だ。


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