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ご挨拶の話(その3)


悲報、俺氏ロリコン扱いされる。

言ってる場合じゃないが。


「責任を取れるようになるまで、時間を置くことも愛情表現の一つとしてだな……」


「あ、ち、ちがっ。あれ、もしかしてカナさん!? ご自身の話はされてらっしゃらない!?」


「よく考えてみなさい。初対面の女性から聞いたって信じないでしょ」


「それは確かに」


「まて、カカル。シロコさんを悲しませるような真似はだな……」


「違います違います! ハクを悲しませるようなことがあれば腹を切ります! そういうことではなくて、カナさんと同じ種族だから!」


「取り乱しているカカルさんは珍しいですね……?」


「にぎやかでいいことねぇ……」


そこ! のんびりとお茶を飲んでいる場合ですか!

あ、ハクはそのままニコニコしてていいからね。かわいいね。

いくら何でも社会的抹殺の危機に瀕している状態で悠然と構えることなどできない。

実際にハクの容姿は頭のてっぺんからつま先まで未成年であり、心当たりしかないという点も俺の焦りを増幅させる。

あ、でもハクはそのままでいいからね。俺は地獄に落ちてもいいよ。


「駄目ですよ。私のほうが年上なんですから、少しくらい頼ってください」


「そうは言うけどもさ、ハクが急に大人になるわけにもいかないじゃん?」


「何言ってるの、私たちのことを話すだけならもっと簡単よ?」


「はい、こうするだけですからね」


するり、と当然のごとく生えてくる狐耳と尻尾。

これ以上ない証明が出てきてしまいましたね……。

カンナとハクがそれぞれ妖狐としての本性を隠さず見せれば、さすがに叔父さんも分かってくれる、かなぁ?

叔父さんのほうに視線をやれば、驚いた様子はあるものの、取り乱してはいない。


「……なるほど、妖怪の類でしたか」


「叔父さん、知ってたの?」


「いや、噂程度に聞いたことがあるだけだ。ましてや、本物など見たことがない」


納得した様子の叔父さんに、すんなりいったせいで肩透かしを食らった俺。

コスプレと勘違いされそうな光景なのだが、ゆらゆらと生物的な動きを見せる尻尾には勝てなかったらしい。

それが本物だと確信したらしい叔父さんは、噂程度にしか聞いたことのない妖怪の話を信じることができたようだ。


「まあ、社長にまでなっている人だもの。話くらいは聞いたことがあるでしょうね」


「そうだな。長く生きているという話もそこそこに聞いている」


どうやら上流階級では妖怪やその他不思議な現象があることはまことしやかにささやかれているらしい。

おそらくだが、カンナの落ち着きぶりを見るに、彼女もそちら側にかかわりの深い人間なのだろう。

ふら、と気兼ねなく真っ黒な尻尾を揺らしながらお茶をすするカンナに、やっぱり先にどうにかできたのではと言う疑念の視線を送りつつ、ひとまず俺の社会的制裁は回避できたらしいと安堵の息を吐く。


「話が早いのは嬉しいけどね……。ま、そういう訳でさハクも結構な年だよ。ちゃんと妖狐基準でも大人らしいし」



俺の言葉に、叔父さんはすっと目を細めた。


「やはり、時間の感覚は人間とは違いますか」


緊張感をにじませた瞳をハクに向けると、ゆっくりとした口調で尋ねた。


「そう、ですね。大体二百年は親の元に居て、一人前と認められるのはそれ以降になります」


ハクは、叔父さんからの質問に、言葉を選んで答える。

聞きたい事はそれではない、と叔父さんが首を振る。

なんとなく予想がついた俺は耳をふさぐかどうか迷って、おとなしく椅子に深く座りなおした。


「カカルは、貴女よりも先に逝くでしょう」


「はい」


「それでも、カカルを選ぶのですか」


叔父さんの言葉は、もはや問いかけではなかった。

純然たる事実を前にして、もはや変えようのない決定に、異を唱えるようで。

本当にそれでいいのかと、最後通牒をつきつけるかのように。

じっと、硬い視線でハクを見つめて。

ふわりとほころぶように笑ったハクに、少しの揺らぎを見せた。


「たとえ、カカルさんが明日死ぬとしても。たとえ、カカルさんが私よりも長く生きるとしても。そんなことは些末なことです。ただ、私は……」


愛おしげに、細められた瞳がこちらを向く。

言ってもいいか、と言葉がなくとも理解できる。答えは当然、はい。だ。

逡巡することもなく、一瞬で答えは出ていた。

小さくうなずいた俺にもう一度笑みを見せて、ハクははっきりと言い切った。


「私は、カカルさんを、愛しているのです。時間の過多は、寿命の多少は、そのくらいは飲み干して見せるほどには」


見つめ合って、数秒。

ほう、と大きな息を吐いたのは叔父さんだった。

椅子のきしむ音が大きく響き、叔父さんは天を仰ぐ。

その目は閉じられていて、詳細な感情は読み取ることができなかった。

ただ、固く結ばれていた唇には、うっすらと笑みが浮かんでいる。


「……わかりました」


再びハクに向き直った時には、何の感情も残ってはいなかった。

それでも、声音にははっきりと寂しさと、後悔がにじんでいた。


「その、シロコさん。……俺が言えることではないのでしょうが。カカルを、どうかお願いします」


深々と頭を下げた叔父さんに、こみ上げてくるものがあった。

いつもの発作ではない。そんな、息苦しくて、怖いものじゃない。

これは、暖かくて、柔らかくて……。


「任せてください。もちろん、カカルさんのことは絶対に、幸せにしてみせます。私以外では絶対できないくらい、徹底的に」


胸を張って、ハクは叔父さんからのバトンを受け取った。

その愛情に、その覚悟に、その努力に。俺は、何を報いることができるのだろうか。

ぼやけ始めた視界を落として、固く目を閉じる。


「……のう、カカル」


あたたかな声が聞こえる。息を整えて、ハクを見上げる。

いつの間にか、目の前に立っていたハクは、優しく俺の頭を包みこんだ。


「……ハク?」


ハクの腕が俺の頭を抱えて、その手が優しく後頭部をなでる。

柔らかく温かな感触と、ほのかな甘い香り。

身体の力が抜けて、彼女の胸元に顔を埋める。

叔父さんとカンナの前でハクに甘えるような体勢になっているという気恥ずかしさが頭の片隅をよぎる。

それでも、顔を上げることはできなかった。

心地がいい。一生でもこうしていたい。そう思うのもあったが、それ以上に。


「……よい。これからじゃ」


「ごめん……。ごめんね、ハク……」


嗚咽とともに絞り出した謝罪も、もはや意味などない。

俺は、ハクに頼りきりの情けない男だ。

愛を言葉にすることすら満足にさせてあげられない、ダメな男だ。

名前を呼ばせてあげられない、バカな男だ。

何一つとして、ハクを幸せにできない。ハクから貰った幸せは、心からあふれるほどあるのに。


「カカル。こっちを見よ」


いつになく、乱暴な手つきと、強引な力で、俺の顔を引き上げるハク。

その真っ赤な瞳と、無理やり目を合わせられて、俺がその輝きから目をそらせるはずもない。

ボロボロに歪んだ世界の中で、ハクの怒りと悲しみと、それをすべて包み込んで余りある愛情だけが、爛々と光っている。


「俺は……、俺は……」


「おぬしの幸せは、わしの幸せじゃ。わしは、何ひとつ我慢なぞしとらぬ。おぬしの心の平穏こそが、わしにとっての第一じゃ」


「それは」


「わかっておる。おぬしも同じじゃろ? なればこそ、よぅく分かるはずじゃ」


あなたが幸せならば、それ以上は存在しない。

そのためならば、なんであろうと苦ではない。

だからこそ、彼女は、俺は……。


「ただ……一言。欲しいのじゃ」


「うぁ……」


今、ここで。

いまさらではない。今だからこそ。言いたい言葉がある。


「好き、すきだよ。ハク、愛してる……!」


手を伸ばす。この世で唯一の存在に、最愛の存在に。

貴女に会えて、本当に良かった。

貴女を愛して、本当に良かった。

これまでの人生も、これからの人生も、何もかも全て。

あなたのおかげで、最良のものになるのだ。


「わしもじゃ、カカル。……愛しておるぞ」


優しく、柔らかく、温かい、言葉とともに。

彼女の口づけは、どうしようもなく甘かった。


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