ご挨拶の話(その1)
「作戦会議じゃ」
「はい」「別に私はかまわないけど……」
いよいよ叔父さんに挨拶に向かうという当日。
いつも通りに、いつも以上に早く家に来たカンナにこれ幸いと、ハクが突然作戦会議を宣言した。
俺としてはハクの言うことに否を付けることは基本的にないし、カンナもそこまで狭量ではない。
時間がある限りなら、という様子ではあるものの、許可が取れたと判断したハクは、いつもよりも大げさに尻尾を振りながら話を続ける。
「議題としては、どこまで話すかじゃな」
「俺たちの関係の話?」
「あるいは、私たちの話ね」
ハクの言ったことについては、俺もカンナも思い当たるところがある。
俺とカンナの二人がそろうことはほとんど無いし、このタイミングがベストなのも分かる。
分かるのだが、それはそれとして、ハクを見つめれば何気なく視線を外されるので、カンナとともに少しほほえましい気持ちになりながらハクの話に乗っかる。
「俺たちの関係については、ほぼ全部言っていいよ。そこは覚悟もできてるつもり」
「うむ。義父殿を安心させる意味でも、隠し事も嘘偽りもなくはっきりと伝えた方がよいじゃろうな」
「ハクのことを見れば、きっと安心してくれるよ。自信をもって、ね」
優し気な口調になっていることを自分でも自覚しつつ、ハクに向けてゆっくりと伝える。
唇を波打たせながら、うむ。と不明瞭な相槌を打ったハクは、せかすようにカンナに視線を向ける。
「私たちの話についても、ほとんど話していいと思うわ。少なくとも、種族については言わなきゃだめよ。そのうえで、貴女なら大丈夫よ」
「うぅむ……、懸念点はそこじゃな。義父殿は納得してくれるじゃろうか……」
ハクは少し心配そうに、尻尾を垂らしながら言葉を漏らす。
カンナはそれを見て呆れたようなため息を漏らして、肩にかかった黒髪を軽く払う。
そして、挑発的な視線をハクに向けて、カンナは笑う。
「それこそ、今更でしょうに。貴女も、その覚悟は決めてあるんでしょう?」
「当たり前じゃ」
きっぱりと、断ち切るようなハクの言葉に満足したように、カンナは一つうなずくと俺のほうに視線を向ける。
もちろん、その問答の意味が分からないほど無知ではないし、その視線の意味が分からないほど無情でもない。
俺はピンと立ったハクの耳を押し倒すようにして彼女の頭をなでる。
「できるだけ長生きするよ、ハク。そして、何度も言うけど……、ハクなら大丈夫」
「むぐぅ……。まるで子ども扱いじゃな……」
くすくすと、カンナが笑って、ハクがさらにむくれる。
子ども扱いと言うわけではないが、かわいいなと思っていたのは事実だ。
早いところ叔父さんに会って、俺の恋人がこんなにかわいいと自慢したい気持ちが湧き出してくるほどには。
「そういえば。カナさんは先に会ってたよね? どう思った?」
叔父さんに会った、といえば。
この状況になったのはカンナが先に叔父さんのところに突撃したせいであり、おかげであると思い出してしまった。
つまり、彼女は一度叔父さんとあっているはずだが、前回の話の中では深くそれに触れることは無かったはずだ。
そんな俺の考えは間違っていなかったようで、俺の手を受け入れるように倒していた耳をピンと立てて、ハクも聞く姿勢になった。
「そう、ねぇ……。いい人、と言っていいと思うわ。少なくとも、貴方への愛情は本物でしょう」
カンナは少し言いづらそうに口ごもりながらも、素直な感想を述べてくれた。
叔父さんの愛情を疑うようなことは無いが、こうして他人から見ても間違いのないことは嬉しいと、素直に思う。
「尊敬してるし、憧れてる人だよ。とても、すごい人だと思う」
「そうね。すごい……すごすぎる、のかもしれないわね」
意味深に言葉を止めたカンナの様子に、ああ、と俺は納得の声を上げる。
右手の下からハクの目線がのぞき、いまだにハクの頭に手を乗せたままだと気づく。
もう二往復ほどハクの頭の感触を堪能してから、手をどかす。
「放っておいてくれたからこそ、ハクと出会えたんだけどね」
「だからこそ、私とは相いれないのよ」
「じゃろうな。カンナとは正反対のお人じゃろうて」
ハクの言葉に非難するような色は無い。
むしろ、感謝と親愛の情を感じるその声色に、カンナは困ったように微笑んでありがとうと小さな声で言った。
カンナの後ろめたさは、それを突いたものとして理解できるものの、そこまで卑下することもないと思う。
できないと分かっていても最善を尽くそうとしたカンナだからこそ、ハクはこうして笑っているのだから。
「ひとまず、ハクなら大丈夫よ。あの人は道理がわからない人じゃないわ。カカルがそこまで溺愛している相手にケチをつけるような真似はしないはずよ」
カンナの言葉に同意するように俺がうなずけば、ハクもようやく不安をぬぐえたようだ。
色々と障害があることも事実だが、それはまあ、何とかなるだろう。
「どちらかと言えば、どんな感じでハクを紹介するのかが大事かも?」
「それはあるでしょうね」
「どう紹介してくれるのじゃ?」
おっと、まずい流れになったぞ。
矛先が俺に向かってきたのは、まだどうとでもなるのだが、内容がまずい。
ハクはいたずらっ気をにじませながらも隠し切れない期待が瞳に表れているし、カンナはただ好奇心だけでからかいの意味合いはなさそうだ。
つまり、ごまかす方法がない、真正面から立ち向かうしかないのだ、この難題に。
「……もうそろそろ出発の時間じゃないかな」
「私が運転するから、まだ余裕はあるわよ。時間に余裕を持ちたいのは分かるけれど、相手は社長さんでしょ? 早めに行っても意味無いと思うわよ」
最後の悪あがきも封殺されてしまった。
というかカンナは時間に余裕を持ちたいから早めに来てるのか……。
そちらを掘り下げたい気分も大いにあるのだが、ハクからの視線は依然としてキラキラしている。
そりゃね、カンナのことはよく知っているでしょうね、今知りたいのは俺の言葉ですよね。
「あー、その。普通に……ね? ほら、別に特別さを求める必要もないわけで……」
「くふ、ふ。心配はしておらんよ。ただ、少し勇気が欲しいだけじゃ」
零れ落ちるような笑い声とともに、さみし気に微笑むハク。
そんな顔をされては、俺が渋る理由も無いわけで。
本当に特別さは無いけれど、ただ俺の想いが伝わればいいなって思う程度の言葉だけど。
「……ただ、結婚したい、人だって。人生かけて、幸せに……」
思ったよりも、すんなりと、言葉は出てきた。
恥ずかしさで、顔から火が出そうだけれども、いつものような、嫌な感じは無くて。
本当に真っすぐなだけの言葉で、ハクへの愛情を表せそうな。
「ありがとう。十分じゃよ」
ハクの赤い瞳が細められて、口の端がゆっくりと持ち上がる。
安心したような、喜ばしいような、照れくさいような。
複雑な感情を示しながらも、目線はまっすぐにこちらに向けられている。
「ハク……。うん、大丈夫。俺も一緒だから」
「くふふ。よかったのじゃ、わしも一緒じゃよ」
にっこりと、憂いのない笑顔を浮かべたハクに、幸せをかみしめる。
本当に、この人でよかったと思える。絶対に、離れたくないと思える。
なら、もう不安は無い。彼女も同じ気持ちで、同じように行動する。その確信がある。
それだけで、多分……どんなことでも乗り越えられる。
しばし微笑み合う時間の中で、カンナが居心地悪そうにしていたのには気づかない俺たちだった。




