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結婚についての話


「そういえば、ハク。参列者はどうするつもりかしら」


名字について軽くなじられつつも、つつがなく夕飯を食べ終えて、俺が食器洗いのためにキッチンに行こうとしたところでそんな話が聞こえてくる。

それは俺も気になるところだが、カナの言い方から察するに、ハクの答えもおおよそ予想できるのでさっさと仕事を終わらせることにする。


「わしの結婚式にか? 誰も来んじゃろ」


「言うと思ったわ。絶っ対、妖狐ネットに上げなさいよ。後で恨み言を言われるのは私なんだから」


ジャバジャバと水の音の合間に聞こえてくる会話に耳をすませれば、こんな感じ。

ハクは本気で誰か来るとは思っていないらしく、平然と言いきっている。

ただ、これについてはカナの言い分のほうが正しいだろう。

ハクの自己評価が低いというだけでなく、おそらくハクに世話になった妖狐は多いはずである。

ネネ様のところにご挨拶に行ったときにも感じたが、ハクはかなり愛されている。

それは人柄からくるものもあるだろうし、生い立ちからくるものもあるだろうが、どちらにせよハクの結婚式となれば参列者が殺到するはずである。

サクサクと洗い物を済ませながらそんなことを考え、手を拭いてリビングに戻る。


「カ……おぬしのほうはどうなんじゃ」


「ん? ……参列者の話?」


戻ったらいきなり話を振られてしまった。

それなりに時間がかかったはずなのに、ハクはいまだに納得しきれないらしい。

カナから、どうにかしてちょうだい、とさじを投げかけている雰囲気を感じるが、ハクがそこまで意固地になるのは珍しい。


「俺はほとんど居ないんじゃないかな。アイツらが来るかはわからないし、それ以外に呼ぶほどの友人はいないかも」


中学や高校のクラスメイトとも連絡なんて取ってないし、大学でも関係が深いといえるのは望と誠也を含んでもごく少数だろう。

わざわざ言わなかったが、親戚はほぼ全滅と言える状態なので、参列者として呼びたい人も、呼べる人もほとんどいないわけだ。


「ほれ見よ、妖狐ばかりになるじゃろうて」


「別に結婚式の間くらい人のフリできるわよ」


唇を尖らせて、本気で不本意だと表情で示すハクに、それくらいは大した問題ではないと返すカナ。

その問答を聞いて、ハクの嫌がる理由は理解できた。


「別にハクの知り合いが多くてもいいんだよ?」


「おぬしに迷惑じゃろう。俗世に慣れておるとはいえ、妖狐は妖狐じゃ」


「ついでに言うと、ハクの知り合いに何か言われても気にしないよ」


「むぅ、しかしじゃな……」


ハクは俺の言葉を聞いて、不機嫌そうながらも少し言葉に詰まる。

やっぱりそこかぁ、と苦笑いが浮かぶが、ハクにとっては大事な部分だろう。

カナといいネネ様といい、ハクを大事にしているせいで俺を試すようなことをしてくるのには慣れてしまったし、割と気にしなくてもいいのだが。


「実際のところ、どうなんです? 俺に何か言ってきそうな知り合いは多そうですか?」


「まあ……。片手で収まらないくらいにはいるでしょうね」


「……ならば、嫌じゃ」


ハクは耳を倒し、心から嫌そうな声を出して拒絶する。

もしも彼女の気性が荒ければ、暴言をこぼしていそうな程度には、全身から不機嫌オーラをあふれさせている。

その反応のおかげで、俺が文句をつけられる可能性にもう一つ気が付いてしまった。


「人間と妖狐の結婚って、やっぱり歓迎されないんですかね」


「そんなことは無いわ。本当に、絶対に無いわ。もしも言ってくるやつがいたら、私に言ってちょうだい。ぶん殴るわ」


即答を通り越してまくしたてられてしまった。

そして、ハクが一瞬悲しそうな顔をしたのも見逃してはいない。

カナがぶん殴るとまで言うのは、そちらとも無関係ではないだろうが。


「問題ないのであれば、安心しました。ちゃんとハクは祝福されるんですね」


「もちろんよ。というか、そんな奴は最初から呼ばないわよ」


「だってさ、ハク」


ハクだって、祝福してくれるのを嫌がっているわけではない。

不機嫌オーラを垂れ流していても、そのあたりは間違いないだろう。


「条件は、一つじゃ。……わしの夫に、口出しせぬこと」


「わかったわ。くれぐれも気を付けるように言っておくし、当日には私も目を光らせるわ」


ハクの妥協ラインを引き出せたことだし、これで何とかなりそうだ。

跳ねる鼓動を抑えつつ、カナに感謝を伝える。

かなり慣れてはきたものの、夫婦にまつわる言葉はまだまだ平然とは聞けないようだ。

この調子では、本当に参列者を呼ぶのはいつになることやら。


「と、とりあえず。名前を決めてしまいましょうか」


「そうじゃな。何事も、目の前のことからじゃ」


さらりと俺に合わせて言ってくれるハクのこと好きだな。

どこまでもフォローが厚いハクに惚れ直しつつ、彼女の言う通り目の前のことに思考を向ける。


「しかし、わしの名前か……」


「希望は無いのかしら」


「うむ、特に無いのじゃ。なんであれば、おぬしらで決めてもかまわんぞ」


「ネーミングセンスには自信が無いです」


「無いないづくしじゃないの、あなた達」


名字を考える時点で分かっていたことだが、俺には発想力が足りないようだ。

名前になったからといって急にグッドアイデアが湧くはずもなく、ハクと一緒に呆れはてた声を出すカナを見つめる。


「カンナには、何かいい案はないかのう?」


「別に深く考えなくていいのよ。こだわりが無いのであれば、元と変わらずハクでもいいし」


「そうじゃな。……いや、名前が同じじゃと勘違いが起きそうじゃから別のほうがよいな」


ああ、と実際に勘違いを起こされた当事者が納得の声をこぼす。

カナとカンナでも違うといえば違うのだが、もっと違いを持たせた方がいいというわけだ。

少し思案を巡らせた俺に、二人から期待の視線が突き刺さる。


「白狐をもじって、シロコとか……」


「決まりじゃな」


プレッシャーに耐えきれずに絞り出した名前を、ハクが即座に採用する。

ハクが嬉しそうで何よりだが、そんな適当な名前で良いのかと割と本気で悩んでしまいそうなのだが、カナからも別に文句はなさそうだ。


「やればできるじゃない。その調子で名字も考えなさい」


「マジですか」


「これはおぬしに決めてもらいたいのじゃが……。ダメかの?」


「全身全霊で考えさせていただきます」


おねだりするかのように小首をかしげたハクにお願いされれば是非もない。

もちろん、安請け合いするのは当たり前だが、実際に納品ができるかは別である。

ハクの期待する内容としては、俺の好きなものや、気に入ったものから連想される名づけなのだろうけども。

はっきり言って、俺の好きなものと言えばハク、あるいはそれに付随するあれこれである。

わざわざ名前を変えたのに名字にそれらを使うのもどうかと思うが……。


「パッと思いついたものでいいのよ。その方が正しいこともあるわ」


カナからはそんな助言をもらうが、そのパッと思いついたものが使えそうにないのが問題なのだ。


「……わしに付けたい名前でよいのじゃぞ」


うなりながら考えている俺を、楽しそうに見つめていたハクが、ぽつり、とつぶやいた。

付けたい名前、と聞いてピンとくる。

なるほど、ハクにこうあってほしいという気持ちを乗せることができるのか。

責任の重大さをさらに強く感じると同時に、ハクからの想いに背筋がむずがゆくなる。


「じゃあ……。神楽、はそのまますぎるから。上倉、とか」


「……ふふ。そうじゃな、ありがとうなのじゃ」


「どういう意図なのかは、聞かなくてよさそうね。ハクには伝わってるみたいだし」


一番伝わったら恥ずかしい人です……。

顔が真っ赤になりそうだが、ハクは嚙み締めるかのようにしみじみと俺の付けた上倉カミクラ白狐シロコという名前を何度も繰り返す。

百パーセントバレてるよなあ、すごいはずかしめだよこれは。


「名前に恥じぬようにせんといかんなぁ……」


「顔から火が出そうです……」


こらえきれない喜びに頬がゆるゆるなハクに、これ以上は耐えきれないと顔を伏せる俺。

カナにはいまいち伝わっていないようで、俺たちの状況からは蚊帳の外である。

正直なところ、カナにも伝わっていたらこのままベッドにもぐりこんでふて寝しているところなので、まだ助かっている。


神楽とは、神道における重要な儀式であり、神座かむくらはその語源とされる。

つまりシントウと、カグラは切っても切り離せない関係にあるといえるわけで。

同じように、ずっと一緒に居てほしい、だなんて。

じゃらくさいネーミングを堂々と説明できるほど俺の心臓は強くないのだった。


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