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夏祭りのあとの話(その2)


ニヤリ、と意地悪な笑顔を浮かべた望は、それでいてつまらなそうな眼をしながら俺を見つめている。

単刀直入に言うのは、俺やハクのためではなく、ただ早く終わらせたいだけだという気持ちがその目からはありありと伝わってくる。

逆に言えば、下手に長引かせれば彼女の不興を買うことになるだろうが、俺としてもハクを待たせたくないのだからさっさと終わらせてくれたほうがいい。


「キミ、このままだとアレと一緒に死ぬことになるよ?」


望の言葉が、軽く思っていた俺の頭にガツンと響く。

確かに、何よりもまっすぐな言葉だ。

だからこそ、そう簡単に口に出していい言葉ではない。

いや、望が口にするからには何かしらの意味があるのだろう。

衝動的な感情に表情をゆがめた俺を見つめている望に、俺は話を続けてくれとうなずく。


「キミはこの数か月でずいぶんと変化してしまっただろう? その結果として、キミは……いや。アレは、キミと死ぬことを選ぶだろうね」


すさまじい勢いで登ってきた熱いものに、その勢いのすさまじさに負けてぶちまけ損ねる。

ハクをアレ呼ばわりしているとか、俺たちの問題に踏み込んでくるのはいい。

だが、ハクの決断を分かりきったように言う望に、俺は人生で初めて殺意に近い怒りを覚えていた。

あまりに強い怒りに、とっさの行動もなく望を睨みつけて、それを彼女は想定通りといわんばかりに受け流す。


「キミがどう思おうが関係ないよ。これは、ボクにとっては説明するまでもないほど分かりきった事象だからね」


「どういう意味だ」


そのままふざけたことを言い続けるのなら、このまま殴りかかるだろう。

こぶしを固く握りしめた俺に対して、望は淡々と説明を続ける。


「キミの変化について整理してあげようか。一つ、キミは死を恐れるようになった。一つ、キミは物事に真面目に向き合うようになった。一つ、キミは恋愛に対して前向きになった。それはすべて、キミが生きる理由を手に入れたからだと、僕は推理しているが……まあ、それはいいさ」


「……それの、どこが問題なんだ」


望の推理も、その結果も正しい。

間違いなくハクが居る影響で、俺は変化しているし、変化しようと努力もしている。

望は正しく現状を認識していることを理解した俺は、熱くなった息を吐きだして冷静さを保つ。

万が一にも、良かれと思ってなどと言うことがあってはならない。

それは、誰も幸せにならない。

ならばせめて、望の話は最後まで聞くべきだと判断した。

彼女ならば善意だけでの行動など起こさないだろうという確信があったから。


「全部だよ。キミは、確かにアレを理解しているし、尊重している、できている。でも、違うんだよ。ボク達はね、とんでもなくエゴイストで、ロマンチストなんだ」


「それは、お前の考えじゃないのか」


「アレとボクの違いはね、出力される行動だけだよ。望みをかなえた結果、アレは一緒に死ぬことを望み、ボクは全部殺すことを望むだけさ」


望の言い方は遠回しなように聞こえるが、その瞳はまっすぐにこちらを見つめている。

彼女なりに直接的に表現した結果なのは分かる、分かるのにその内容を理解できない。

ハクがエゴイストでロマンチスト。そうだとして、いったい何が問題なのか。彼女の望みはかなえていて、それなのに何故、望むのか。


「……どうして」


ただ一言、思考の渦から言葉がこぼれる。

聞きたいことが多すぎて、何もまとまらない。

ただ、それだけ聞いておかなければならない。


「かつてのキミは、真面目さが足りなかった。人生に対する真摯さが足りなかった。何事にも、諦めを感じていた。だけれども、それに救われたモノがあることに気づいている」


望の答えは、決して俺の疑問に答えるものではなかった。

ただ、言い聞かせるように、かつてのことを思い起こすように。

淡々と、しみじみと、世間話のように、警句のように。


「キミたちがどのような出会いを経ているのかは知らないよ。でもね、キミがそれをずいぶんと気にしていることは分かる」


俺は、何も言えずにその言葉を聞いていた。

呼吸を忘れるほど、その言葉を聞いていた。


「目をそらすなよ。アレがどうなろうとボクは知らないけど。キミは違うだろう?」


望の眼は、どこまでも真っすぐに俺を見つめていた。

それが何を見ているのか、今なら分かるような気がした。


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