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夏祭りに行く話(その4)


「神様かぁ。初めて会うかも」


「人間とはあまり顔を合わせんからのう」


石段を登りながら、のんびりとハクとの会話を楽しむ。

言葉通り、これから神様に会いに行こうという状況なのに、我ながらのんきなものだと唇の端を曲げる。

そんな俺の苦笑いに対して、ハクは眉をはねさせて反応した。


「ここの神様は格もそこそこじゃし、気の良いお方じゃ。のんきなくらいで丁度よいわ」


「へぇ、そんなものか。……ハクって、初対面じゃなかったっけ」


ハクが俺を慰めるような言葉を発するのはいつものことだし、さらりと聞き流してしまいそうになったが、夏祭りの話をしたときには神様の話をしなかった。

だからこそこうやって顔見せに来ているはずなのに、ハクはそれなりに知っている様子だ。


「ぬ? 初対面とは言っておらんぞ。ここら辺に住むことになったのじゃから、挨拶に行かねばならんと思っておったのじゃ。……これまでは、根無し草じゃったからな」


こてん、と小首をかしげて、かつての発言を反芻するハク。

彼女の最後のつぶやきを待たずにうなずきながらも、最後まで聞いてしまう。

初対面とは言ってない、というのは俺の早とちりとしても、知っているはずの神様について何も言わなかったのは、過去の関係があったからだ。

言いたくなかったのだ、ハクは。

階段を登り切り、境内に入ったのを切れ目に、一つ深呼吸をする。


「……いい人なんだね」


「その通りじゃ。おぬしのこともきっと、な」


俺が気付いたことがわからないほど、ハクは鈍くない。

白々しく彼女の人物評に追随すれば、ハクもそれに合わせて意味深な笑顔を浮かべて煙に巻く。

はたから見れば、なんとも迂遠で無駄な時間かと思われるだろうが。それでもいい。

一分一秒でも長く一緒にいたいというのは、誰しもが思うことなのだから。


「それで、こんなところで……イチャイチャと……?」


不意に聞こえた幼い声に、視線をゆっくりとむける。

そこにいたのは、ボブショートの黒髪と黒い瞳をした日本人形のように無表情の少女。

紅白の巫女服を着ていなければ、和風ホラーに出てきそうな見た目だ。


「……失礼、な。これでも、神様」


「オカルトには変わりない気がしますが」


あきれたようにため息をつきながらぽつぽつと話す少女の正体は、なんと神様だった。

……いや、ここまであからさまだと誰でも分かるだろうが。

何よりその正体を雄弁に語るのは、耳から生えた黄金色の耳と、背中に見える稲穂色のしっぽ。

ハクや、カナのそれらよりも、ずっと神々しさと恐ろしさが本能に伝わってくる。

感情の見えない黒い瞳に見つめられれば、なるほど格の違いをひしひしと感じてしまう。


「ネネどの……。のぞき見は趣味が悪くないかの?」


「うちに入ってきた……、そっちが悪い」


「それを言うのじゃったら、祭りの会場はすべてネネどのの家じゃろうに」


ネネどの、とハクが呼びかければうっすらと表情を柔らかくした神様は視線をそちらに向ける。

さらりと軽口をたたくネネと、それに応じるハクを見れば、気の良い神様というのは確からしい。

なんとなく呼吸が軽くなった気がして、なんとなく神様の意図は理解できたと思う。

試されたのだろう、……いい友人のようだ。


「それで、それは?」


「あ、初めまして。真藤懸と申します。ハクと、えーっと……お付き合い、させていただいています」


「……ん。私は、親じゃない」


ごまかしは無しで、まっすぐに言えば、神様は満足したようにうなずいて威圧感を収める。

何とかお眼鏡にかなったらしい。

心配そうな眼をしたハクに、大丈夫だよと微笑みかけて、安心させようとする。

しかし、ハクは複雑そうな顔をして、いくつかの感情をのぞかせた後で、やっと安堵したように肩を落とした。

あまりにも複雑な感情の揺れ動きに、ハクの考えたことはほとんどわからなかった。


「うむ……。そういうわけでの、しばらくはネネどのの庇護下におりたいのじゃ」


「いいよ。いつでもおいで」


「ふふ。助かるのじゃ」


パッと和やかな笑みを浮かべて、ネネに確認をとるハク。

それは挨拶というよりも事実確認のようなものに近いらしく、ネネも当たり前と言わんばかりにうなずいた。

気やすい仲、どころか、それなりに深い仲のようで、温かい雰囲気でそのまま雑談を始める。


「ハクは、元気そう」


「そうじゃな。心が穏やかじゃと、体にも良い影響があるものじゃ」


「そっか。何より」


言葉少なながらも久しぶりに会ったハクの様子を心配していたことがわかる問いに、ハクもまた安心させるかのように優しい声で答える。

木の葉のこすれる音が聞こえるほど、静かな空気の中で、二人の温かい声が行き来する。


「ん、ハク」


「ふむ? ああ、そうじゃな。おぬし」


「あれ、どうしたの?」


ふと、二人の会話に耳を傾けていた俺にハクが声をかける。

その前にネネが何かに気づいた様子だったが、こちらを見ていなかったので別に俺の関係ではないはずだ。


「花火の時間じゃろう。ここは見えづらいのじゃ」


「イチャイチャ、してくるといい。……ここ以外で」


「あ、そっか」


のんびりとしていたら、思ったよりも時間がたっていたらしい。

ハクの言う通り、ここは周りが木に囲まれており視界が悪い。

何より、明らかに音が静かすぎる。

ここの支配者であるネネの気質もあって、外界からの音は遮断されるのだろう。

彼女の言う通り、ここで花火を楽しむことはできないだろう。


「では、また来るのじゃ」


「これからもお世話になります」


ハクが軽く会釈したのに合わせて、俺も深く頭を下げる。

ネネは短く返答の声を返したかと思えば、最初からそこにいなかったように消えてしまった。

その瞬間から、祭りの喧騒が遠くに聞こえ始める。

良くも悪くも、人間味のない方だったな、などと考えつつ傍らのハクに視線を向ける。


「良いお方じゃろ」


「そうだね。人間にはちょっと辛いけど」


「む……。そういうものか」


ふわりと笑ったハクに苦笑しながら答える。

気さくな方なのは分かったが、あの神々しさはそう簡単に慣れそうにない。

ハクには分かりづらいのか、さかんに首をかしげながら不満そうにしている。


「でも、安心したよ」


その姿を見た俺の言葉に、考え事から意識を戻したハクが視線を向けてくる。

ハクと手をつないで階段を下りながら、俺はのんびりとした口調で続ける。


「ハクも、良い友人がいるんだね」


「友人……? そうか、そうじゃな。……うむ、良き友人じゃ、掛け値なしにの」


ハクは一瞬不意を打たれたように疑問の声を上げ、すぐに納得したように目を閉じてうなずいた。

俺も言った後で、そういえば人じゃないな、と思ったが訂正するほどのことではなかったようだ。


「ハク」


ドン! と、目を閉じて階段をおりるのは危ないとハクに言おうとしたところで、爆発音。

名前を呼ばれてこちらを向いたハクとしばらく顔を見合わせる。

祭りの終わりの合図は、思ったよりも早く来てしまったようだった。


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