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夏祭りに行く話(その3)

活気づいた人々の間を、ハクと手をつないで歩いていく。

ゆったりとした歩調で、出店を観察していれば、ふと気づいたことがあった。


「もしかして、人以外も混じってる?」


ぼんやりとしか見えないが、出店の店主や歩いている人々の頭や背中に白いもやが見えるのだ。

見覚えがあるな、と思ったら、いつぞや海水浴で見たハクの結界と同じ感覚だ。

あれよりは薄いが、間違いなく妖力のようなものだろうとあたりをつけてハクに尋ねてみたのだが。


「うむ。わしと手をつないでおるからな、おぬしにもわかるのじゃ」


想定の斜め上の回答が返ってきた。

別に、急に霊感に目覚めた、だなんて思っちゃいないのだが。それはそれとして、ハクと触れ合っていると影響があるのは初耳だし、初経験だ。

少し自慢げに開いた手で自分の顔を指さしているハクの頭をなでて、ありがとうと伝える。

これまでにそういった経験がなかったということは、ハクが何かしたのだろう。

多分、俺が変に気負わないように。


「よい、わしも窮屈なのは事実じゃからな」


「やっぱり、ハクも出してるんだ」


ハクの上に見えている元気な狐耳は、俺の幻覚かと思っていたのだが。

どうやら耳や尻尾を見えないようにすることは簡単らしく、変化の苦手なハクにもできるのだとか。


「普段ならば、完全にしまってしまうのじゃが。こういう場では気にせんでも良いのじゃ」


「そういうものなんだ、お祝いの場だから?」


「めでたい場というのは理由の半分じゃな。もう半分は、この場を提供しておる方たちのおかげじゃよ」


分かりにくい言い回しだが、ハクはどこか困ったような雰囲気だ。

この場を提供しているという言葉の通りなら、祭りの実行委員会かなにかのおかげかと思えるのだが、ハクがそういった人間のことを言っているようには見えない。


「つまり、神様がここを見張ってるわけだ」


「おぬしは……。わしのことでわからぬことなどないじゃろ」


今度は俺の方に矛先が向かってきた。

呆れかえったような、感心しきりのような、プラマイ0な温度の視線を向けられて、そんなことないよと視線を逸らすのが精いっぱいである。

もちろん、ハクについて分からないこともたくさんあるけれど、それは……。


「あ、金魚すくいだ。あれ気になってたんだ、やろう」


「はぁ。まあ、そうじゃな。今は祭りを楽しもうかのう……」


出店を指さして、優しくハクの手を引けば、完全に呆れた様子のハクが渋々とついて来てくれる。

何とか話題をそらすことに成功したが、後が怖くなっただけだなこれ。

気を取り直して、今は金魚すくいだ。興味があるのは嘘じゃないし、ぜひ楽しみたい。


「初めてなんだよね、やるの。あ、でも裏表があるのは知ってる。……どっちだろ」


これまでは体験だけしたくて、金魚を飼う気はなかったから、これが初めてだ。

今ならハクもいるし、金魚を飼ってみるのも悪くないかもしれない。

そう思ってのことなのだが、意外とポイが薄く、裏表以前にびっくりだ。


「浅い方じゃろ、こっちじゃな。正直、道具よりも動かしかたの方が大事じゃがな」


「動かし方? どんな感じ?」


ハクに持ち方を直されつつ、経験者らしき言動をしている彼女に質問をする。

こんな薄い紙っぺらで、本当に金魚が救えるのか不安なので、ハクの言うことを聞いてみたいのだ。


「一度見ておれ」


すっ、と右手で髪をかき上げたハクの美貌に見惚れかけながらも、何とか彼女の手元を注視する。

水を張った小さなボウルを右手で持ち直し、左手にポイを持っている。

いつになく真剣な、凪いだ瞳を少し細め、じっと金魚たちの姿を追う。

一度、まばたきをしたかと思うと、左手が緩やかに動く。

よどみなく、それでいてゆったりとした動作で、ポイを水に浸ければ、まるで知っていたかのように、泳いできた金魚がポイの端に引っかかり、ボウルに入れられる。


「わぁ……」


あまりにも鮮やかな手並みに、無意識に感嘆の声が漏れる。

拍手もしたかったが、俺の手にはポイがあるので無理だった。


「うむ。問題なさそうじゃな」


「それって、ちゃんと俺にもできるやつだよね?」


「もちろんじゃ。こんなところでズルはせぬ」


ジト目で俺を見つめてくるハクから目線をそらして空笑いをしてごまかす。

つい聞いてしまったが、今さらあんな嘘を信じているみたいになってしまった。

別に、それを聞いたところで何の意味もないのだから、今は金魚すくいをするべきだ。


「ほら、どうやったらハクみたいにきれいに金魚をすくえるのか教えてよ」


「しかたないのう……。コツは簡単じゃよ、こうじゃ」


シュッと半分しか濡れていないポイで空気を切り裂いて見せるハク。

水きりかな? と疑問符を浮かべている俺に対し、今度は逆方向に動かして見せた。


「……つまり?」


「自分でやってみよ、さすればわかるじゃろ」


考えてみても分からないなら、行動してみようとは、ハクらしくないことをおっしゃる。

ハクに逆らうわけもなく、自分でもポイで空気を切ってみる。

頭の上に丸っこい耳をつけた店主がいぶかしげにこちらを見ていて、少し気まずい。

だが、おかげでなんとなく意味は分かった。


「そっか、水の抵抗で破れちゃうから……」


「その通りじゃ。あとはあまり急がないことじゃな」


なるほど、確かにこれは体で覚えたほうが良いだろう。

ポイがどれくらいの角度で抵抗を受けるのかは、どうしても体で感じるしかない。

何度か試してみて、根拠のない自信を感じられるようになったし、準備は万端だ。

いよいよ金魚との対決だ。


***


「惨敗じゃな」


はい。惨敗でした。

ハクのもあわせて3枚ものポイが無残に散り、うなだれた俺の手には、ハクがすくいあげた3匹の金魚が入った水袋が下げられている。

ちなみに、ハクは3匹取った後、わざとポイを破ってリタイアしている。

実力差、感じますね。


「くく。かわいらしいのう。ほれ、元気を出すのじゃ」


いつまでもうなだれたままとぼとぼと歩いている俺を見かねてか、ハクが焼そばを買って来た。

自分でもあまりない姿だとは思うが可愛いというのはどうかと思う。

そんな文句を飲み込んで、ハクと一緒に焼そばを口に入れる。


「うん、普通」


「こんなものじゃろ」


ザ・出店の焼きそばって感じ。

二人して脳裏に浮かべたのは、海の家で買った焼きそばだったが、やっぱりあれがおかしいのだろう。

バキバキとキャベツを咀嚼しながら、時間を確認する。

歩いているうちに出店の端まで来てしまったが、時間はまあまあ、どうしようかといったところだ。


「花火までまだ時間あるね」


「であれば、ちょうどよいじゃろ」


そんな俺とは違い、ハクは何かしらアテがあるようだ。

何も心当たりがないので、ハクに続きを促せば、凛とした表情を浮かべて目の前の石段を指さす。


「神様にご挨拶じゃ」


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