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夏祭りに行く話(その1)


さて、いよいよもって耐えきれなくなってきた。

ちらりと右に目くばせすれば、なしのつぶてな様子のハク。

重々しくため息をついてしまいたいところだが、そういうわけにもいかない。

恐る恐る左を見れば、いつものような笑みを浮かべながらも、冷ややかな視線をただ前に向けている女性、望がいる。

明らかに重々しい空気に挟まれてしまった俺は、誠也が早く来てほしいと祈りながら、こんなことになった原因となる過去に現実逃避するのだった。


***


事の発端は数日前、俺の携帯に電話が入ったことだ。

ハクは食事後の片づけをしていてリビングにいない。

つまりはリビングにいるのは俺一人だったわけで。

特に気兼ねも気負いもなく、ひょいと携帯を手に取った途端に、それまでの軽さが嘘のように固まった。

表示されているのは、一条望というレアな名前。

おおよそマイペースの代名詞のような彼女は電話という行為を好まない。

相手につながるまで待ち、相手の都合に合わせて取る、というコミュニケーションに必要な妥協が存在しないのだから当然だろう。

……逆に言えば、こうしてかけてきた以上は出るまでコールし続けるだろう。

出ることを確定させてしまえば、あとはただの作業になるからだ。


「はい、もしもし」


「……ん。あぁ、思ったより早かったね」


渋々とベランダに出て通話をはじめれば、気の抜けた望の声が聞こえてくる。

もしかすると、誠也が電話を借りているだけじゃないかと思ったのだが、そんなことはなかった。

一縷の望みも絶たれて、少しげんなりした俺のことを何も気にせず、望は一方的に用件を話し始める。


「夏祭り、あるだろう? いや、あるんだが、せいやが誘ってくれたんだ。もちろんそれはとても嬉しいし、自慢したいのはやまやまなんだがね。今回はそういう用件じゃない、わかるだろう? つまるところ、キミたちも夏祭りに参加しに来てほしいのさ。無論、一緒にと言うほどワガママではないよ、ほどほどのところでキミたちはデートとしゃれこめばいい。どうかな、悪い話ではないと思うんだが」


「要するに、ダブルデートの当て馬になれと」


「理解が早くて助かるよ」


立て板に水な望の言葉を半分以上聞き流し、必要な部分だけピックアップしたが、どうやらあっていたようで、画面の向こうからは満足げな声が聞こえてきた。

いつになくテンションが高いのは、誠也にデートに誘われたことが嬉しいのだろうと予想がつくし、納得もできる。

ならば、なぜ俺たちと言う不純物を混ぜようとするのか、一瞬だけ考えようとして、どうせ無駄だと口に出すことにした。


「なんで、ダブルデートを?」


「建前は二つ、恋人の付き合い方と言うものは個人で違うらしいから一度比較してみたいこと。そして、キミにカップルとして先輩であるボクたちがデートと言うものを教えてあげようということ、だよ」


「で、本音は?」


「二つあるよ、聞きたいかい?」


「言う気がないなら最初からそう言え」


「クク、情緒がないじゃないか。程よいチラリズムこそ興奮の鍵だよ?」


トントンと、打てば響くような掛け合いをこなしながら、情報を整理する。

なんというか、今日の望は分かりやすくて助かるが……。

電話越しだからだろうか? それとも、望がわかりやすいように誘導している?

どちらにせよ、今のところ不都合はないし、気にしても無駄だが。


「本音について、話せるだけ話してくれ」


「ふむ、そうだね……。とりあえず、キミを害するような内容ではないよ。あとは、ボク個人の用件だ、せいやは全くと言っていいほど関係ないね」


「……俺を害することはないのは別にいいが。ハクは」


「そちらについては、分からない。今のところ情報が一切ないからね。とはいえ、キミと敵対することになれば、せいやに怒られてしまう。それはボクとしても嫌だよ」


眉間にしわを寄せて、少し考える。

あまり期待はできないが、同時にそこまで不安もない。

いくら望といえどもハクを本気で攻撃することは無いだろうし、万が一そうなった場合は俺との敵対は決定的になり、誠也も説教を始める可能性が高い。

そして、本気でない場合、ハクに危害を加えることは非常に難しい。

少なくとも、その能力は望にも誠也にもないことを、俺は知っている。


「……もしも、ハクを傷つけたら」


「待つんだ、急に視野狭窄になるんじゃない。ボクたちは人間だよ? キミだって、何の傷もなくそこにいるわけじゃあないだろうに」


「詭弁を使うな。そういう意味じゃない」


「そうかな? ボクにはそう聞こえなかったよ」


煙に巻くような、いつものしゃべり方に苛立ちを覚え、つい語気を強くしてしまう。

これでハッキリした、さっきまでの会話は茶番で、演技だと。

何のつもりか、さらに問い詰めようとする俺の先手を打って、望は話を続ける。


「ひとまず、だ。初対面から悪意を持つほどボクも単純じゃない。それはキミも知っての通りだ。わざわざ手間をかけて、誰かを傷つけようとするほど、ボクは暇じゃない」


暇じゃない理由は、誠也と一緒にいる時間が減るからだろうに。

どこかめんどくさそうな望の口調に、一つため息をつく。

ここで言い合っていても、何も解決しないと、俺の冷静な部分がなだめる。

どうせ、ハクと一緒に夏祭りに行くのは決めているのだ、覚悟を決めるしかない。


「わかった、わかったよ。そこまで強行するんだ、何かあったら覚えとけよ」


「まったく、交渉は苦手なんだよ? 嘘はつかないさ、必要もないしね。じゃあね」


不機嫌さをにじませた電話口に一方的に別れを告げて、望は電話を切った。

アイツに交渉という概念があったことが驚きだし、これを交渉と言っていいのかは疑問が残るが。

一つため息を吐いて、いっそのことハクが行きたがらなければ……などと罰当たりなことを考えてしまう。

部屋に戻り、微笑んで迎えてくれるハクに言えば、当然のごとく問題ないという答えが返ってくる。


その時はまだ二人は知り合ってすらいないわけで、理不尽だとはわかっている。

それでも、もしもハクが拒否していたら、もっと違う未来があったのかもしれないと、こんな状況になってから思うのであった。



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