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退魔師と尻尾についての話

ハクと一緒に台所に立った翌日。

そんな一大事があったせいか、俺はすっかり前日のことを忘れていた。


「あっ。いたいた、キミキミ。ちょっと一緒にお茶しない?」


昨日と同じく、黒髪ボブカットに眼鏡の女性に声を掛けられる。

昨日と違うのは、どう見ても俺を目標にしている点である。

今日は別に他学部に近寄っても居ないのに、まっすぐ俺の方に向かってきたのだ。


「今度は美人局ですか」


「ちがうってば! もう、名刺だけでもいいから、ね」


たしか、彩良と名乗った彼女は、今日も今日とて怪し気な言葉で、俺の心配をしている。

多分、心配しているんだろう、と思っておいた方が精神衛生上良いので、そういうことにしておく。

聞き分けのない子供に言い聞かせるような声色からするに、まあ間違いないのだろうが。

その心配がお門違いだと感じている以上、素直に受け取る気にはなれない。


「まあ、それだけもらっておきます。何かあったら、連絡すればいいんですね」


心配されているのを無下にするのは……、というわけではなく、これ以上付きまとわれると面倒なので、名刺だけ受け取っておくことにする。

名刺には、『妖怪退治から除霊まで 怪異専門退治屋 バスターズ』と書いてある。

ハクのことを知らなければ、見えないところでゴミ箱に入れていただろう程度には怪しさ満点だ。


「え、えっと。と、とりあえず。あんまり綺麗な女の人に貢いじゃだめだからね!」


「肝に銘じときます。では」


いきなり素直に受け取られて、逆にうろたえている様子はちょっと面白いが、鑑賞するのも趣味じゃない。

わたわたしているのを見るのは、ハクだけで充分である。

さっさと踵を返し、講義に向かう。

名刺を渡せたことで満足したのか、その日はそれ以上何ごともなく、講義を受けて帰ったのだった。


***


「すごくおいしいけども、すごくありがたいし嬉しいけども。普通に作るだけでいいから。ハクの手作りって時点で嬉しさメーター振り切れてるから」


家に帰ると、嬉々として作った食事を机に並べて、ハクが待ち受けていた。

自分の分を作った余り、と言ってはいるものの、明らかに日々視聴を続けている料理番組から知識を得て作ったに間違いない力作の数々。

流石に、毎日これを続けられると俺の幸福がゲシュタルト崩壊する。

あっけにとられたまま鞄を片付けて、いただきますと食べ始めたは良いものの、やはり言っておかないといけないだろうと出たのが、先の言葉である。


「そうじゃな。実を言うと、わしも途中から思っておった」


ハクも反省したように眉を下げながら同意する。

一応言ったとおりに、自分の分もちゃんと作っているわけだが、手の込んだものだという自覚はあったらしい。

これで俺の分しか作ってなかったら、気づいていない可能性があったのが恐ろしいところだ。

ただ、毎日はやりすぎだとは思うのだが、これまで食べたものの中でも断トツで美味いので、たまには作ってほしいというのもなやみどころ。


「祝い事のある日なら、ぜひ食いたいな」


「それがよかろ。今日は料理解禁記念日という事じゃ」


しれっと、欲望を混ぜたつぶやきに、ハクも同調する。

……確かに、ハクが料理を作りたがっているのを止めてはいたが。

禁止とまでは言っていないのに、記念日にするほど嬉しかったのだろうか。


「それは……、それでいいの?」


「やっとまともに恩返しができるのじゃから、喜ばしい事じゃよ。これが毎日できれば、わしも落ち着いて居着けるというものじゃからな?」


「とっても、大切な日だな。うん」


ジトっと抗議の目線を向けるハクから目をそらしながら、大きくうなずいて同意する。

ハクも交渉というか、俺の扱いが上手くなったもので。

そんなやり取りをしつつ、人生で最も豪華な晩餐を食い終わる。

随分と楽しそうなハクの様子からするに、これから何度も更新されそうだが。

ハクと一緒に食器の始末を済ませて、食後の一休みをし始めたときに、昼間のことを思い出し、ポケットから取り出した名刺をどうしようかと眺める。


「ん、なんじゃ。名刺か」


「そうそう、昨日言ってた退魔師の人からもらった」


どれ、とのぞき込もうとするハクに名刺を渡す。

内容を読み始めたハクを置いて、干してあった洗濯物を取り込み始める。


「バスターズ……? 聞いたことが無いのう。新しいところじゃな」


「やっぱり、そういうのと繋がり有るんだ」


カゴに洗濯物を入れて、リビングに戻り、ハクのつぶやきに反応する。

名刺を眺めながら、首をかしげている様子からするに、普通は知っているものなのだろう。

まあ、あんな若い子を雇っている時点で、古いところとは思えないが。


「そうじゃな。そういえば、昨日は退魔師の話をしておらなんだわ。いい機会じゃし、少しばかり説明しようかのう。心配じゃし」


「それは、どういう意味で」


「もちろん、わし以外の妖狐にたぶらかされんように、じゃよ」


悪戯っぽく笑いながら、茶目っ気を込めて言うハク。うーん、心当たりしかない。

実際、信頼は全くないと思われるので、おとなしく説明を受けることにする。

ハクを一目見ただけで、メロメロになっているのだから、自分でも危機感はあるのだ。


「昨日も言うた通り、同族であろうとも、ルール違反は厳罰じゃ。じゃが、やはり限界というものはあるでの、言うなれば警察のような働きをしておる。さしずめ、わしらは自警団じゃな」


「警察。ということは、信頼が大切なのでは」


「うむ、当然じゃな。わしらとて、信頼のおけぬ者らに糾弾されても、まともには受け取らん。が、退魔師というものは力がある。名の通り、退魔の力じゃな」


名刺をひらひらとさせながら、普段通りの口調で話すハク。

目が遠くを見つめているのは、思い出しながら話しているのか、それとも。

じぃーっと見つめていると、居心地が悪くなったのか、こほん、と咳払いをして、さらに話をつづける。


「退魔の力のせいで働き口を失い、生活ができんくなった妖狐、という話は少なくない。ゆえに、こうやって新しい退魔師が出ると、わしらもその動向を注視するわけじゃ」


「つまり、名刺を持ってきたのはありがたい、と」


「そういう事じゃ。ま、今のわしは妖狐ネットからは外れておるゆえ、信頼できるものにたくすがの」


妖狐ネット。すごくモフモフしてそう。

というのはおいといて、妖狐独自の情報網、という奴だろうか、人間社会に適合するためにいろいろとしているんだろうな。

ハクが外れているのは、行き倒れていた時点からだろうから、たぶん俺とは関係ないのだろうけど。

それはそれで、なんで外れているのか気になる所ではある。

尻尾をぱたぱたと、手持ち無沙汰に振っている様子からするに、それほど重たい理由でもなさそうだが。


「なんじゃ、洗濯も任せる気になったか?」


「ご遠慮します」


考えごとをしながらハクを見つめていたら、取り込んだ服をたたみかけのままで放置してしまっていた。

からかうように声をかけて来たハクにキッパリと答えつつ、急いでたたんでいき、サクサクとタンスにしまう。


「少しくらい良いではないか」


「いや、ハクは洗濯物無いんだから、完全に俺の仕事じゃん」


どうも、ハクは妖力で服を作っているらしく、毎日柄が変わるわりに洗濯物が無い。

今はスミレ色が下に行くにつれて濃くなるグラデーションが入った着物で、袴を着けておらず、いわゆる着流しに近い着こなしだ。

晩御飯も食べたし、だいぶラフな格好という事だろうか。


「むぅ。そうなると、わしも何か着るか……」


「コーディネートの時間です? あ、でも俺はそういうの疎いんだよな」


もっぱらチェックのネルシャツとジーパンのどこにでもいるような大学生スタイルである。

当然、女性のコーディネートなんて、考えたことも無いな。

というよりも、ハクに和装が似合いすぎてて他の姿を想像できない。いや、最初の寝間着はワンピースだったか。最近浴衣だから忘れてた。


「なぜ、恩返しの相手から着物を買われねばならんのじゃ。常識で考えんか」


「少しぐらい貢がせてくださいよぉ。あ、そういえば貢ぐなって言われてたな」


おごる気満々なのが伝わったのか、呆れた表情をするハク。


「ぬ、ああ。退魔師にじゃな? まあ、悪い狐に引っかかれば、すっからかんになるまで貢がされるじゃろうからな」


「ハクは良い狐だから、何も問題はないな。……そういえば、あの退魔師はなんで俺が狐と一緒に居るって分かったんだろうな?」


片づけを終え、ハクの向かいに座りながら、疑問に思ったことをそのままこぼす。

ハクと一緒に暮らしていることは、誰にも言ったことが無いわけで、どこから漏れたのだろうかと疑問に思うのも仕方のない事だろうと思ったのだが。


「そりゃあ、わしが尻尾を出したまんまじゃからなぁ」


それに対して、特に疑問にも思わなかった様子のハクは、テレビの電源を付けながら何でもないことのように言った。

尻尾、確かにハクは尻尾を出しっぱなしにしている。

隠すことはできるらしいが、疲れるらしい。

何より、俺が嬉しそうなこともあって、俺の前でとりつくろうことも無いだろうということで、家では出しっぱなしなのだが。

それが退魔師に目を付けられる原因になるとな。


「なんで?」


ぐりん、と首をひねりつつ、説明を求めると、ハクはなんのことかと一瞬目をぱちくりとさせる。


「ん? あー、そうか。簡単に説明すると、わしらの尻尾は妖力の塊なんじゃよ。ほれ、尻尾の多い妖狐は格が高いとよく言うじゃろ」


「なるほど、そういう理由なのか。えっと、俺は常時妖力の塊と触れ合ってるから……?」


「分かるものには分かる、という事じゃな」


なんと言えばいいのか、うまい言葉が出なかった俺の言葉を引き継いで、ハクが締めくくる。

だって最初に出てきた言葉が残り香だもん。

俺はそれでも嬉しいけども、あまり女性に使う言葉じゃないだろう。

そんな言葉しか思いつかないから女の気持ちに疎いのだと自戒する。

ハクはそんな俺の様子に気づかぬまま、テレビの方を見続けながら、尻尾の存在を示すように振っている。

猫じゃらしを見る猫のように、視線を左右に振りながらそれを追いかける。

心なしか光っている気がするほど美しい、曇りなき純白の尻尾。

これが力の源、というのも納得できるほど神秘的で、目を引くものだ。


「そういえば、尻尾触ったことないな……」


「そう……、じゃな。うーむ……」


しんみりと言った俺の言葉に、ハクは一瞬首をひねって否定しようとするも、そういえばといった様子で上を向く。

そのまま、うんうんとうなりながら固まってしまう。

くるん、と尻尾が頭の後ろで丸くなっている様子からするに、随分と悩んでいるらしい。

触らせるのを悩んでいる、のは分かるのだが、嫌がっているという風ではない。

せわしない狐耳からは、触らせたい、自慢したい、という気持ちがにじみ出ている。


「もしかして、尻尾って見たままの感触ではない?」


「まさか、見た通りモフモフじゃぞ。手入れは万全じゃからな」


ドヤア、と聞こえてきそうなほどの顔で、自分の尻尾を抱えるハク。

見るからに触り心地が良さそうに彼女の手の中で尻尾がモフられる。

となると、がっかりする可能性は無いわけで、しかし、触り心地が良い、自慢の尻尾をいたずらに触られたくないのならわかるのだが……。

やはり、触らせたがっているのに悩む理由が分からない。

何だったら、それを恩返しにと率先して尻尾を差し出してきそうなものだが。

ハクと一緒に首をひねりながら悩んでいると、おずおずと話し始める。


「ただ、そのじゃな……。わしらにとって尻尾は、とても大切なものでな……、ゆえに、相手の尻尾に触ったり、触られたりするのはじゃな……。いわゆる、前戯にあたるのじゃ……」


「ふむ……?」


前戯。前戯ぜんぎとは、性行為の一部をなす行為である。性交に先立って、互いの興奮を高めるために行われる行為全般を指す(Wikipedia)。

……ハッ、あまりの衝撃に脳がウィキペディアに接続されてしまった。

宇宙を感じた猫のようにぽかんとしたあほ面をさらしつつ、何度もハクの言葉を咀嚼する。

いや、どう咀嚼しても前戯は前戯だわ。ハクも顔真っ赤だし、それ以外だったら逆に驚きだわ。嘘ついた、どっちにせよ驚きだわ。


「おぬしは、そういうのが苦手じゃろう?」


恥ずかしそうに顔を真っ赤にしつつも、心配そうに上目づかいで俺を見つめる。

男を勘違いさせそうな仕草ナンバーワンは間違いないが、ハクの言葉に正気を取り戻す。

彼女の言う通り、俺は性的な行為が苦手である。

厳密に言えば、生身同士の性行為がダメで、いわゆる創作物、二次元作品であればそれはそれとしてオーケーである。俺だって男なので、ナニもしないでいることはできないのだ。


「……確かに、その通りです」


ハクに知られているのは、恩返しの手段としてそういった行為をしないようにと説明しなければならなかったからである。

理由までは話していないのに、ちゃんと覚えていてくれるとは。

嬉しさにグッと息を詰めながら、ハクの問いに答えたとはいえ、やはりそれとこれとは話が別である。


「ただ、ハクの尻尾を触りたいのも、事実。ハクも触らせたいんじゃない?」


「むぅ……。それは、そうじゃ。おぬしに――」


読み取った感情に間違いはなかったようで、小さな声で首肯してくれる。

モフリ、と途中からは尻尾に顔を突っ込んでしまって聞こえなくなった。

心なしか、毛量が増えているような気さえするほど、彼女の顔をすっぽりと包みこんでしまっている。

きっと真っ赤になっているに違いないが、人間のように耳から感情を読み取るのは難しい。ことさらに、今のようにぺたりと伏せている状態では、全く分からないに等しい。


「ぬ……。そうじゃな、半分じゃ」


「半分、とは?」


「先っぽから、半分だけ……触ってもよいぞ」


その状態でしばし、何とか考えがまとまったのか、赤みの残った顔を上げる。

自らの手で、半分辺りを握りながら、尻尾をこちらに差し出す。

半分なら良いらしい。何が良いのかは分からないが、たぶんデリケートな話だろうから聞かない方がいいだろう。


「失礼します」


せっかくハクが覚悟を決めてくれたのだから、こちらも覚悟を決めねば無作法というもの。

ハクの気が変わらないうちに、そっと手を伸ばす。

できる限り慎重に、しかし素早く、そして優しく、白く輝く尻尾の先っぽをつかむ。

瞬間、雲をつかんだかと思うほどの柔らかさが手のひらをつつみこむ。

同時に、清流に手を入れたかのような涼しさが、指の間を通り抜けていく。

いくら指を沈めてもすべて柔らかく受け入れ、なでるように動かせば草原を吹き抜ける風のようにさわやかな余韻を残していく。

モフモフでありながら、サラサラな毛並み……!


「ん、ふにゅ。……ふぅー」


尻尾に夢中になっている俺の耳に、ハクの可愛い声が突き刺さる。

様子を見れば、目をしっかりと閉じ、右手を口元に当てて、漏れそうになった声を噛み殺し、大きく息を吐く。

その様子を見て、この極上の感触をもっと触っていたいと叫ぶ本能を無理やりに黙らせ、できる限りの速さで手を引きはがす。


「むぅ? なんじゃ、もうよいの……。なんじゃ?」


歯を食いしばっている俺を見て、いぶかし気な声を漏らすハク。

なんだか悟りを開けそうな心持ちの俺は、そっと手を合わせ、感謝の気持ちを全力で示す。


「ありがとう、ございました……っ!」


「いや、何を。ってなんじゃ! 泣いておるのか?」


大の男が鳴き始めたのを見て、ワタワタとするハク。

ワタワタとしながらも、的確にティッシュの箱を差し出し、背中をさすってくれる。

やばい、優しさにまた涙が出そう。

差し出されたティッシュを受け取って、涙を拭きとり鼻をかむ。

いやー、自分でもびっくり。人間って素晴らしいものと出会うと涙が出るのってマジなんだね。


「……つまり、わしの尻尾の触り心地が素晴らしかったから、涙が出たと言うんじゃな?」


「だって、ハクが大変な思いをしてると思ったら、つい」


呆れたようなハクの追求に、言い訳がましい言葉を返してしまう俺。

尻尾の手入れはもちろんのこと、俺に尻尾を触られてあんなことになるなんて……。


「ええい、良いと言うておろうに。実際に半分までならば前戯には入らん。じゃから……、その……」


口ごもるハクを、首をかしげて見つめると、耳をぺたんと伏せて言葉を続ける。


「……わしも、触ってもらえて……。嬉しかっただけじゃ……」


ふい、とそっぽを向きながら尻尾を振る。

その姿から、嘘は見当たらない。

……さすがに、その意味が分からないわけではないにせよ。


「また触ってもいい?」


「もちろんじゃ……。半分までじゃぞ?」


「もちろん」


冗談めかしたように答えるハクに、何かを言うのは野暮というものだ。

極上のモフモフを心ゆくまで堪能するのは、ずーっと後の話だろう。

それはそれとして、ハクの尻尾をまた触ってもいいという事実が、今は大切なのだ。

キラキラと目を輝かせる俺を見て、ハクは嬉しそうに笑うのだった。

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