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胸の中の孤独の話


特に何事もなく、望との友人関係を承諾した後は早々に退席し。

予定よりもずっと早い時間にハクの待っている自室へと帰ってきたのであった。


「ただいまー」


「おかえりなのじゃー。早かったのう」


ハクはキッチンから返事をして、そのまま話しかけてくる。

いつものようにリビングでお茶を飲んでいるものだと思っていたのだが、もしや夕食の準備をしていたのだろうか。

顔を出してみれば、案の定というべきか我が家で一番大きい鍋に向かっているハクの姿。

思わず複雑な表情をしてしまった俺を見て、何も気づいた様子もなく首と尻尾をかしげるハクを見ていると俺のほうが間違っているのかと思ってしまうが。

無言のまま冷蔵庫を開けてみれば、朝には無かったはず食材がそれなりに詰められていた。


「別に良いじゃろ。おぬしとて働いた後なのじゃし……」


俺が何を言いたいのか察したらしく、すねたような声で言い訳を始めるハクに毒気が抜かれてしまう。

別に責めるつもりはなかったが、いったい何だと思っているのか。


「もしバイトしたとしても、時間中はほとんど横になってるって言ったじゃん。疲れたりお腹空かしたりするようなことはないよ。ハクの料理はすごく嬉しいけど」


「ならば、このまま作り続けてもよいんじゃな」


「量は加減してね」


パッと顔を輝かせたハクの可愛さに微笑みつつも、冷蔵庫の中身をすべて使うようなことはやめてほしいと釘をさしておく。

俺だってハクの料理であればたくさん食べたいが、この時間から晩御飯までフリーにさせた場合に完成するであろう料理の量を食べきれるとは到底思えないのである。


「……そうじゃな、買いすぎたかもしれぬ」


俺の言葉にキョトンとした様子で何度か瞬いた後、耳を倒れさせて後悔した様子を見せるハク。


「ハク?」


目を伏せて何かを考え始めたハクの様子にぎょっとして、俺は思わず名前を呼ぶ。

細かく観察する余裕もなかったが、少なくともそれを続けさせるのはまずいという直感に従ったわけだが。

耳を立たせた後、ゆっくりと視線を上げたハクと目を合わせれば、なんとなく分かることもある。


「……なんじゃ?」


彼女にしては珍しく、感情を隠すのに手間取ったのも含めて、俺のすべきことを考えてみる。

というよりも、ハクの表情を見た時点で、やることは決まっていた。

料理についても一段落ついたところらしく、コンロの火は止まっているし、包丁も持っていないので、全く障害はない。

つまり、俺が覚悟を決めればよいだけの話。


「な、なんじゃ……?」


無言のまま一歩近付いてきた俺に困惑するハクの声を聞き流し、腕を伸ばす。

霊力でできた和服の手触りは非常によく、その腰つきは何とも言えないほど細い。

前回の感覚でできるだろうという確信はあったが、実際にやってみると思った以上にすんなりといった。


「な、何をするんじゃ!」


ぽこん、とコミカルな音がしそうな強さでハクの拳が俺の頭に落ちてくる。

低身長を自負する俺だが、ハクの身長はそれよりも低いので、新鮮な気分になる。

それ以前に、彼女の腰を抱いて持ち上げているこの状況が、前代未聞なのだが。


「嫌じゃないなら、別にいいじゃない」


「これでは、まるで童ではないか! わしはおぬしよりも年上じゃぞ!」


「いやー、さすがにお姫様抱っこは……」


「そんなことは言うとらんわ!」


声を荒げながらも一切抵抗をすることなく、言葉と行動がちぐはぐな状態のハクにテキトウな返事をしつつ、リビングまでそのまま連れていく。

少しずつ静かになっていったハクにこれ幸いと、そのままソファに座る。


「……なぜ、このようなことをしたのじゃ」


ハクが俺の肩にもたれかかったまま、落ち着いた声で問いかけてくる。

その声色はいつも通りで、体で感じるハクの呼吸が深く、リラックスしているのを確認する。


「寂しそうだったから」


端的に、俺の感じたことをそのまま口にする。

彼女が深く息を吸い込んだのを感じて、腕に力をこめる。

逃がさないためではなく、ここにいることを伝えるために。


「……おぬしは、ほんとうに」


「ふふ、自覚はしてる」


ハクは絶対に、続く言葉を口にしない。

何故かは聞いたことがないし、知らないけれど、たぶん彼女の優しさの表れなんじゃないかなと俺は勝手に思っている。

それに、言わなくても分かるので、特に気にはしていない。

本当に底抜けの阿呆なのは、百も承知だから。


「大丈夫なんじゃろうな」


「んー、五分五分」


「ダメみたいじゃな」


「でもちょっと惜しい」


「離さんか。話しづらいわ」


ちぇー、と抗議の意を示しつつも、おとなしく腕から力を抜く。

ハクはするりと躊躇なく抜け出して、俺の隣に腰を下ろした。


「少しはマシになった?」


「さあ、の」


俺は冗談めかして答えるハクの目をのぞき込んで、大丈夫そうだなと胸をなでおろし、昼下がりのリビングに落ちた日の光を視線でたどるフリをして、彼女から目をそらす。

根っこから治すことは期待していないし、多分ハクもそれは望んでいないわけで。

結局のところ、俺にできるのはひと時の寂しさを埋めることだけなのだろう。


「おぬしは、おぬしのままでよい。わしの問題なんじゃから」


「それは間違いないけどね。やっぱりハクの痛々しい姿は見てられないからさあ」


「それは」


ぽつぽつと諭すような声が不自然に途切れる。

ハクの尻尾が恐る恐ると言った様子で俺の腕に触れてきたので、ハクの方に視線を向ける。

ジッ、とルビーのように澄んだ赤色の瞳が、強く真っすぐに俺を射貫く。


「わしも、同じじゃよ」


ハクは硬い意志をにじませた声で言ってくれたのに、俺は申し訳ない気持ちを抱えて視線を逸らすことしかできなかった。

よく知っています、と明かせばこれまでの行動を詫びなければならないし、分かりました、と受け止めれば彼女にばかり負担を強いることになる。

彼女も言った通り、結局は自分の問題なのだ。

ハクは愛情が欲しくて、俺は愛情が怖くて。

俺はハクが第一で、ハクは俺が第一で。

ハクは俺のために愛情を我慢して、俺はハクのために愛情を我慢する。

似たもの同士と、人は言うのかもしれないが、一番大事な胸の中の奥底が全く違うことを俺たちは互いに知ってしまっている。


「わしは、料理に戻るゆえ。ゆっくりしておれ」


そういって立ち上がったハクに、何かできることがないかと考えて。

今はそっとしておくしかないのだと、結論を出すのにそう時間はかからなかった。

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