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マッドサイエンティストの話


フルネーム、一条望。

俺と同じ大学に通う一年先輩であり、俺の友人である神木カミキ誠也セイヤの恋人であり、マッドサイエンティストである。

しかも、ただのマッドサイエンティストではなく、世界を変えかねない、本物の天才。


「だから、国から監視されてるんだよね。研究室も与えられてるけど、ただの隔離施設だし」


「なるほどのう……。おそらくは、先祖返りじゃろうな」


「先祖返り」


ハクが思わず漏らした言葉を復唱して、その意味を考える。

確かに、言葉自体は聞いたことはあるものの、何の先祖返りなのか、あるいは、どんなところが先祖返りなのか分からないことには、望の話につながらない。

さっぱりわからない俺は首をかしげるが、ハクは顎に指を添えて考え込んでいるので望み薄だろうか。


「わしらのような、妖怪の先祖がおるんじゃろう。そして、妖力の代わりに何かしらの能力を持つようになることがあるのじゃ」


「能力……。まあ、あの頭脳は超能力と言われても納得できるけども」


と思ったら無意識なのかハクは話を続けてくれた。

妖力の代わりに何かしら、ということについて例を挙げるのならば、ハクは妖力を使うことで身体能力を底上げできるし、頭脳を対象としたとしても根本的には同じだろう。

そうだとしても、あの頭脳はやっぱりおかしいと思うけども。


「それで、その国に監視されておる望とやらが、なぜおぬしの雇用主になるのじゃ」


少し視線を上げたハクが、俺の目を見る。

ほぼ詰問に近いその語気からは、言い逃れをさせないという強い意志を感じるが、しかし、その視線は責めるというには柔らかい、懇願するような色をまとっている。

ハクからすれば、心配で仕方ないだろう気持ちは分からなくもないし、俺だってここまできてごまかすようなことはしない。


「重要なのは、研究室を持ってるってところだね。実質は隔離だけども、名目上は教授や研究員と同じ扱いなんだ。それも、かなり高位の」


「実験の名目で人を雇える、ということじゃな。要するに、人身御供じゃろう」


「まあ、そうなるねぇ」


俺が出した少しの情報でそこにたどりつくとは、さすがにハクは話が早い。

ハクの言う通り、言い方、あるいは見方を変えれば、天才の勘気に触れないためにささげられた人柱でもある。

望自身も、実験を好きにしていい環境を与える代わりに実験内容は報告してねってことらしいよ、とはっきり言っているわけで、どのような実験が俺に対して行われようとも、何が起きようとも、報告さえ行っていれば、彼女にそれ以上の義務は発生しない。


「じゃからか」


「だから、だねぇ。そしてあちらも、それを知ってるんだ」


ほんのりと、悲しみをにじませながらつぶやかれた一言に同意する。

望と出会った時の俺は、まだハクと出会っていないときの俺なわけで。

人身御供として、合法的な手段でそちらに向かえるのならば、当然のごとく二つ返事での参加だったし、望も一目見た時点からそれを分かっていて誘いをかけてきた。

特に言うまでもなく、今となっては理由なぞ無いに等しいわけだが。


「ならば……」


ハクが言いかけて、ゆっくりと滑らせるように視線を外す。

言いたいことは、十分にわかるし、言わなかった理由ももちろんわかる。

続きを引き継ぐこともできる、が。


「ぶっちゃけて言うけど、危険性はほぼゼロだよ」


残念ながら、とは口にしないでおく。それは今となっては必要のない言葉だ。

ぱちくり、とあっけにとられたようなハクの様子を見ながら、俺は苦笑して言葉を続ける。

ゆっくりとかみ砕いて、ハクの心配を少しでも溶かせるように。


「望はね、誠也が嫌がることを絶対にやらない。それはすなわち、望が自分らしくいられなくなること。彼女は、自分の薬に対する絶対の自信を持っているからこそ、俺を実験台にするんだよ。そして、自信を失うことは望にとって、誠也にとって、もっとも嫌なことになるんだよ」


失敗しないからこそ、天才なのだ。天才だからこそ、一条望なのだ。一条望だからこそ、好きなのだ。

俺の数少ない友人である誠也が、いつか何でもないことのように語ってくれたことを思い出しながら、それを整理してハクに伝える。

今なら、かなり熱烈な告白だと分かる。

だって、俺も同じような想いをしているから。


「随分と、熱いカップルのようじゃな……」


「もうすぐ籍を入れるなんて話もあるくらいだし」


「……ほう」


彼ら自身から聞いた話をつい漏らしてしまい、それを聞いたハクがピンと尻尾を立てる。

ハクの言わんとすることをその様子から感じ取った俺は、失言だったなぁ、と頬を書いてごまかそうとする。

当然、ごまかし切れるわけもなく、ハクの視線は圧を増すばかり。


「……ブーケ、取れるといいね」


ついに根負けした俺は、できる限り迂遠な答えを探し出すことになった。

その答えは満足のいくものだったのか、ハクはニッコリと幼げな笑みを浮かべてうなずく。


「まあ、よかろう。ひとまずは、おぬしにその意思がある事で十分じゃ」


仕方なし、と言わんばかりの言葉を漏らしながらも、ハクの表情や仕草からはこらえきれんばかりの喜びが読み取れた。

その様子に一息ついて、胸をなでおろす。

しかし、ハクは喜びに浸る途中で思い至ったかのように、再び表情に不安を映して口を開く。


「……その気は、無いんじゃろ?」


唐突ながらも、その言葉の裏は探るまでもなく、少し昔の俺を思い出すばかりだ。

尻尾を力なくたれ下げて、じっと大人びた瞳でこちらを凝視してくるハクに、俺は優しくうなずく。


「無いよ。俺も、ハクと同じ気持ちだから」


その気持ちを証明するかのように、ハクの頭に手をのせる。

柔らかな狐耳がぺたりと伏せられ、俺の手を受け入れる。

絹糸のように細く、つややかな髪を指の間に通しながら、彼女の頭をなでる。

目を閉じて、俺の手の感触を確かめるハク。


「大丈夫、大丈夫だよ。俺は……」


「その先は、……よい。分かっておる、分かっておるのじゃ」


ハクは、優しくも断固とした声色で、俺の言葉を断ち切った。

確かめるように、かみしめるように、言い聞かせるように、二度繰り返した言葉にどれだけの思いを込めても、本当の想いとはほど遠いことは、分かっている。

言葉を遮られた俺は、それ以上の言葉は無駄だと感じて、ただハクの頭をなで続けた。


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