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友人についての話

トントントン。

台所から聞こえる包丁の音に心を躍らせながら、モップで廊下の掃除を続ける。

なんだかんだで一人で家事をしていたころと比べれば、格段に楽になったし時間も有効に使えるようになった。

特に今日のような買い物帰りだと自分で料理を作るだけで手いっぱいになる。

帰ってきたら晩御飯を作って、食べて、お風呂に入ったらほどほどに寝る時間が来る。

こうしてハクが料理を作っている間に洗濯物を取り込んだり、掃除をしたりできるようになったのも、やはりハクのおかげ。


「おぬしー、皿を出してくれんかー」


「はーい」


ハクに呼ばれたのでモップを片付けて台所に向かう。

前掛けエプロンを付けたハクが、鍋をお玉で掻き回している姿に、思わず笑みがこぼれる。

お玉を回すたびに尻尾もゆらゆらと揺れていて、可愛いが過ぎる。

にやけ面のまま食器棚を開けようとすると、自分の平凡な顔がガラスに反射する。

流石に情けなさすぎるので、なんとか顔を引き締めようとしかめっ面を作る。


「どうかしたのか?」


そんなことをしていたら食器棚の前で立ち尽くしているように見えたようで、ハクの尻尾が背中に当てながら心配された。


「いや、今日もハクは可愛いなぁって」


「なんじゃ、いつも通りじゃったか」


呆れたような、ほっとしたような声とともに、背中から尻尾が離れる。

モフモフの感触はおしかったが、それを言ったら声からほっとした要素が抜かれて呆れた要素が10割増しになるだろうから控えておく。

食器棚の上の方から皿を取り出す。

俺も身長が高い方ではないが、ハクはそれに輪をかけて低いので、上の方にある皿を取れないのである。

ある程度下の方に移動させているけども、容量にも限界があるので仕方ない。

ちゃちゃっと皿を用意すると、ハクは慣れた様子で料理を盛りつけていく。

あとは二人で机に移動すれば、いつも通りに晩御飯の準備が完了する。


「「いただきます」」


ちゃんと唱和して、箸を持つ。

ハクの料理は相変わらず美味しい。

これを二日に一回食べられるとは、我ながら幸せ者だなと思えるわけだ。


~~♪


「うお、なんじゃ?」


「あれま、珍しい。誰からだろ」


もぐもぐと、ハクと会話をしつつも一心に食べ進めていたところに、邪魔が入る。

机の上に置いていたスマートフォンから着信音が鳴り響いたのである。

ここ最近どころか、俺に対して電話をかけてくる奴なんてそんなにいない。

数少ない友人の誰かだろうかと、いぶかしみながら確認する。


「げ、アイツか。なんでだよ。うーん……切っとこ」


「良かったのか?」


「後でかけなおすから大丈夫でしょ。アイツが俺に急ぎの用事をかけてくるわけ無いし」


発信主を確認して、たぶん急ぎの用事ではないと判断して切る。

これでアイツも今は取れないと判断するだろうし、特に問題はない。


「そういうものじゃったか?」


「まあ、アイツが先にやり始めたことだから……」


あれはいわゆる変人なので、他の人にはさすがにやらない。

やるとしても何もせずに放置するだけである。


「ふぅむ? まあ、友人がおるのは何よりじゃな。おぬしからそういった話を聞くのは初めてじゃ」


首をかしげながらも、相変わらず親のような視点で話すハク。

友人は少ないし、話題にすることも無いから心配されていたのだろうか。

とはいえ、話題にするほどかかわりがあるわけでもない。


「学部も違うし、何だったらここ一か月は会ってないからね。アイツも忙しかったんじゃないかな」


「……友人は大切にせんといかんぞ?」


「いやー、これはこれで最適な距離感だと思うよ? アイツの庇護対象に入ってるっていうだけで随分な特別扱いだし」


「なるほどの、そういう人物じゃったか。であれば、まあよいのじゃが」


耳を伏せながらそんなことを言われると続きが気になってしまう。

あるいは、つい言葉が乱暴になったのがまずかっただろうか。

どうしてもアイツに対して丁寧に接する気が起きないので、ずっとこんな感じだが、ハクと比べるとぞんざいに扱っているように見えたかもしれない。

そう考えると、ハクが言いにくそうに目をそらすのも納得できるというものだが、やっぱりハクと比べると大体のことは優先度が低いので、そう見えても誤解ではないのが悲しいところ。


「いやなに……。もしや、わしに構っておるせいで……。と思うてな」


「ああ、そんなことか」


「そんなこととはなんじゃ。わしにかまけておっても、おぬしの人生にプラスになるようなことは無いんじゃぞ」


少しムッとしたような表情でまくしたてるハク。

語調がきつくなっているのは珍しいが、その内容は結局俺のことを心配するものなわけで。

色々とおかしくなって、クスクスと笑ってしまう。

それを見て、眉間にしわを寄せて頬を膨らませるハクがまたおかしくて、さらに笑う。


「ふふ、ははは。もう、ハクは考えすぎだって。コネづくりのために友人作ってるんじゃないんだよ? 俺のことを考えてくれる人を大切にして、何が悪いのさ」


いよいよもって爆発しそうなほど膨らんだ頬が、その言葉を聞いてすぼんでいく。

寄せていた眉をさげ、困ったような表情に変わっていく。

その変化にも、つい笑ってしまう。

箸が転げても笑うとはこのことかと、頭では冷静なのだが、つい笑いが止まらない。


「そう笑うでない。……しかしじゃな、やはりわしに使う時間が多すぎるじゃろ」


「ふふふ。そうでもないよ。だって、これまでも友人との付き合いはこんなものだったから。むしろ、人と接する時間が増えてるんだ」


「……わしは妖狐じゃぞ」


「おっと、そうだった」


コントのような掛け合いが面白くて、また笑う。

確かに、ハクは妖狐だ。

力なく垂れた尻尾も、所在なさげに折れた耳も、人にはないものだ。


「ま、そう言うところも好きだけども。正直に言えば、アイツと比べればそれぐらい全然普通の人だと思うし、妖狐と接する時間も大事だと思うな」


「……相変わらず、頑固じゃな」


「バレたか。ハクと過ごす時間を減らすのは無理だから、仕方ないね」


どれだけ言い訳しようと、それだけである。

ハクと一緒に居る時間が減るのは、絶対に嫌なのだ。

そして、ハクがそれを理解しているように、俺はそれを理解していない人間と一緒に居るのも、嫌なのだ。


「ね、良い友人でしょ?」


「そうじゃな。良い友人じゃ」


ほんの少し羨ましそうにつぶやいて、ハクは味噌汁をすすった。

だけど、それには気づかない。

ハクが、何も言わないように、俺も、それを言う権利はないし、ましてや義務も無い。

少しずつ変わっていく関係の中で、ハクも俺も変わっていることだけは分かる。

だからひとまずは、明後日の海水浴が非常に楽しみにするだけで良いのだ。


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