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何気ない朝の話


「おはようなのじゃ……」


「はい、おはよう。朝ごはん作るね」


朝、と言うには日の高くなった時間。

眠そうな目をこすりながら、ハクが目を覚ました。

ベッドの上でむくりと体を起こしたハクに、挨拶を返してキッチンに向かう。


「……ぬぅ?」


寝ぼけた様子のハクは、コテンと首を倒して思考にふける。

炊飯器に残った白米を茶碗に乗せて、ラップをかけてレンチン。

その間に昨日の残りである肉じゃがの鍋を冷蔵庫から取り出して火にかける。

ハクも俺も白米派なので、基本的には前日の夕食がそのまま朝食に反映される。


「おぬし、学校はどうしたのじゃ?」


意識がハッキリしたらしいハクが、歩み寄りながら聞いてくる。

寝間着になっている灰色の浴衣を着たままで、いつもより質素な雰囲気だ。

ハクが言っているのは、普段なら大学に行っている時間なのに家に居るからだろう。


「今日は休講だって。食中毒らしいよ」


「む、気の毒じゃな……。わしらも気を付けんとな」


「妖狐も食中毒になるんだ?」


心配そうに眉を寄せたハクに、気になったことを聞いてみる。

当然ながら、食中毒には命の危険もある。

もしもハクが食中毒になったりしたら、体格からして重症になりやすいだろう。

気を使っていなかったわけではないが、これまで以上に気を付ける必要があるだろう。


「なる……はずじゃ。まあ、人よりは耐性はあるじゃろうがな。こんな身なりであるし、人の病気はすべてかかるじゃろうな」


少し自信なさげに尻尾を揺らすハク。

長生きとは言え、専門家でもなければ考えたことも無いのだろう。

よく考えたら、妖狐ってどっちの要素が強いんだろうか。

人の姿と狐の姿が取れるが、どちらかにしか影響のない病気もある。

謎だなぁ、と二人で首をひねっていると、チーン、とレンジの音が思考を断ち切った。


「肉じゃがもあったまったね。お皿、お願い」


「これじゃな。茶碗も持っていくぞ。……なんじゃ、おぬしも食べるのか?」


レンジを開けたハクが、二つある茶碗を見てこちらに目線を向ける。

少し呆れたような目線からするに、どういうことか察したらしい。

ハクの問いに頷きながら、ぐつぐつと煮えた肉じゃがをお皿に入れていく。

せっかくハクと一緒に朝食を食べられるのだから、少しは勘弁してほしい。


「まあ、よいか。わしが言えたことでは無いしのう……」


自分にも責任の一端があると感じているのか、耳がぺたんとしている。

その割に尻尾は割とご機嫌なようで、色々と複雑な様子だ。

ハクが朝に弱いのは良く知っているうえで、それに付き合うことを決めたのだから、単純に落ち込んでいるだけならフォローするのだが。

嬉しさ半分、落ち込み半分、といった様子だと何を言っていいのか分からなくなる。

二人で向かい合ってテーブルにつき、いただきますを唱和する。


「一晩おいた肉じゃがもまた格別だねぇ、味がしっかり染み込んでる」


「普通に煮込んでこうしようと思うと、煮崩れを心配せねばならんがの」


「冷蔵庫は強い。改めてそう思うね」


「じゃな」


いつも通りに、何気のない会話をしながら食べ進める。

凝り性なハクは料理についての話を楽しそうにしてくれる。

しかし、ピコピコと耳を動かしながらも、そこまで饒舌には話さない。


「食中毒と言えば、梅干しが良いんだっけ」


「うむ、弁当に付き物なのも、そういうことじゃ」


「買っておくのもいいかもね。弁当は作らないけど」


「漬けておくのもよいが、時間がかかるからのう」


長生きらしく、おばあちゃんのようなことを言うハク。

おばあちゃんの知恵袋、と言うだけあってハクも生活に関する知識を色々と持っている。

朝食を終えて一服をするときも、ハクは緑茶を好む。


「ハクの淹れるお茶は美味しいね」


「年季の違いじゃな」


俺の誉め言葉に、ハクは当然と言った顔をしながら尻尾を振る。

自分で入れると、苦みや渋みが出て、甘みが減ってしまう。

温度や蒸らす時間についてはこれまで気にしてこなかったが、真面目に勉強しようかな。


「わしがおるんじゃから、必要あるまい」


「……そうだね」


しれっと言うハクに、相槌を打つ。

何気ない朝の時間をゆっくりと過ごしながら、二人でお茶を飲む。

ハクが穏やかな笑みを浮かべながらこちらを見ているのに気付いて、自然に笑みを浮かべて応じる。


「平和だねぇ……」


「年寄りくさいのう。わしの言葉じゃろ、それは」


ついこぼれてしまった言葉に、ハクがクスクスと笑う。

楽しげとも嬉しげとも言えない、落ち着いた笑い声に耳を澄ませる。

ハクの声は、見た目ほど高くない。

年齢相応の落ち着きを感じさせる深みと、幼さの抜けきらない清らかさのある声。


「ぬ、珍しいのう。ふふ、おぬしもそういうことがあるんじゃな」


ハクがなんだか珍しい声を上げている気がする。

だが、一息ついているところにハクの声を聞いたせいか、随分と瞼が重い。

何かに引っ張られて、優しく体を倒される。

この優しさは、ハクだな。

そんな確信を後押しするように、頭を撫でられる。


「休むことも、大切じゃからな。しばし、眠るがよい」


強い安心感に、全身から力が抜ける。

柔らかい枕に頭をゆだねて、俺の意識はゆっくりと落ちていった。


「……まぁ、これくらいは許されるじゃろう……」


どこか開き直ったハクの声は、完全に眠りに落ちた俺には聞こえなかった。


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