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ショッピングを楽しむ話


強引にハクのおごりを受けることになった。

できる限り譲歩を引き出そうと頑張った結果、服以外であろうと何かしらを奢られることになった。


「どうしてこうなった?」


「わしにとっても恩返しの重要なチャンスじゃからな。譲歩はせん……と言いたいところじゃが、結果としてファミレスは奢られてしもうたし……」


「だめだからね」


エスコートなんだから、食事分ぐらいは奢らせてほしい。

そう主張して、なんとかファミレス分のお代は出したのだが、その分奢る物を豪華にしようと画策しているハクであった。

そんな恩返しポイントを一気に消費されそうなことは絶対に受け入れられません。

ハクはだいぶ不満そうに唇を尖らせているが、断固拒否します。

尻尾があったら膝にぺしぺしと抗議されているだろうことは間違いないが、今は外なのでそのようなことも無い。


「あぃたっ。ごめんて、一個だけなら何でも奢られるから」


「当たり前じゃ。それすらないのであれば、逆に信頼関係にひびが入るわ」


余裕を持った俺の様子が癪に障ったのか、腕を軽くたたかれた。

相変わらず機嫌の悪そうなハクだが、割と嬉しそうな部分もある。

何でそこまで奢ろうとするのか、何てのは別に聞くまでも無いのだが。

だからと言ってほいほいと乗っかっていたらダメ人間にされそうなので。


「じゃからと言って、そこまで固辞することもあるまいに」


「ハクも俺と同じで際限なく与えるタイプじゃん。もうちょっとブレーキのあるタイプなら割と気にしないかもしれないけど」


「いや、わしがブレーキのあるタイプじゃったら、一生受け取らんままじゃったな。間違いなかろ」


あれこれと、互いの悪い癖について言いながら、並木道を歩いていく。

こう言っては何だが、ハクも随分と俺のことを見ているようで。

互いについての話は途切れることなく続いていく。


「ハクの凝り性はいつからなのさ」


「普通に暇つぶしの一環じゃぞ。おぬしの家でテレビを見るまでは自分で試行錯誤しておったからのう。結構時間が過ぎておるものじゃ」


「あ、これネット与えちゃいけない奴だ」


というような、ハクの話をしたり。


「おぬしはまめな性格じゃなあ、もう少し汚くしても良いのだぞ?」


「いやいや、ハクもいるのに散らかすような真似はしないよ。もともと綺麗好きなのは認めるけども、それ以外に趣味も無いからなぁ」


「掃除が趣味とは、つくづく若者らしくないのう。くく」


俺の話をして、ハクがおかしそうに笑ったり。


「お、ハク。これ良くない?」


「むむ、確かに。程よく手になじむのう。おぬしはどうじゃ?」


「問題ないね。結構軽いし、使いやすいと思う」


ちょっとすり減ってきた調理器具の買い足しをしたり。

と、ショッピングを楽しみながら二人で歩いていたわけだ。


「って、違うじゃろ。忘れておったわ」


「別に煙に巻こうとしたわけじゃないよ?」


「知っておるわ。ええい、わしも随分と年を取ってしもうたわ」


口惜しそうに歯噛みするハク。

まだまだ若いと思うけどなぁ、と紙パックのリンゴジュースを飲みながら思う。

実際のところ、ハクに奢られる話は俺もだいぶ忘れていた。

その調子で忘れていてくれたらなぁ、という気持ちも無いではないが……。

あんまり考えてるとはたかれるから自重しておくけども。


「なんだったら、お玉の代金を立て替えてもらえれば良いんだけどね」


「おぬし、自分じゃったらそれを受け入れるのか?」


「いやー、無理だな」


そんなジト目で見られても、無理なのは分かりきってるじゃないですか。

茶番は置いておいて、さすがに今日奢られずに帰ってしまうと、ハクの機嫌が当分は良くならないことが予想されるので、何かしら奢られるものを決めねばならない。


「おぬしには期待しておらんぞ」


「なんでさ」


ここは俺が欲しいものを指定する流れだと……無理だな。

どう考えても、俺が欲しいものが思い浮かばない。

しいて言うならハクが欲しいけども、お金で買えるものじゃないしなぁ。


「わしが決めるから、おぬしは余計なことは考えんでよい」


「ん? その口ぶりだと、もう決めてあるね。あっ、サプライズ」


そういうことじゃ、とハクがしたり顔で続ける。

最初っからサプライズをする気だったんだから、そりゃあ買うものは決めてあるのか。

あれ、そうなると……。


「おぬしが駄々をこねるのも織り込み済みじゃ」


「なんてことだ」


完全にハメたのが嬉しいのか、ハクがドヤ顔で明かしてくれた。

そりゃあ、俺だってハクとの交渉に手ぶらでやることないけども、まさかハクがそういう策謀を巡らすのは想定外だった。

しかしそう考えると、色々なところで納得がいく。


「そこまでして俺に奢りたいものがあるので?」


「そりゃあ、そうじゃろ。おぬしとて、この服をプレゼントしてくれたではないか」


クルリ、と一回転して服を見せびらかすハク。

ヒラヒラとした動きは一切無いのに、ハクの髪の毛がたなびくだけで魔法をかけたようにきらめいて、パンツスタイルなのに女性らしさが溢れている。

意識しないようにしていたのに、そんなことをされるとつい見とれてしまう。


「わしにも、感謝の気持ちはあるのじゃよ。ほれ、ここじゃ」


見とれている間に、行きの間に見つけていたらしい店にたどり着いた。

店構えはキラキラしていて、なんだか高級感がある。


「時計屋?」


「うむ。おぬし、腕時計を持っておらんじゃろ」


ハクが人差し指を立てながら指摘する。

着けていない、ではなく持っていない、というあたりがミソである。

事実として、我が家には腕時計の類は一つも無いのを、ハクは知っているわけだ。

持っていれば便利だろうし、断る理由が無いあたり、やっぱりだいぶ計画的だ。

そんな納得をしているのを見てか、どうだと言わんばかりに自信ありげのハク。


「普通にありがたい。でも、お高くない?」


「服とファミレスの値段までならば、おぬしも文句は言えまい?」


やっぱりそこも含まれるかぁ。

いたずらっ気の強い笑みを浮かべたハクに、軽く肩をすくめてお手上げを表明する。

ここまで来ると、さすがに駄々をこねる気にもなれない。

ハクなりに考えてのプレゼントが嬉しいというのは、だいぶ大きいのも否定できない。


「して、どれが良いのじゃ?」


「あ、ここからは俺が選ぶのね」


「おぬしの着けるものじゃからな」


「……そこはほら、俺もハクの服を選んだし」


痛いところを突かれたようで、うぐ、と言葉を詰まらせるハク。

俺もハクの選んだプレゼントが欲しいなぁ、と無邪気な目で見つめる。

じーっと見つめていると、だんだんと表情を変え、最終的にあきらめたようにため息を吐く。


「……文句は言うでないぞ」


「もちろん。ハクの選んだものなら、何でも大丈夫」


これでも、ハクの美的センスは結構信頼しているのだ。

毎日の和服はセンスが良いし、俺が選ぶよりよほどいいだろう。

何より、その方が俺は嬉しい。

ハクはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、首をかしげながら展示されている時計を見て回る。

難しい顔をしてぶつぶつとうなっているハクを見ながら、俺も軽く時計を見る。


「あっ、これハクに似合いそうだな」


「わしのことはよいわ。おぬし、自分のを選んでも良いのじゃぞ」


「いや、自分のとなるとサッパリ」


自分がつける姿は全く想像できないのに、ハクに似合いそうなのはつい目についてしまう。

ハクが文句を言いつつ、目で釘を刺してくる。

すいっと目をそらしつつ、次のプレゼントにしようかな、と考えたり。

ただ、ハクはあまり外出しないし、時間を確認する素振りもあまりしないから、それほど必要ないかもしれない。


「ぬ、おぬし。これを着けてみてくれんか」


「ほいっと。これは……こんな感じか」


ハクが見つけた腕時計を身に着ける。

シンプルな銀枠に、黒字の文字盤が結構お洒落な品だ。

ベルトは金属で、光の加減によって赤みがかって見える。

文字も見やすいし、ベルトは細めで邪魔にならない。実用性の高い腕時計のようだ。


「うむ、よいな。それにするか」


どうにもこらえきれない様子で唇を波打たせながら、ハクが即決する。

随分と気に居られたようで何よりである。

俺としても毎日使えそうな物だし、できる限り利用しようと心に決める。

電池を入れて、ベルトの調整もしてもらい、そのまま身に着けて帰る。


「あれ、もうこんな時間か」


早速着けた時計を見れば、もう5時を越えている。

随分と長い間、ショッピングモールを歩き回っていたらしい。

夏なのでまだまだ日は落ちないだろうが、帰ってから晩御飯の準備をすることを考えると、もうそろそろ帰った方が良いだろう。


「……ああ、時間か。そうじゃな、帰って夕餉を作らねばな」


一拍置いて、ハクが反応する。

すぐさま手を口に当てて隠し、目線を俺から外す。

まあ、俺も覚えがありまくるけども、まさかハクまでそうなるのか。


「大丈夫?」


「ええい、そう言いながら左手を主張するでないわ! 良いのか、わしにも考えがあるぞ」


ハクが胸元で手を握りながら後ずさる。

俺はさりげなく左手に着けた腕時計を見せびらかしたのだが、よく考えたらハクは全身だったわ。

そして、やっぱりハクに気づかれていたという。


「無益すぎる」


「まあ、そうじゃな」


どちらも弱みを握っている状態での戦いは無益である。

そう確認し合うと、クスクスと笑って帰路につく。

ハクの髪は、ずっと楽し気に揺れていた。


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