わたし彼女、いま暗闇を彷徨っているの
僕はお化けというものが苦手だった。お化けが怖い存在かと言われれば、それは本当かどうかは定かではない。けれど映画やらゲームやら、凡そ大半のメディアはそれを怖いものだと煽ぎ立てる。
だが、愛美はお化けが好きだった。僕の彼女の愛美は、ホラー全般が大好きだったんだ。映画鑑賞に付き合わされ、お化け屋敷にも連れていかれる始末。否応なしに増えていく、お化けに対する知識の数々。振り向けば、見上げれば、髪を洗っている時に加えて、果ては布団の中にまで現れる。安堵の逃げ場を奪い去り、しかし現実はそういったシチュエーションを思い付く、人間が一番怖いのかもしれない。死んだお化けより生きている人間が最も怖いと、世間ではよくよく言われることだ。
それは置いておいて、ある日のこと、そんな僕に転機が訪れた。転機と言っても、吉事かと言われれば全く反対の凶事なのだが。
彼女が突然亡くなった。車に轢かれて、当たり所も悪く、救命の余地なく死んでしまった。僕は大いに悲しんだ。ホラーに連れ回されるのは嫌だったけど、そんなことは彼女のほんの一側面で、心から彼女のことが好きだったんだ。
以降、僕はお化けというものが存外嫌いではなくなった。夜中に鳴る不審な音が、背筋を撫でるような不気味な寒気が、何かが蠢く深淵の暗闇が。もしかしたら彼女なのではないのかと、そう思うようになったからだ。
遂には闇が愛しくなり、暗がりの部屋でぼーっと一人、漆黒を見つめることに安心を抱くようになる。自分が自分でないようで、心はぷかぷかと浮かんでおり、このまま三途川を流れていきたい。
”私を……けて”
「え?」
”私を見つけて”
「もしかして……愛美? 君は今、一体何処から話しているの?」
”私は今、暗いところを彷徨ってるの。お願い、愛美を見つけて”
念じるようなその声は、部屋の外から届いてくる。僕は急いで家を飛び出すと、深夜の鎮まる街の中を、愛美を探して駆け回った。
「愛美、どこにいるんだ。答えてくれ、愛美!」
”分からない、でもあなたの気配は感じてる。そのまま真っすぐ、愛美を見つけて”
誰にも何も告げないままに、この世を去ってしまった愛美。そんな愛美は未練に塗れて、暗闇の中を彷徨い続けているのかもしれない。だけど僕は愛美を探してやることができる。絶望に打ちひしがれていたことで、かえって愛美の言葉を、僕の耳にまで届けることができたのだ。
愛美の呼声に誘われて、訪れたのは交差点。そこは愛美が命を落とした場所で、よもや彼女はここにずっと……
「そうか……ここだったんだね、愛美はここにいたんだね」
”ううん、そこじゃない。あなたとの想い出深い場所だけど、私がいるのはもっと奥”
「想い出って……もしかして愛美は、ここで僕を見ていたの? 君が亡くなったこの場所で、泣いてる僕を見てくれていたの?」
”……もちろんよ。だから早く、私を見つけて”
そして交差点を抜けた先の道、気配を辿って路地へ曲がると、寂れたアパートが見えてくる。愛美の家とは違う場所だが、しかし何か所縁があるのだろうか。
”あなたを近くに感じるよ、暖かな光が見えてきた”
「もうすぐだよ、すぐに愛美を見つけるから」
錆びた階段に足を掛ければ、ぎしぎしと、まるで愛美の泣き声のよう。早く会いたい、できるのであれば抱き締めて、悲しむ愛美を慰めてやりたい。あれほど苦手だった幽霊が、今ではこの世で最も尊い。
”あと少し、あと少しであなたと会える。愛美はとても嬉しいの”
「僕もだよ、愛美。どんな姿になったとしても、僕は君を愛してる」
例えこのまま冥界に堕ちようとも、愛美と一緒ならば構わない。二人の世界を引き裂く扉、この四号室の扉を開けば、そこに愛美が待っているんだ――
「今行くよ、愛美。愛し合っていたあの時のように、互いが互いを求め合い、そして互いの名を呼び合おう――」
”そうね……だから扉を開いて、私の愛しい――あなた”
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