カブトムシ
モリは一夜にしてシんだ。ある日、キが一本白く凍り付いて、翌朝には全体がそれに続いた。囀るトリも、ムシの聲も壊れてしまった。はらりと落ちるハが落ちて、さらりと音をたてて解けた。
僕は、なにもしていない。ただモリに来て、過ごしたらそうなっただけ。
歩みを進める。
サラリ、サラリ、サラリ。
モノクロの世界。踏みしめた後に、くっきりとスナの足跡が残る。スナ、といってもそれはほんものの砂じゃない。生き物の死骸だ。その残骸。いま踏んだのは、キノコ。まだモリが元気だったころ、イノシシがほじくり返してたべていた。
「キノコはね、カミナリに打たれると育つんだって」
カモシカは得意げにそう語ってくれた。彼は博識で、モリのことならなんでもしっていた。アナグマとタヌキは同居していて、シカは食いしん坊だからキの皮も食べてしまって困るんだ。キミは食べちゃだめだよ、おいしくないから。
サラリ、サラリ、サラリ
ミンナが好きだった木が、立っている。もうほとんどハは残っていないけれど、運がよかったのか、形ののこっているハがあった。ハには、文字が書いてある。
「ママありがと」
コグマの文字だった。クマは、コドモの事が大好きだった。
僕は、そっとハを地面にもどした。
「ねえ」
ふと、声をかけられた。
後ろに立っていたのは、男の子だった。虫かごに、虫網、半ズボン。
「げ、お化けだ」
そういって男の子はぎょっとしたけれど、逃げなかった
「逃げないの」
「だって、驚かさないじゃん」
「そっか」
少年は、キにもたれかかった。キは少し崩れ落ちた。
「おじさんが、ツメタイヒト?」
「そうかな」
「そうに違いないよ。だってさわると冷たいもん」
「じゃあ、きっとそうなんだろう」
「おとうさんがいってた。おじさんが森を殺したんだって」
「そうかもしれないね」
「ねえおじさん」
「なんだい」
「カブトムシしらない、探しにきたの」
「いないよ」
カブトムシは、死に絶えてしまった。
「なんで?」
「カブトムシは、甘い蜜を吸って生きているから」
カブトムシは、腐ったオチバを食べて育って、甘いミツを吸って、カブトムシ同士を蹴落としあっていきている。
「カブトムシはね、木をかじってミツを出すんだよ」
「ふーん」
サラリサラリサラリ、二人分の足音。
「ほら、ごらん。カブトムシが死んでいるよ」
初めて凍った木の中腹に、カブトムシが死んでいた。立派なカブトムシだった。
「立派なカブトムシだね」
このカブトムシは果たして立派だろうか。
「そうだね」
僕はそっと、カブトムシを木から話した。さらりと足の先がすこし崩れた。