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9 可愛いベイビーを探せ

 夏空に花火が上がり、キャメロット市内の目抜き通りをパレードが行進する。

 キャメロットフェスティバルが華々しく開催され、市民は三日間のお祭りを存分に楽しんでいた。

 広場には屋台が並び、遊び疲れた人々に休憩場所と飲食を提供している。この日ばかりは厳格なお役所も市民に向けてそれぞれの活動をアピールしていた。


 もちろん、警視庁も例外ではない。ロビーにはローディンにおける警察組織の歴史や解決した代表的事件の資料が並べられていた。だが、今年最も賑わっているのは仮設テントで行われているロンディニウム学園生徒によるパフォーマンスだった。

 中でも注目を集めているのは当然ながら魅惑のプリンス、ジュリアス王太子だった。彼が見惚れるような笑顔付きで手ずから指紋を採取して見せると、誰もが感激のあまり涙ぐみながら一生の思い出にしますと誓って採取用紙を持ち帰るのだ。何故か女性限定だが。


「こうなると思っていましたわ」

 既にマールバラ公爵令嬢は諦念の境地に至ったようだ。隣のメアリ・アンはまだ未練が抜けきれないらしい。

「あんなに嬉しそうに女の人の手を握って……酷すぎます、ジュリアス様ぁ」

「あきらめなさい。あれがあの方の本性よ」


 流れ作業で指紋の分類を記録するメロディは、ひたすら作業に没頭していた。ジュリアス目当てでも、自分の指紋を初めて見た人々は感心してくれる。

「へえ、これが俺の指紋か…」

「これは一生変わらないあなただけの特徴ですよ」

「じゃ、生まれた時からこの模様なのか?」

「そうです。指が大きくなろうがそのままです。…皺が寄るとちょっと採取が難しいですけど」

 老婦人の指紋採取に四苦八苦しながらメロディは答えた。集まった人々から笑い声が起きた。


 そこに、何事か言い争う声がした。

「だから、伯爵様のとこに連れてってくれよ、これだけ集めるのにどんだけ苦労したと思ってんだよ!」

 長身の男が警官相手に押し問答をしていた。彼の背後には数人の男の子が集まっている。

「何だろ?」

 男の子たちを眺めるうちに、メロディは彼らに共通する特徴があるのに気付いた。

「みんな十歳くらいで、ブラウンの髪に瞳は…黒かな。もしかして」


 隣で作業をしていたプランタジネット大公の子息モーリスも気付いたようだった。

「まさか、ライトル伯爵家の誘拐された子供があの中にいるとでも…」

 とうとうカーター警部が担ぎ出される形で男に対応した。しきりに伯爵邸に連れて行けと主張する男の袖口から入れ墨をした手首がのぞいている。

「どう見てもスラムのごろつきですね」

「何を企んで伯爵家に押しかけようとしているんだ」


 あまりの騒ぎに王太子までやってきた。

「どうしたのだ? あの少年たちは何をしている?」

「誘拐された子供を見つけたって騒いでるみたいです。報奨金目当てですかね」

 やがて、男は方向を変えて責め立てた。

「だったら、捜査官を連れてこいよ。個有者(タラント)なんだろ、こいつらを見ればすぐに分かるだろうが!」


 ――DNA分析が出来る天賦(ギフト)って何だろ?

 メロディが呑気に考える間も、警部は辟易した様子で相手を宥めた。

「ですから、ミスター・ジェンキンズ。伯爵家は確かな証拠を持つ者なら確認すると言っているんですよ」

「証拠だあ? こいつら以上の証拠があるかよ!」

 確かに、と内心で子爵令嬢は頷いた。異世界のドラマなら両親のDNAと比較して一件落着だ。


 騒然とする場を、冷たい声が一瞬で変えた。

「何の騒ぎだ、警部」

 ジェンキンズの怒鳴り声がやんだ。重大犯罪課の捜査官ラルフ・ディクソンが立っていた。赤い瞳を向けられ、スラムの幹部ギャングは身震いした。


 圧力掛けたなと思いながら見守るメロディに、彼は視線を向けた。カーター警部が状況説明すると、ディクソンはロンディニウム学園のテントを指さした。

「それなら、あそこで得意げに披露している技術を使えばいい」

 学園の生徒たちは固まった。いきなりのご指名は迷惑以外のなにものでもない。

「君、それは…」

 言い返そうとした王太子の口を公爵令嬢が塞いだ。

「殿下は発言をお控えになって」

 王太子が警察にごり押ししたという印象を与えるのを防ぐためだろう。


 連携したようにモーリスが従兄弟の前に立ち、ディクソンと対峙した。

「それは、指紋照合をしろということでしょうか、捜査官」

「そうだ。最先端の技術なら出来るはずだ」

「あの子供たちの指紋と照合できる物はありますか」

 白髪の捜査官は頷き、署員に何かを運ばせた。やがて持ち込まれたのは一つの箱だった。

「この中に被害者が触れた物が入っている」


 箱を開けようとする彼の前に、メロディが飛び出た。

「待って! 素手で触らないで!」

 彼からひったくるようにして箱を奪い、彼女は用心深く蓋を開けた。中に入っていたのはブリキの汽車だった。

「…これ、ポスターの写真の?」

 ライトル伯爵の掠われた息子が遊んでいた玩具だ。

「誘拐当日に被害者の部屋に転がっていた」

「もしかして、触りました?」


 罪人を見るような目を向けられ、彼は心外そうに言った。

「当然だ。私は触れることで物の記憶を見るのだからな」

 再現者(リターナー)かとメロディは納得した。無機物に残る音や振動の残滓から現場を再現できる天賦(ギフト)だ。


 手袋を嵌めた子爵令嬢は極力触れないようにブリキのおもちゃを取り出した。側でモーリスが難しい顔をした。

「黒い物に黒鉛は使えないぞ」

「何より六年も前の物です。普通の手段じゃ無理ですよ」

 メロディは異世界の記憶を探った。

 ――思い出せ、通常の粉末で採れない指紋の時に、CSIは何を使った?


 脳裏に映像が甦った。透明な幕の中で焚かれる煙。メロディは顔を上げた。

「警部、ガラスのケースとアルコールランプ、それに液状の接着剤はありますか」

「…あ、ああ、何とか手配できると思うが」

「お願いします」

「何をやるつもりなんだ、お嬢さん」

「蒸着です。気化した試料を表面の油脂に結合させて指紋を浮かび上がらせるんです」

「出来るのかい、そんなことが」

「一発勝負ですけどね」


 メロディは彼を振り返り、笑った。

「大丈夫、失敗しても未熟な学生の実験でしたですみますよ。警部の恥にはしませんから」

 言いながらも彼女は楽観していなかった。何しろ六年も前の指紋だ。異世界の記憶では二年前のゴミ袋に純金を蒸着させて指紋を採取した実例があったが、今は証拠品の保存状態に賭けるしかない。

 準備の間に集まった少年たちの指紋採取を終えれば、すぐにでも照合作業が出来る。メロディはモーリスに手順を説明し、副部長は動揺する部員を落ち着かせた。


 やがて、テント内のテーブルに奇妙な装置が作られた。ガラスケースの蓋からブリキの汽車を吊り下げ、その下で接着剤を入れた皿をアルコールランプに炙らせる作業用だ。

 ランプを囲むようにそっとガラスケースを置き、メロディは接着剤の気化を待った。モーリスたちはその間に、集められた六人の少年の指紋採取に取りかかった。

 次第にケースの中が曇っていった。気化は成功した。あとは指紋を甦らせることが出来るかだ。

 ――シアノアクリレートみたいな専用の素材じゃないけど、とにかく少しでも浮かんでくれれば……。


 祈るように待つうち、ブリキの黒い汽車に変化が起きた。

「見ろ、指紋が出てきたぞ!」

 周囲の見物人から驚きの声が起こった。汽車の玩具に多数の指の跡が白く現れたのだ。口元を布で覆ってメロディはケースを開け、ランプを消した。ブリキの汽車を眺めてモーリスが言った。

「ずいぶん沢山の人が触ったようだな。大丈夫なのか」

「重なった指紋の分離は無理ですけど、これは大人の指を除いていけばいいんです」


 ポスターのジャスティンを思い出しながら、メロディは拡大鏡でブリキの汽車を観察した。

 ――あの子は右利き。なら汽車の玩具を走らせようと掴むのは屋根の部分。

「……あった」

 小さな、明らかに幼児の指紋が残っている。部員たちが歓声を上げた。

「これからが本番ですよ」

 正確に指紋の情報を読み取らなければ、これまでの苦労が無駄になる。不安そうに固まる少年たちに目をやり、彼らの人生が掛かっていることを彼女は実感した。


 拡大鏡越しに見ても小さな指紋にメロディは集中した。彼女の天賦(ギフト)視覚調整(ビジュアライズ)』を発動させる

「…拡大、モノクロ反転」

 丸眼鏡にカモフラージュされた青と茶に色分けされた虹彩が輝き、くっきりと隆線を浮かび上がらせた指紋が網膜に届く。彼女は部活仲間に告げた。

「各人、対象者の指紋を見てください」

 一人ずつの採取票を前に、CSI部は指紋照合に取りかかった。


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