75 終わりにしよう キリもケリもつけて
「……えーと、…ものすごく初歩的な疑問なのですが、大公殿下の天賦はどのような……」
ようやく言語機能を回復したメロディが今さらな質問をした。気を悪くする風もなく、大公は答えた。
「認識阻害。それに印象が薄く記憶に残りにくい容姿とくれば、諜報活動は天職だね」
そういえば、とメロディは湖水地方での事を思い出した。
――使用人に混じって荷物運んでも掃除してても気付かれない大公なんて、普通はおかしいと気付くのに……。
本人が気にしていないのと大公妃が平然としていたため、すっかりと納得させられてしまった。
大公妃カイエターナは拗ねたように夫に訴えた。
「どうして私に教えてくださらなかったの?」
「君には一度も通じなかったじゃないか」
「そうね、私があなたに気づかないなどあり得ないわ」
睦言を聞かされたモーリスが我に返り、父親に恨みがましく言った。
「もしかして、僕たちがあれこれ探っていた場所にも居合わせたりとか…」
「何度かあったね」
さらりと返されて、大公の一人息子は撃沈状態だった。気の毒そうに彼の母親が慰めた。
「あまり気にしないのよ、お父様の活動歴はあなたが生まれる前からなのだから」
『真昼のランプ』などと揶揄された王弟はベテランの諜報員だった。道理で海軍情報部を当たり前のように使えるはずだとメロディは溜め息をつき、当初の目的を思い出した。質問メモに目を通し、会談を再開する。
「ジェニュインはあの兄弟が立ち上げた組織なのですか?」
「創設者は別人で、元は個有者や天賦の研究機関だったようだ。創設者が亡くなりクラブだけが残った状態だったところ、目をつけた彼らが利用したようだ。ネイチャー&ワイルドは会員の一人がクラブに通っていたことから知ったらしい。資金源の違法薬物の効果実験と、輸入手段のため会員のカーマイン氏に目をつけた」
あの酔狂な集団なら、どんな事件を起こしても変人の集まりがしたことと片付けられただろう。だが、それだけでは理解できないことがある。メロディは再度質問した。
「会員を殺し始めたのは理由があったのですか? マティルダ様の猫まで見せしめのように殺したり、ドッグショーで騒ぎを起こしたり」
「あれは猟奇殺人者を装ったパフォーマンスだろうね。カーマイン氏のパートナーを務めた『プシキャットドリー』はスラムの住人で違法薬物に感付いたかそのそぶりがあったと見ている。カーマイン氏のパートナーが短期間で変わることも知っていたから、手っ取り早く殺しという手段に出たのだろう。自分達の入れ替わりでわざと片方に疑惑を向けては完璧なアリバイを作るという手法で」
「劇場のダンサーも同じ理由で?」
「あり得るね。派手な殺害方法を採ったのは、無差別の殺人狂という印象を与えたかったのかな。こちらも苦労したよ、彼らの先手を取ってカメラマンやカーマイン氏を保護するのは。氏を拉致しようとした者を眠らせて彼の服を着せ、まだホテルに滞在していると見せかけたのだが殺害に及ぶのは予想外だった。あの頃から歯止めが利かなくなっていたのだろう」
「ジャスティン様たちをしつこく誘拐しようとしたのはジェニュインの仕業ですか?」
「最初はモルゼスタン解放戦線だったのが、バックランド文書のことを聞きつけたようで、文書の奪取を競うようになっていったよ」
「それで現場で鉢合わせして殺し合いまでやってたのですね」
ライトル伯爵邸でのことをメロディは思い返した。全く別の組織がそれぞれの目的のためにぶつかり合っていたのなら、統一性がないのも分かる。
「モルゼスタンの人はお国再興でしょうけど、ジェニュインの最終目標は何だったのでしょう」
窓から見える庭園に目をやり、大公はやや不快げな顔をした。
「ハミルトン侯爵は彼らの天賦、キャンセラーとブースターを寄生虫呼ばわりしていたそうだ。他人の天賦がなければ発動しないのは個有者ではないと」
彼らを決定的に歪める言葉を身内がぶつけていたのだ。双子が互いのみを信じるに足る相手とし、周囲全てを敵と見なすのに時間はかからなかっただろう。
「それで、個有者を根絶やしにする教義もどきを作ったのですか」
「薬物で個有者を操り暴走に導けるなら、ブースターより効率的に社会の敵に仕立て上げることができる。ブラックマーケットで高く売りさばいて活動資金も作れるし」
嫌な一石二鳥だとメロディは鼻にシワを寄せた。こんな国際問題になればCSI部の出番などなかったのだと思い知らされる気分だ。
「大公殿下には、私たちの部活動など子供のお遊びに見えておられたのでしょうね」
珍しく弱気な言葉に、ジョン大公は意外そうに片眉を跳ね上げた。
「科学捜査は興味深かったよ。今はまだ認められなくても、これから世界も科学も変わっていく。常識さえもね」
大きな丸眼鏡の奥で数度瞬きをし、メロディは頷いた。
「そうですね、考えてみれば諦める必要なんて何もありませんよね」
あっさりとした立ち直りぶりに、大公は小さく笑った。これまでの話を頭の中で整理していたモーリスが父に言った。
「ジェニュインで薬物やテラノまで手に入れていたのに、バックランド文書にまで手を出したのは何がきっかけだったのでしょうか」
「モルゼスタンの残党を支援していた者だろうね」
「ザハリアス、ですか」
北の大帝国の西方大陸における南下政策はロウィニアが食い止め、今は南方大陸での植民地を巡ってローディンとしのぎを削っている。
「彼らの資金源となる薬物の材料は南方大陸原産だ。もっと手近な所で安定生産できるまでは輸入に頼るしかない。ジェニュインとモルゼスタン解放戦線双方を巧妙に利用し、バックランド文書を手に入れザハリアスに渡せば便宜を図ってもらえるとでも考えたのかな」
「大した自信ですね。その前に不都合なこと全部なすりつけられて始末される可能性の方が高そうなのに」
メロディの身も蓋もない意見に大公は目を細めた。
「人は、物事が上手くいっている時は万能感に支配されるようだよ。主導権を取っているのは自分の方だと疑いもせずに」
そこで、常々思っていたことを子爵令嬢は切り出した。
「バックランド文書って何なのですか? あんな事件を起こしてでも手に入れる価値があるのですか?」
「私も知りたいね」
大公の呟きにノックの音が重なった。執事が入室し、恭しく報告した。
「海軍より荷物が届いております」
大公は立ち上がり、メロディを振り向いた。
「例の金庫がようやく倉庫の残骸から回収されたよ。良ければ君の力を借りたいのだが」
「私、ですか?」
驚きつつも、メロディの中で好奇心が勝った。
「できることがあれば」
嬉しそうな大公の様子を、彼の息子がどこか不安げに見た。
ライトル家の金庫が運び込まれたのは屋敷の奥に設けられた訓練場だった。頑丈な鉄製の台に置かれた金庫は煤で黒く変色していた。
「触っても大丈夫でしょうか」
さすがに用心深くなるメロディに、大公は笑いながら許可した。
「熱は冷めているよ。少なくとも外部は」
大公家の使用人が布で煤を拭い取り、金属の表面が見えてきた。あれだけの火災の中に置かれていたのに、外側は溶けていない。
「穴が開いていますが、ここから中を見たのですか?」
「そうだ。視覚系の個有者に確認させたが、内部には文書もなければ文字もかかれていなかった」
穴を覗き、メロディは首をかしげた。
「塞がってますね。中の何かが溶けたのかな…」
指でつついたものは柔らかかった。
「これって、ロウ?」
金属と同じ灰色ではあるが、ロウソクの材料のようだ。何故内側からこんな物がと思ううち、ある可能性にメロディは気付いた。
「閣下、この中のロウを全て溶かして除去できませんか?」
「やってみよう」
それから海軍の技術班が金庫内部を熱し、溶け出るロウを掻き出した。全てが取り除かれ洗浄された金庫内を穴から覗き、メロディは内側の金属に細かな凹凸があるのに気付いた。
「金属に何か細かい物が彫られています。……視覚調整、投影」
眼鏡を取り、天賦を発動させる。空中に金庫内の様子が映し出された。周囲から驚きの声が上がる中、メロディは内部の様子をより鮮明にしようとした。
「明暗補正、反転……、拡大」
内部に向けた照明を調整すると、不意に全てが一変した。小さな刻印が見覚えのあるものへと変化したのだ。
「文字だ!」
「……これがバックランド文書…」
「すぐに転写しろ!」
奪われることなく、見つけられることなく、しかし残すため先代のライトル伯爵が隠した記録が解明された瞬間だった。
それからは目まぐるしかった。遂に発見された文書は直ちに機密事項扱いとなり、メロディは丁重に庭園に移動させられた。
モーリスはこの扱いに憤っていたが、本人はいたって冷静だった。
「下手すれば国家転覆が狙える文書なんでしょう? そんなの一般人が知っちゃうことの方が危険ですよ」
「だが、まるで父上はこのことを見越して君を呼んだみたいで……、君を利用した気がして」
「事件について教えてもらったお返しの協力と思えば腹も立ちませんよ」
庭園を歩き、爽やかに晴れた空と花々で彩られた庭を眺める彼女の様子には、何の屈託もなかった。モーリスは諦めたように溜め息をついた。
「この借りは必ず父上に返させるよ」
「なら、またテラノに乗せてもらっていいですか?」
嬉しそうにメロディが言い、二人は翼竜を飼育している一角へと歩いた。
ローディン王国グラストンベリー宮殿。最奥部の王太后宮は異常とも言える警備兵が取り巻いていた。
侍女たちを追いやった私室にいるのは三人のみ。主である王太后エレノア、そして彼女の二人の息子、アルフレッドとジョンだった。
国王アルフレッドが苦渋に満ちた表情で母后に告げた。
「母上、バックランド文書が手に入りました」
突然やってきた我が子に何の反応も見せなかった王太后が、豪華な椅子の肘掛けを強く握った。呻くような低い声が唇から漏れる。
「…どうやって、あれを」
「経過より中身です。ライトル伯爵家があれを伝えてきたのは、テューダー朝開祖の戴冠式の式典長が祖先だったからですね」
「お黙り」
冷たい声が長男を怯ませたが、次男が淡々と続けた。
「新王朝の戴冠式に必ず降臨し即位を祝福してきた月の竜がテューダー朝に限って現れなかった。その記録がバックランド文書だ」
わなわなと震えていた王太后が叫んだ。
「あれが存在すれば我が王家の正当性はどうなるのです! それも分からないとは愚かにもほどがある!」
「こちらの台詞ですよ、母上。テューダー朝の興りは西方大陸全てから月の竜が消えたのと同時期。我が国も例外ではなかった。それだけのことです」
「王朝は、全て月の竜の祝福を受けねばならなかった! これが世に出れば…」
「それはあなたが心配することではない」
それだけ言うと、ジョン大公は彼女の前から去った。弟を追うようにしてアルフレッド国王も続き、大きな溜め息をついた。
「母上のことは…」
「セント・ファビアンズ・マウントで静養する手はずを整えているよ」
それはアヴァロン諸島の南方にある小島で、島全体が古代の修道院になっていることで有名だった。ただし陸路はなく、往来するには船しかない。実質的な軟禁宣告だった。
大公は穏やかな声で兄を慰めた。
「全て私の名で行わせます。文書の公開を請求する者が出てくれば、先手を取ってこちらから開示すればいい。開祖の戴冠式における月の竜の祝福は公式文書には記述されてない。王家は嘘はついていないのだから」
「そこまで計算していたのだな」
「こんな馬鹿げた遺産を負うのは私たちの世代までだ。ジュリアスには、よりよい形で王国を継いでほしいからね」
底知れない所がある弟に向けて、国王は尋ねた。
「それで、お前の野望は叶えられるのか?」
「私の野望などささやかなものですよ。愛する妻と一緒に、生真面目で少し不器用な息子の成長を見守りたい。何の邪魔も掣肘も受けずにね」
聞きようによってはそれ以外は全て切り捨てると解釈されることをのほほんと言ってのけ、大公は王太后の処遇を伝えるため宮の使用人を集合させた。
次回でラストです。出来れば夜にもう一度投稿します。




