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73 ひとりじゃないって無敵なことね

 植民地相を務める貴族議員、ハミルトン侯爵の異母弟で放蕩者として知られるトヴァイアス・ハミルトンとキャメロット警視庁の警部ネイサン・カーター。

 全く接点がないはずの二人が一卵性双生児と知らされても、警視庁の刑事たちはすぐには信じられない者が大半だった。


 外での大騒ぎに、戻ってきたディクソン捜査官が苦々しげに言った。

「これでは見世物だ。目立たない馬車で裏口から連行すればすむものを」

 ジャスティンと一緒にいたメロディは彼の言葉に頷いた。

「身内にも公平に捜査することを示したいのでしょうか」

「それは裁判で明らかにすればいい」

 手間取ったものの、兄弟は揃って警視庁に足を踏み入れた。身長も体つきも、勿論顔立ちもまるで同じな二人を見て、周囲がどよめいた。


「あれは、本当にカーター警部か?」

「信じられん、まるで見分けが付かない」

 一卵性双生児とはいえ、よくこれだけ似ていた者を全くの別人に演じたものだと、メロディは感心する思いだった。そのうち、彼女は得体の知れない違和感を覚えるようになった。

 ――何だろ? 武装解除されてるはずだから危険性なんてないはずだけど。

 ここにマールバラ公爵令嬢がいれば危機感知能力を頼れるのにと、メロディは残念に思った。似た天賦(ギフト)を持つジャスティンは父親の元に戻っている。


「どうした?」

 モーリスが不思議そうに尋ねた。

「理由はないのですが、ちょっと…」

 言葉を濁しながらも兄弟に注目していると、警視庁の職員の中からも罵声を浴びせる者が出てきた。

「警察の面汚し!」

「こっちがどれだけ迷惑したか分かってんのか?」

 周囲からの非難の声にも彼らはむしろ楽しげだった。激昂して掴みかかろうとする者を重大犯罪課の捜査官たちが制止し、兄弟を囲むようにして連行することになった。彼らが互いの視線を合わせて薄く笑うのを見た時、メロディの頭に警告音が鳴り響いた。

 ――まさか、でもそれしかない!

 彼女はディクソン捜査官の方に駆け出した。


 いきなり置き去りにされたモーリスは一瞬後を追おうとしたが、メロディがラルフ・ディクソンの腕を掴み必死で話しかけるのを見て足を止めた。ライトル伯親子のところに行くと、ジャスティンが怪訝そうな顔をした。

「姉ちゃんほっといていいのかよ」

「用事があるんだろう」

 我ながら言い訳じみていると思いながらも、モーリスは必死で虚勢を張った。


 メロディはディクソンに頼み込んだ。

「捜査官、あの二人を離して、今すぐ」

「もう少し落ち着かないと無理だ」

 怒号が飛び交い暴動一歩手前の状況では天賦(ギフト)持ちの捜査官たちも迅速な行動はできない。

「あの二人は個有者(タラント)ですよ、キャンセラーとブースター。キャンセラーの手首にはジェニュインのマークがあります、天賦(ギフト)を消滅させる紋様が」

「それは…」


 ハミルトン家の厄災の双子は立ち止まった。手錠を嵌められた手でネイサンがトヴァイアスの袖をめくり、紋様を露わにする。トヴァイアスは天賦(ギフト)を増幅させるネイサンの腕に触れた。

 メロディは心臓が止まる思いをした。あの紋様の効果を増幅発動させられたら近くの捜査官たちだけでなく、ロビーにいる個有者(タラント)全てが天賦(ギフト)を失う。まだ科学捜査が根付いていない刑事部の人々も、たまたま居合わせたジャスティン、そしてモーリスも。


 捜査官の黒い壁をくぐり抜け、メロディは兄弟に突進した。トヴァイアス・ハミルトンに体当たりし、ネイサン・カーターの手を握りしめ、ありったけの声で叫ぶ。

「みんな、伏せて!!」

 次の瞬間に訪れた光景は数ヶ月前の警視庁と同じ――ただし規模は桁違いのものだった。


 モーリスは彼女の叫びに呼応し、ジャスティンを抱えるように伏せながら自らの天賦(ギフト)を発動させた。

「伏セロ!」

 彼の声に縛られ操られるように人々は床に伏せた。立っているのはハミルトン家の兄弟とメロディだけだった。


 誰の目にも入れてはいけない。その一念で彼女は視覚調整(ビジュアライズ)の限界値を超えた。

 ――発光(エミッション)、最大光量!

 閉じた目蓋越しでも感じられる光が一瞬で膨張した。


「何だ、これは?」

「見るな、顔を……」

 双子の声は絶叫に変わり、キャメロット警視庁一階ロビーに爆発的な光が充満した。

 それは窓ガラスを通して警視庁外の通りにまで溢れ出た。

「何だ?」

「爆発か?」

「いや、音なんかしなかっただろ」


 ざわつく記者たちから離れた場所で、カメラマンのケネス・ダンが首をかしげた。

「前もこんな事があったって聞いたけど……」

 光は数瞬で収束した。それが消えた後には呆然とした人々だけが取り残された。比較的速く我に戻ったディクソン捜査官は、トヴァイアス・ハミルトンの手首がむき出しになっているのにぎょっとした顔をした。

「誰か、奴の手首を隠してくれ!」


 一人の警官が布を掛けようとして異変に気付いた。双子の兄弟は両手で顔を覆い、床に這いつくばっていたのだ。

「…照明の故障か? どうしてこんなに暗いんだ」

「どこにいる、トヴァイアス。お前が全然見えない……」

 床に伏せて顔を覆っても痛いほど感じられた光の元を、モーリスは一つしか考えつかなかった。彼は跳ね起きるようにして駆け出した。

「カズンズ嬢!」


 人々を押しのけて彼女がいたはずの場所に来たモーリスが見たのは、幼児のように震える双子と、その側に倒れて動かないメロディだった。

「……そんな…」

 震える手で頬に触れ、呼吸を確認するまで、彼は生きた心地がしなかった。そっと子爵令嬢を揺り動かし呼びかける。

「カズンズ嬢、大丈夫か? 怪我はしてないようだが…」

 だが返答はなく、不思議なダイクロイックアイは閉じられたままだ。

「返事をしてくれ!」


 不安に押しつぶされそうになる少年の肩に誰かがそっと触れた。彼が見上げると、いつの間にか降りてきていたプランタジネット大公が立っていた。

「すぐに海軍病院に運ぼう。立てるか?」

 よろめくように立ち上がったモーリスは、父の護衛たちが少女を運び出すのを呆然と見ているしかなかった。


 自分の背後で腰を抜かしかけている警察長に、大公は静かに言った。

「あの二人も医者に診せた方が良いのでは?」

「はっ、直ちに!」

 立ち直りの速い警察長はハミルトン家の双子を移動させた。うって変わってしんとしたロビーで、ジャスティンが心配そうにメロディとモーリスを目で追った。



 警戒厳重な軍病院の最奥に、その病室はあった。廊下には常に警備員が立ち、病院の職員であっても出入りをチェックされる厳戒態勢だ。

 院長室でお茶を飲んでいたプランタジネット大公は、これまでのいきさつを旧友に説明していた。白衣の院長は信じられない様子で幾度も首を振った。

「至近距離で『ブースター』の増幅能力を利用したと言っても、人の視神経を焼き切る光量とは……」

「ハミルトン兄弟の視力回復は絶望的だと聞いた。あまり同情する気にはならないがね。レディ・メロディが阻止していなければ、警視庁は重大犯罪課の精鋭部隊を失っていたのだから」


 それだけに留まらず、そこにいた固有者(タラント)全てを破滅に巻き込んでいただろう。自分の息子も含めて。大公はその考えを口にはしなかった。彼が質問したのは三日を経過しても意識が戻らない少女の容態だった。

「彼女の様子は?」

「眠り続けているよ。急激な天賦(ギフト)の発動後に昏睡状態になることはまれにあるが、せいぜい半日程度だ。このままの状態が続き、水も食事も摂れなければ待っているのは衰弱死だ」

 気の毒そうな声に大公はわずかに顔を曇らせた。

「少しはいい報告が聞けるかと思ったが…、妻が悲しむだろうな」

 彼は子爵令嬢の病室がある方に顔を向けた。そこに誰が訪れているかは訊かずとも分かっていた。



 直射日光を和らげるカーテンが風に揺れている。庭の鳥の声がはっきりと響く病室でモーリスは座っていた。

 目の前のベッドではメロディが眠っている。その身体には傷一つ負っていないのに彼女は目を覚まさない。


 あの時の、警視庁のロビーでメロディが天賦(ギフト)を暴発させた時の状況を、彼は何百回甦らせたか分からなかった。

 それは苦すぎる後悔を伴うものだった。彼女がディクソン捜査官に何かを訴えに行った時、どうして後を追わなかったのかと。

 自分が側にいれば、彼らの企みに気づいた時点で天賦(ギフト)招呼(コーリング)』を発動していれば未然に防げたのかもしれないのに。愚かな見栄と意地を優先させた結果がこれだ。


 人形のように眠り続けるメロディは何も答えない。その手に触れ、モーリスは呼びかけた。

「……頼むから目を開けてくれ。もう一度、君の瞳が見たいんだ。カズンズ嬢…、……メロディ…!」

 初めて口にした名が呼び起こしたのは、息苦しくなるほどの愛しさだった。出会ってからこれまでのことが頭の中を巡り、いつの間にか目を離せない存在になっていた少女に、彼は無意識に天賦(ギフト)で呼びかけていた。

「…ココニイテクレ……」

 きつく目を閉じ全ての力を声に乗せ、頭の奥が熱くなるほどの集中力で伝えようとする。


 しばらくして目を開けたモーリスは驚愕した。彼がいたのは海軍病院の一室ではなかった。

 さほど大きくもない部屋は可愛い装飾に溢れていた。天蓋もない小さなベッドには見知らぬ女の子がいた。彼女は上体を起こし、何かに熱心に見入っている。視線の先には四角い板があり、そこでは鮮やかな映像で人が動いていた。

「……これは、まさか」

 かつてメロディから聞かされた、異世界の記憶が目の前で展開されているのだ。どれほど信じがたくとも、モーリスはそう考えるしかなかった。

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