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68 おまえと二人だけ

 翌日、メロディはモーリスのお見舞いにプランタジネット大公邸を訪れた。ダブリス城は大本営と化していた。

 多数の電話線が引かれ、制服姿の人々が行き交う様を見たメロディは唖然とした。制服は海軍のものもあれば警視庁重大犯罪課もありと、ちょっとした多国籍軍の趣だ。


「来てくれたのね、メロディーア!」

 訪問は挨拶もそこそこに、大公妃カイエターナの熱烈なハグで始まった。

「モーリスから聞いたわ、何て勇敢な子なのかしら」

「…あ、いえ、お助けできたのは鉄格子を馬に繋いで暴走させる脱獄テクニックのアレンジで……」

 そもそも、先に彼が逃がしてくれたのだからメロディの中では完全にチャラになっているため、こうまで賞賛されるとどうにも落ち着かない。


 メロディは窓から見える庭園に目を向けた。刈り込まれた植木の向こうから覚えのある鳴き声がする。

「もしかして、あれはテラノの群れですか?」

「そうよ、すっかり賑やかになったわ。ひとりぼっちは寂しそうだったから、ちょうどいいわね」

 はしけから拿捕された二桁近い翼竜を、大公妃はさらっと流した。

 ――さすが大公家。一個小隊のテラノも犬猫拾った感覚かも。

 つい餌代を計算してしまう小市民的思考では追いつかない余裕だ。


 そこにやってきたのは大公家の一人息子だった。

「カズンズ嬢、わざわざ来てくれたんだな」

 申し訳なさそうな彼が至って健康そうなのにメロディは安堵した。

「出歩いていいのですか?」

「別に怪我も病気もしてないからな」

「それは何よりです。でも、一晩でこの変化は凄いですね」

「寝て起きたらこうだったよ」

 現状を把握するのが精一杯な様子のモーリスに、メロディは同情気味に笑った。


 見舞客が彼女だけではないと分かったのは、賑やかな一団がやってきた時だった。

「君も来てたんだな、無事で良かった」

 王太子ジュリアス、妹のマティルダ王女、彼の婚約者マールバラ公爵令嬢ジョセフィンと銀行家の娘メアリ・アン・フィリップス。CSI部の中心人物勢揃いだ。

「ご心配おかけしました、殿下」

 子爵令嬢が挨拶すると、興奮気味にマティルダが言った。

「凄いわね。叔父様は普段はのらりくらりだけど、こうと決めたら仕事がとても速いのよ」


 彼女が指さす部屋にはプレートが掛かっていた。それを読み上げたメロディは仰天した。

「『鑑識課』…って、本気ですか?」

 ドアを開けると、これまた顔見知りだらけだった。

「おお、来たな、嬢ちゃん」

「師匠、トービルさん、ジミーさんまで何やってるんですか?」

「何って、見たとおりさ」


 彼らが囲む大きなデスクには所狭しと写真や指紋票が並んでいる。証拠品の箱が積み重なった場所ではジャスティンとエディスがマディにボール探しをさせていた。

 元スクープカメラマンのジミーことケネス・ダンは指紋写真に興味津々の様子だった。

「接写はあまりやったことなかったけど、結構面白いな」

「さすがプロだ、コツを掴むのが速い」


 好奇心に駆られ、メロディはデスクを覗いた。

「これはライトル伯爵邸に昨日の園遊会に、こっちは湖水祭ですね。スラムや劇場街、キングの葬儀会場まである」

「海軍情報部の人に群衆チェックというのを教わったんだ」

「ああ、不審者を割り出すやつですね」

 顔認識ソフトが実用化するまでは人海戦術が必要だ。習得しておいて損はないだろう。ジミーも乗り気なのが分かる。

「これからはどんな写真が必要とされてるか頭に入れて撮影するから、無駄なく写真資料が出来ると思うよ」

「優秀ですね」

 率直な賛辞にカメラマンは嬉しそうだ。


 即席鑑識課を出ると、大公邸の厳重な警備を通過して一台の自動車が車寄せに停まった。中からは中年男性が出てきた。

 どこといって特徴のない小男だが、突き出た腹のシェイプにメロディは目を留めた。

「どうした?」

 モーリスに尋ねられ、彼女は首をかしげた。

「いえ、あのぽってりとしたお腹に妙な既視感が……」


 同じように考え込んだ二人は同時に気付いた。横目で視線を合わせると、通り過ぎる小男に向けてカマをかけてみる。

「チューチュー」

「ニャーオ」

 小さな鳴き真似に、男は勢いよく振り向いた。メロディとモーリスは確信した。

「ご無事だったんですね、ネズミさん」

「……き、君たちは、まさか…」

「カジノから突然消えてしまわれたので心配しました」


 おろおろするネズミ氏に、屋敷の主が声をかけた。

「ようこそ、カーマイン社長。呼びつけて申し訳ない」

「これは閣下、とんでもありません。あの、こちらの方々は…」

「息子とその友人のご令嬢だ」

 絶句するカーマイン氏を、大公はごく自然に小書斎へと誘導した。メロディたちCSI部も続く。


「お恥ずかしい話ですが、あのネイチャー&ワイルドは日頃の仕事の重圧の息抜きとしては最適でして」

 ネズミ氏はローディンでも有数の海運会社カーマイン商船のトップだった。

「短期契約でパートナーを取り替えていたもので、ドリーが殺された時も猫役と気付きませんでした。あのカジノのマスカレードパーティーで至急電信が入ったと迎えが来て、首都に夜行で戻ったんです。それが虚報で、しかも私が泊まっていた部屋で私の服を着た男が殺されたと聞いて恐ろしくなり、病気と偽って別荘に隠れていたんです」

「その間に、あなたの名を騙って勝手に船をチャーターした者がいた」


 大公に指摘され、カーマイン氏は汗を拭いながら頷いた。

「最近雇用した事務方の男で、熱心な働き者だと評判は良かったのですが、昨日から無断欠勤をして、しかも届け出ていた住所もでたらめだったんです。まさか翼竜を密輸していたなんて…」

「息子たちの話では、それだけではなかったようだ。最近南方大陸で麻酔剤の原料になる植物が発見されたと聞いたことは?」

「南方貿易では主に鉄鉱石や石炭、コークスを扱っています。薬は専門外ですので」


 それを聞いたメロディがモーリスに耳打ちし、彼は従僕にあることを頼んだ。しばらくして現れたのはライトル伯爵家の嫡男と愛犬だった。

「ジャスティン様、マディで実験をしたいのですが」

「いいけど、何?」

「危険はありませんよ。ある物と同じ臭いの物を探して欲しいのです」

 幾分警戒気味だった少年は承諾し、小書斎に数点の品が並べられた。


「これは、沈没したはしけに使用されていた覆い布です」

 メロディはロープ代わりに引き裂きテラノに結びつけた布の切れ端を示した。

「マディ、よく嗅いでね」

 垂れ耳の小型犬は尾を振りながらくんくんと布の源臭を覚え、並んだ品物の方に向かった。一点ずつ周囲を回りながら鼻を擦り付けるように臭気を確認した犬は、ある所で立ち止まり吠えた。

「やはり残っていたようですね」


 それは男性用の衣装だった。留置場で倒れ病院で死亡したはずのビル・サイアーズが着ていた物だ。更にマディを促すと、今度は小さな箱の前に犬は座った。

「これは、犯行予告に贈られてきたぬいぐるみです」

「どういうことなんですか」

 訳が分からない様子のカーマイン社長に大公が説明した。

「南方大陸から密輸された違法薬物がネイチャー&ワイルドで使用されていた。そして同じ物が連続殺人犯からの予告状代わりの品物にも残留していた」


 言葉もない社長を気の毒そうに見やり、大公は背後に控える人物を振り向いた。

「君も感付いていただろう」

「悪乗りが過ぎる集会だとは思ってましたよ。あの狂騒状態は薬物が作用していたんですね。全員ではないようでしたが」

 答えた人物はロバ男だった。


「…あの、ロバさんは大公殿下の部下なんですか?」

 メロディに尋ねられ、彼は苦笑いした。

「まあ、一応海軍情報部所属なんで」

 およそ軍人らしくない彼に、CSI部は反応に困った。慣れている様子でロバ男は片手をヒラヒラさせた。

「潜入捜査には、らしくない方がいいんですよ」


 そんなものかと思ったが、彼がジェニュインに潜入しテラノの世話係として目を誤魔化し、メロディとモーリスを助けてくれたのは事実だ。

 ジュリアスが大公に向けて質問した。

「園遊会はハミルトン家の兄弟をおびき出すためだったのですか?」

「向こうは、こちらが文書の回収に失敗したことを察知して、嘲笑うつもりで乗り込んでくると思ったよ。翼竜を使うのは想定外だったが」

「では、これから何をされるのですか」

「あの金庫を利用させてもらう」


 大公はむしろ楽しげに作戦を語った。そこに、大本営からの伝令がやってきた。渡された紙片を一読し、大公は納得したように頷いた。

「やはり、黒幕はザハリアスだったか」

 穏やかな声が人々を震撼させるまで数秒を要した。



 ジェニュイア・クラブでは、今日も紫煙の中で怠惰に時間を潰す青年たちが、馴染みの顔が見えないのを不審がっていた。

「ハミルトンがいないな」

「また侯爵家に金の無心にでも行ったんだろう」

 彼らは肩をすくめ、カードを再開した。


 クラブのある建物の屋根裏部屋で、侯爵家の双子は鬱屈した顔を付き合わせていた。

「結局、船から集合場所に来た者はゼロか」

 トヴァイアスの言葉にネイサンは歪んだ笑顔を見せた。

「本当に信頼できるのはこの二人だけだ。昔からそうだったろう」

「あのガキども、どちらか死んでいれば無能大公を追い落とせたのに…」

「ザハリアスはやたらに大公を警戒するが妙だと思わないか?」

「奴よりも、その背後の海軍情報部が邪魔なだけさ」

 トヴァイアスが断言し、ネイサンも同意した。

「どっちにしろ、俺たちが捕まるようなことになれば侯爵家も引きずり下ろしてやる」

「さんざん、人を疫病神扱いしやがって」

 庶出の双子というだけで忌み嫌われ、天賦(ギフト)を侮辱され続けた二人は無意識に互いの手を握った。

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