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67 あなたを待てば船が沈む

 甲板上での混乱は、船長室に閉じ込められていても推測できた。

「あれって銃撃戦ですか?」

「のようだな」

 会話をするメロディは机に、モーリスは椅子の上に乗っている。彼らの足元は徐々に水浸しになり、このまま行けば船の運命は遠からず川底で終了するだろう。


 隔壁の向こうに収容されている翼竜たちも異常事態を察したのか、さっきから騒ぎ立てる声が途切れない。

「分かるんですかね、まずいことになってるって」

「音に敏感な生き物だと聞いたが」

「それはきついですね」


 可哀想に思うものの、このままでは自分たちも充分可哀想な末路を辿りそうだ。窓もない部屋からの脱出などマジシャンでもなければ無理なのだが、何とか対策を立てねば。

 考え込む二人の耳に、水を蹴散らす音が聞こえた。

「ちっ、こんなに浸水してやがる」

 連行を言いつけられた男が舌打ちし、苦労してドアを開けるとメロディとモーリスに言い渡した。

「一人来い」


 モーリスと顔を見合わせ、メロディは素早く計算した。どっちを選べば彼の助かる確率が高くなるかを。

 ――やっぱり、まずは沈没船から脱出させないと。

 夜でもあり、浸水してくる水は黒く濁って見える。川でもサルベージは困難だろう。

 メロディが残ると言おうとした時、モーリスが彼女の手を掴んだ。そして、低く異様な声で告げた。

「行クンダ」

 子爵令嬢の瞳から光が消え、人形のように頷くとふらふらとドアに向かった。再度施錠され閉じ込められると、大公家の一人息子は溜め息をついた。

「……絶対、怒られるだろうな」



 甲板の銃撃戦は激しさを増し、遮蔽物のないはしけから川に飛び込む者も出てきた。

「これではテラノもすぐには出せない」

「潜水して脱出するしかないか」

 ハミルトン家の庶子二人は視線で了解すると、簡易潜水具を装着した。そこにメロディを連れた仲間が戻ってきた。

「川から逃げるぞ」


 トヴァイアス・ハミルトンに言われて男は少女を見た。

「こいつは?」

 ぼんやりと立ち尽くすメロディに、恐怖に固まっているのだと双子は判断した。

「人質がいることを奴らに教えてやれ。今、テラノを出させているからそれで逃げろ」

 盾にする気かと頷いた男は、兄弟が川に入るのを見届けてから少女を引きずるようにして甲板中央に移動させようとした。

「ほら、こっちに来い」


 だが、メロディはぴたりと足を止めた。じれた男が強く手を引くが、彼女は動かない。やがてその唇から小さな声が漏れた。

「……だめ、置いてくなんて…………」

 メロディの頭の中で二つの意思がせめぎ合っていた。モーリスの言葉に従おうとするものと、それに抵抗するものと。

 ――しっかりしなさい、メロディ・カズンズ! モーリス様を溺死させていいの?


 メロディは震える右腕を動かした。そして彼女は自分自身の頭を殴りつけた。呆気にとられる男の前で少女はうずくまり、うめき声を出した。

「……いったぁ~~~」

 男が様子を見ようと屈み込んでくる。

 ――位置よし、角度よし!

 メロディは一気に立ち上がり、男の顎に頭突きを喰らわした。形容しがたい悲鳴が上がる。

「……この、ガキ!」


 怒りで我を失った男が拳銃を取り出した。後ずさりするメロディは甲板の縁にきてよろめいた。男が引き金を引こうとした瞬間、何かになぎ払われるように川に放り込まれた。誰かがメロディの腕を掴み、甲板に引き戻す。

「大丈夫か、ふわふわウサちゃん(フラッフィーバニー)

 その声に、彼女は顔を上げた。心配そうな茶色の目はどこかで見覚えがあり、何より例のクラブでの偽名を知る者は限られている。


「……馬、いえ、ロバさん?」

 木馬やらロバの仮面やらで、何かと出現していた男性だ。彼は飄々とした笑顔を見せた。

「助けるのが遅れてすまない、こいつらを出すのに手間取って」

 甲板にはいつの間にかテラノが並んでいた。翼をばたつかせている一頭が窮地を救ってくれたようだ。我に返ったメロディは船長室に戻ろうとした。


「モーリス様が!」

「下は水浸しで前も見えない。探すのは無理だ」

「見殺しにするんですか!?」

 叫ぶように糾弾され、ロバ男は甲板にハンマーを打ち付けた。

「こっちを壊すのが早い」


 いつしか銃撃はやんでいた。男は必死でハンマーを振るうが、甲板に使用された木材は堅く、数カ所の穴を開けるのがやっとだった。それを見ているしかないメロディは必死で考えた。

 ――異世界のドラマでこんな場面はなかったかな、脱出シーンなんて沢山あったはずだから……。

 あることを思いつき、彼女はロバ男に提案した。

「テラノを使いたいの。この穴にロープを通して革具に繋げる?」

「…できるが、どうするんだ?」


 言われるままに彼は甲板の割れ目に通したロープを数頭のテラノの革具に装着した。転がっていた拳銃を手に、メロディは翼竜たちの正面に立った。なるべく近くで銃口を真上に向ける。

「行っけえーーー!!」

 引き金を引き、銃声を轟かせると、驚いたテラノたちが一斉に飛びたった。繋がれた甲板の破損部がめくり上がり、ばりばりと音を立てて次々と剥がれていく。



 次第に増していく水は、すぐにでも天井に届きそうだった。船長室で立ち泳ぎ状態になったモーリスは、必死で少ない空気を求めてあがいた。

 彼は己の不様な状態に自嘲し、あの少女をこんな目に遇わせずにすんだことを気休めにした。

 やがて完全に水没しかけた時、破壊音が水中に届いた。そして、目の前を覆っていた天井が消え失せ、霧の夜空が開けた。


「殿下!」

 誰かに引き上げられ、モーリスは咳き込みながら肺に空気を送り込んだ。ようやく呼吸が出来るようになり、目の前にメロディがしゃがみ込んでいるのが分かった。

「……君たちが、助けてくれたのか…」

 メロディは無言で彼を睨んでいる。予想が当たったなと彼が思ううちに、子爵令嬢が低い声で言った。

「……迂闊でしたよ。王族なら精神操作系の天賦(ギフト)だと予測するべきでした」


 彼は無意識のうちに居住まいを正し、少女に弁明しようとした。

「すまない、あの時はああするしかないと思って…」

「二度としないでください」

「……すまない」

「怒ってるんですからね。溺死なんかしたら、二度と会えなくなってたんですよ」


 口にした言葉が一拍遅れて恐怖に変わり、全身を揺さぶった。じわりと涙ぐむメロディの手を取り、モーリスは言った。

「それは嫌だな」

 謎のロバ男は二人を微笑ましげに眺めていたが、本格的に沈没し始めたはしけから脱出する必要を思い出した。竜笛を吹き、テラノの一頭を呼び戻す。

「さあ、乗ってください。殿下、レディ」

 三人を乗せた翼竜に男は笛で合図した。テラノが強靱な後脚で甲板を蹴り宙に浮く。その直後にはしけはヨーク川の底へと吸い込まれるように姿を消した。



 川岸の倉庫街にテラノは降り立った。多くの自動車と人々が集結している場所だった。その中から、小さな影が飛び出してきた。

「姉ちゃん、兄ちゃん、大丈夫か?」

 ジャスティンとマディだった。

「ジャスティン様、どうしてここに?」

「君たちの捜索に一役買ってくれた」


 少年の背後からやってきたのはディクソン捜査官だった。ドッド警部にトービルまでいるのにメロディは目を丸くした。

「みんな探してくれたんですか?」

「海軍との合同捜査のついでだ」

 相変わらず素っ気ない口調で白髪の捜査官が訂正すると、ジャスティンが彼の脇腹をつついた。

「照れんなよ、兄ちゃん」

 周囲から笑い声が漏れた。彼が熱心に捜索に当たっていたことは周知の事実だ。メロディが嬉しそうに感謝した。

「ありがとうございます、ご心配をおかけしました」

「職務だ」


 そっぽを向く重大犯罪課のエースを横目に見ながら、モーリスは警視庁の者に尋ねた。

「父上は?」

「陣頭指揮を執っておられました」

「どうりで攻撃に容赦がないはずだ」

 呆れ気味に大公の息子は納得し、気が抜けたのかくしゃみを連発した。

「モーリス様、すぐに着替えられた方がいいですよ」

 それに気付いたメロディが彼に毛布を掛けた。

「そうだな、君も着替えて休むんだ」

 自分の姿を見下ろし、子爵令嬢は顔を引きつらせた。

「はい、一張羅を台無しにした言い訳を考えます」



 再度笑い声が起こる川岸を、労務者風の男が対岸から眺めていた。彼の元には配下から続々と報告が入った。

「ハミルトン兄弟は川を潜水して脱走した模様です」

「彼らを除く『ジェニュイン』の主立った者は身柄確保が完了しております」

 小さく頷いた労務者風の男――プランタジネット大公ジョンは報告者に告げた。

「生き残りはあの兄弟のみと見て良さそうだな。非常線は川岸に維持、ただし例のクラブ界隈は薄くしておくように」

 大公の部下は恭しく頭を下げた。全てにおいて凡庸と言われ続けた王弟は、息子とよく似た青い瞳に揺るがぬ決意を浮かべた。

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